エルフの渡辺

第四章 渡辺風花は教えてくれる ③

わたなべさん。よかったら教えてくれないか。わたなべさんのこと。魔法のこと。エルフのこと。多分たきさんが知ってて、俺が知らないこと。……無理にとは、言わないんだけど」


 いずはこの先もずっと、エルフのわたなべのそばにいる。

 エルフのわたなべもずっと、いずのそばにいるだろう。


『エルフの真実』という強いきずなつながっているおさなじみ二人のそばに、同じく『エルフの真実』を知った者として居たいと思うのなら、礼儀と誠意を尽くさねばならない。


「分かりました」


 エルフのわたなべも真剣な顔で、ゆくの言葉に応えてくれた。


「ちょっと長い話になるし、いずちゃんにあらかじめ話しておかなきゃいけないこともあるの。今日これからすぐにっていう訳にはいかないんだけど、私も、おおくんに聞いてほしいこと、沢山あります。聞いてもらえますか」

「もちろんだよ。ありがとう」


 大きなあんが、緊張していたゆくの頰と心拍数をわずかに緩める。

 だが次の瞬間、その心拍数が激烈に増大する事態が発生した。


「あと多分、お話するときは学校じゃなくて、私の家に来てもらうことなるけど、いい?」

「いっ、いいよっ!?」


 予想外すぎる申し出に、ゆくは声を上ずらせながらも反射で了承してしまった。


「学校からそんなに遠くないから、来てもらえるようになったら、早めに連絡するね」

「う、うん、分かった」

「本当にそんなに待たせたりしないから、もう少しだけコンテスト用の写真撮るの、待ってもらっていい?」

「ああ、それはもちろん……」

「ごめんね」

「だからわたなべさんが謝ることじゃないよ」


 全くもつて、エルフのわたなべが謝ることではない。

 エルフうんぬんに関係無く、わたなべふうの写真を撮りたいのはどこまで行っても写真部部長であるおおゆくの都合でしかないのだから。


「それじゃあ、また連絡するね」


 そう言うと、エルフのわたなべいずが残した道具を小柄な体で抱えてがちゃがちゃと音を立てながら立ち去った。

 手伝うと言うべきだったろうか。

 エルフのわたなべの姿が見えなくなってからそんな後悔がかすかによぎったが、まさしく後の祭りだった。


「こういうとこがきっと、たきさんは気に入らないのかもな」


 普通に考えたら手伝う所だったと思う。

 エルフのわたなべが持ち帰ったのはくわすきとスコップの三本。一人で抱えきれない量ではないが、手伝えば多少楽になる量だ。


「……こういうとこだよなぁ」


 見過ごしてしまったことをいくら考えたところで仕方がない。

 ゆくは小さすぎる未練を断ち切るように大きく息を吐くと、自分も耕された花壇に背を向け、帰路ではなく写真部への部室へと向かおうとする。


「いい構図だと思ったんだけどな」


 一瞬振り向いて、誰もいなくなった花壇を振り返り、ファインダーをのぞく。

 エルフのわたなべに促されて撮影したいずの作業中のワンシーン。

 柄の長い道具を手にしていたから画角も決めやすく、真剣な表情も相まって現像しなくともい写真になったことは確信できるものだった。

 だが、ファインダーの中のいずは輝いていなかった。

 カメラとファインダーが教える輝く被写体と、写真の出来具合に対する納得感は、必ずしも一致するものではなかった。

 もちろんこんなことを本人には言えないし、そもそもこのファインダーの秘密を誰にも話したことはない。

 何もない柔らかい地面をファインダーで見ても特に何も起こらず、ゆくは嘆息してカメラを下ろすと写真部の部室に向かった。

 部室に戻ると相変わらず新入部員募集用のチラシは減っておらず、当然SNSにも何の連絡もない。


「ま、今はそれどころじゃないんだけど」


 つぶやきながらゆくは部室に入る。

 部室の時計は既に十八時を回っていた。少し空腹を覚えるが、特に家に連絡をする必要はない。

 今日も母は仕事で帰りは夜遅くなるだろう。

 ゆくは自宅の自室以外では最も落ち着ける場所で、心をしずめたかった。


「家、かぁ……家かぁ!」


 写真部の部室にはそもそも誰もいないし、部室の周りもほとんど人が来ないので、感情があふれそうになったときに声を出せるのがいところだった。


「家かぁ……!!」


 もちろん想像したことはある。

 わたなべふうの家は、どんな家なのか、と。

 残念ながら、先日の告白までわたなべふうと自宅や家族に関する話をした記憶がほとんどない。

 それこそ姿勢がいのは母のしつけが厳しかったからだ、というのがほとんど初めてではなかろうか。

 今となってはそれもある程度納得できる。

 正体がエルフであるなら、そうそう簡単に自宅や家族のことを話せるはずがない。


「家か……」


 普通ならば、おもいを寄せる女子の家に招かれるなど、人生でも一、二を争うほどに華やぐイベントのはずだ。

 単純に女子のプライベートゾーンに踏み込む緊張とその許可を得た喜び。到着するまでどんな会話をしようかという期待と不安。関係性がより深まるかもしれないというかすかな希望。

 そんなような色々な意味でポジティブなことでドキドキするイベントのはずだ。

 もちろんそれらのことを全く考えていないわけではない。

 いないわけではないが、それを圧倒的にりようするのが、わたなべふうの正体がエルフであるという大きすぎる前提だ。

 そんなに遠くない、という表現は、普通なら徒歩で十分前後の場所にあるという意味だろうが、極端な話、魔法の力で瞬間移動して日本の外に連れていかれる、という可能性も今となっては全くのゼロではないのだ。

 いや、場合によっては日本どころか地球の外まであるかもしれない。


「まぁ、たきさんがいるからさすがにそんなことはないだろうけど……」


 小学生時代からおさなじみだというからには少なくともゆくが理解できる『小学校』と『中学校』に通っていた時代があるはずだ。

 いずが帰国子女で実は二人とも海外の小中学校卒という可能性もゼロではないが、地球の外、すなわち『異世界』と呼ばれるような概念の場所に連れていかれるよりはずっとマシだろう。


「マシか?」


 エルフの原典は北欧神話にあるということは既にネットで調べた。

 そして北欧と呼ばれる地域で日本語が普遍的に通じる国は存在せず、英語以外の外国語を知らない上に英会話ができるわけでもないゆくがもし北欧に連れていかれれば、それはそれで詰みではある。


「いや、ないよな。流石さすがにないよな」


 そう考える頼りない根拠はエルフのわたなべの三段重箱に入った弁当である。

 のり弁とから揚げとポテサラ。

 多分、大量に何かを食べようと思ったときあの和風の重箱にあの内容の食べ物を詰め込む文化は北欧にはあるまい。

 それはそれとしてリンゴのまるかじりがいかにも海外風味をかもすのでそれがゆくの不安を逆に証明してしまっているような気もするが、リンゴも食べたいと思えばスーパーマーケットで買えるものだ。


「となると……あとは、ご家族か……」


 女子の家で家族に会う、というのもなかなか緊張するイベントだ。

 これに関してはある意味家の場所よりもよほど現実的に不安が大きい。

 ごくごく当たり前のことだが、子どもがエルフなら、親だってエルフだろう。




『大人になったやつには必ず、毎日を真剣に生きる理由があるもんだ』




「っ!」