エルフの渡辺

第四章 渡辺風花は教えてくれる ⑥


 翌日の放課後。部活を休みにして正門前で待っていたエルフのわたなべのそばには、全人類の予想通りたきいずの姿があった。


「いや、まあ、予想はしてたけど」

「ふん。私がふうちゃんをセンパイと二人きりにさせるわけないでしょ!」


 もはや子猫を守る親猫のごとく、今にも爪と牙をいてきそうな勢いだ。


いずちゃん!」

「ぶみゃ!」

「私がおおくんを招待したんだから失礼なことしないの! と言うかいずちゃん! おおくんは先輩なんだから生意気言わないの。話が進まないからちょっと下がってて!」

「べ、別にいいじゃん。センパイ気にしてないっぽいし!」

「そりゃ気にしてはいないけど、そっちから言われるのは違……まあいいや」


 エルフのわたなべに叱られてもなお二人の間に割り込もうとするいずに、ゆくは諦め顔だ。


「もう……ごめんねおおくん。今日はいずちゃん、正直いてもいなくてもいいんだけど」

ふうちゃんヒドいっ!」


 エルフのわたなべらしからぬ辛辣さに、いずはかなり真剣にショックを受けている。


「それでもどうしても着いて来るって言って聞かないし、もしかしたら何か補足してもらえるかもと思って、諦めて着いてきてもらうことにしました」

「うん、いや、特に理由はなくても絶対いるだろうと思ってたから、別にいいよ」

「センパイのくせに人を邪魔者みたいに!」

「後輩のくせにそういうこと言わないの。あんまりひどいこと言うと家に入れないよ」

「一年先に生まれただけでそんなに偉いのかー!」

「もう行くよ。おおくん、行こ」

「あ、う、うん」


 しつこく元気に騒ぐいずをこれ以上相手にせず、エルフのわたなべゆくの手を取って歩き出した。


「ちょ、ちょっと! 待ってよふうちゃん!」


 いずを隣に立たせないためか、エルフのわたなべは右肩にかばんを掛け、左手はずっとゆくの手を握り、離さなかった。

 本当に離さなかった。ゆくの指先を強く握りながら、ゆくの半歩前を引っ張るように早足で歩くのだ。

 ゆくは指先から伝わるエルフのわたなべのしっとりとした手の感触と、背後から伝わるいずぞうと嫉妬の視線で精神の寒暖差がひどいことになる。


「あ、あの、わたなべさん?」

「迷っちゃったら大変だから」


 エルフのわたなべは、伏し目がちにゆくの方を見ず早口で答える。


「い、いや、子どもじゃないし街中なんだから、迷ったりは……」

「いいの! それとも……おおくんは、手つなぐの、嫌?」


 ここで初めてゆくの方を振り向き、上目遣いにそんなことを尋ねてくる。


「い、え、あ、嫌じゃないけど、そりゃあ……もちろん」


 ゆくと言うより、男子高校生という悲しい生き物の偽らざる感情がそう答えさせ、


「よかった」


 結果、エルフのわたなべうれしそうに笑顔を浮かべるなら、もうそのまま行く以外の行動をとるやつは人間ではない。


ふうちゃん私も迷う〜!」

いずちゃんはスクバの端っこにでもつかまってて」


 いずの甘えた声に、エルフのわたなべは冷たい声で答えるが、いずは言われた通りにエルフのわたなべのスクールバッグの端を指先でつまみ、とりあえずゆくひとにらみするも静かにはなった。


「もうすぐ着くよ」


 ゆくの感覚では十五分も歩いていないように思えるが、早足だったからだろうか、思いの外早いタイミングでエルフのわたなべがそんなことを言い出した。


「そ、そうなんだ。というかこの辺もう、練馬区だよね?」


 みなみいたばしこうこうは、住所は板橋区だが練馬区との境界近くにあり、当然その双方には多くの学生が住んでいる。

 学校の西、練馬区側は住宅街が広がっているためゆくは全く足を踏み入れたことがない。


「何だか、同じような家が多いんだね」

「……うん。そうかもね」


 似たような外観の似たような規模の一軒家が立ち並ぶかいわいを数分歩く。

 そのとき、唐突に上空を飛行機が飛び行く音が聞こえ、ゆくは顔を上げた。

 登下校中はしょっちゅう飛んでいる飛行機の音に、今の数分気づかなかったのは、女子と手をつないで女子の家に行く途中であるというシチュエーションから発生した緊張のせいだろうか。


「着いたよ」


 そう言われてはっと視線を元に戻すと、三人は特筆すべきもののない住宅街の中の、一軒家の前に立っていた。


「お、おお、ここが……」


 一軒家に対し特徴がない、と言うのは失礼だが、とにかくそれくらい普通の一軒家なのだ。

 間口は広めの二階建てで、クリーム色の外壁に黒いスレート瓦。一階は半分が車のガレージになっていて、今の時点で車がなく自転車が二台並んでいるが、エルフと自転車という単語がなんとも結びつきにくい。

 広くはないものの庭は芝も植木もよく整備されており、小さな花壇にはエルフのわたなべの手によるものかわいらしい赤と白の花が咲いている。

 そして、門の脇にあるのは『WATANABE』の表札と区役所でもらえる番地表示。

 もし『わたなべふうの家』として訪れたら、彼女のイメージ通りのしようしやで上品な家だと思ったことだろう。


『エルフのわたなべの家』として訪れたゆくの目には、予想を超えるものが何一つない、あまりにも普通な家として映ってしまった。

 はっきり言って、庭がれいなことくらいしかゆくの家との違いがない。

 玄関ドアが開かれると、そこにはやはりゆくの家と変わらぬぜいの玄関。ばこの上に、ゆくの家でも使っている住宅用消臭剤が置かれていた。


「どうぞ、二人とも上がって」

「お、お邪魔します」「お邪魔しまーす」


 緊張しているゆくと、慣れた様子のいずが玄関を上がると、上がってすぐの場所にあるふすまをエルフのわたなべが開いた。


「ど、どうぞ、おおくん、入って」


 い草の香りがかすかに残る明るい色の畳。

 だいだいいろとんに囲まれたシックなちゃぶ台が部屋の真ん中にあり、押し入れと反対側のかべぎわに使い込まれた勉強机。ベッドはなく大きめの本棚と背の高い衣装だんがある。


「好きなとんに座っててください。お茶入れてくるから」


 まさかの和室だった。

 和室に思うところはない。ゆくの家にも和室はある。

 だが、エルフが和室にとんを敷いて眠る姿は、想像はできるけれどもいまだかつて想像したことのないづらではあった。


ふうちゃんの部屋久しぶりだなー」


 いずがスクールバッグを部屋の隅に丁寧に置くと、慣れた様子でとんの一つに座り込む。