エルフの渡辺

第五章 渡辺風花は日本人の苗字に詳しい ①

「いや帰れるかぁ!!」

「センパイいきなり何大声上げてんの!?」


 ゆくに続いて境界のふすまをくぐり出てきたいずは目を丸くしているし、エルフのわたなべもまたゆくの荒れ方に驚いていた。


「お、おおくん!? どうしたの!?」

「いや帰れるかぁ!!」


 ゆくはまた同じことを口にする。


「え、だっておおくんナチェ・リヴィラに来るのすごく不安がってなかった?」

「そりゃ不安だったけどさ! でもだからって入り口から十メートルも離れずに帰ろうはちょっと早すぎるでしょ!?」

「え、えーとぉ」

「考えてみてよ! 沖縄に行った人が那覇空港から出ずに沖縄に行ったって言えると思う!? 北海道に行った人がしんとせくうこうから出ずに北海道に行ったって言えると思う!?」

「わ、私沖縄は行ったことないけど、しんとせくうこうはそこそこ北海道ゲージまるくらいには満足度高いと思うの」

「知らないよ! 俺は沖縄も北海道も行ったことないんだから! っていうかわたなべさん北海道行ったことあるんだね!」

「そういえばふうちゃん、定期的に北海道のお土産くれるよね」


 エルフが親友に見繕う北海道のお土産チョイスが気になるが今はそれどころではない。


「とにかくさ! 北海道や沖縄に連れて行ってくれるって言われたのに、空港から出ずに帰ろうとか言い出したらなんでぇ? って誰でもなるでしょ!? 別に冒険したいとか特殊能力に目覚めたいとか言わないよ! でもさすがに、さすがにさ! もう少しなんか新しいもの見たいっていうかさ!」

「そ、そういうものなの?」

「そういうものだよ! ていうかわたなべさんさらっと流したけどサン・アルフだの魔王だの浮遊監獄島だの普通じゃないワードをさ、こう、もう少し何て言うかこう、大事に話してほしいっていうかさ!」

「あー、まぁ、ふうちゃん割とそういうとこある」

「でもおおくん、考えてみて。逆に日本人なら自分の秘密を誰かに話すとき、わたなべ姓はげんの流れをむ名字で有名な大妖怪しゆてんどうを切ったわたなべのつなが祖で、なんて話、さらっと流さない? っていうかそんなこと話題にしないと思わない?」

「しな……い、けど、いやそういう話じゃなくない!?」

おおくんが言いたいことも分からないではないけど、私にとってはそういう話なの」


 そう言うと、エルフのわたなべは淡くほほんで、目を伏せる。


「ちなみにだけどおお姓はしもうさちくの豪族がルーツだって説があるけど、その頃は『おおぎ』って発音されてて、しんとう系にもルーツがあるって言われてるよ」

「異世界に来てそこまで珍しくもない自分のみようのルーツをエルフの女の子の口から知ることになるとは思わなかったよ。神妙な顔して何言い出すの」

「そんな! おお姓はかなり珍しいんだよ! 日本の人口に占める割合は300位未満で!」

「何でそこまで俺のみように詳しいんだよ! 多分うちの親もそんなこと知らないよ!」

おお姓はエルフが選びがちなみようだからなの!」

「エルフが選びがちなみようって日本語初めて聞いたよ! おかしいでしょ異世界に来て詳しく聞く話が自分のみようのルーツでそれをエルフが選びがちとか!」


 広い空と草原の中で突っ込み疲れたゆくは思わず膝に手をあててうずくまりそうになる。


「異世界日本に住むことを決めたエルフが選びがちなみよう五選の第一位は『森』なの」

「ショート動画か」

「それで二位が、えっと、『おお』。そこに『ユクト』は、エルフ的にはカッコよすぎてできすぎてるなって思うくらいかっこいい名前なの」


 少しもじもじしながらかっこいいとか言わないでほしい。ドキドキしてしまう。

 ドキドキしながら後頭部にいずの冷たい視線を感じた気がして、ゆくせきばらいをすると、エルフのわたなべに先を促す。


「……ちなみに三位と四位と五位は」

「大杉。わたなべ。じゅがみ」

「じゅがみ?」

たいじゆじゆに神様で『じゆがみ』。木の魂から発展したみようだから『こだま』って読みが一般的だけど、それだと児童の玉のだまとまぎらわしいから、の神様って響きがある『じゅがみ』や『じがみ』って名乗りたがるエルフが多かったみたい。愛知県に多いみようなんだって」

「本当にあるみようなんだ……ていうかその話しぶりだと愛知県に結構な数のエルフがいることにならない?」

「どうなんだろう。私個人の知り合いはいないけど……」


 知り合いでないエルフならいると言っているに等しい一言にゆくかすかに戦慄した。

 少なくともわたなべふう以外にも、日本にエルフが存在することだけは間違いないのだから。


「全体的に樹木に関するみようが多いのはエルフっぽいなと思わなくもないけど、でも、じゃあ『わたなべ』は何で?」

わたなべのつな以降のわたなべ姓は、川の渡しや造船を生業とする人達の名前なの。ナチェ・リヴィラの辺境から異世界の極東に渡るエルフには相応ふさわしい名前だと思わない?」


 自分のみようすらそこまで深く考えたことのないゆくだが、わたなべふうであるエルフのわたなべがそう言うと、単純にもそう思えてしまう。

 そのときつい納得しそうになったゆくの耳に、静観していたいずの冷たい一言が刺さった。


「満足した顔してるとこ悪いんだけどさ、センパイは異世界に来て新たに知ることがエルフが選びがちなみよう五選でいいの?」

「あ、いや、良くない。良くない! 良くはないけど……!」


 ゆくは冷たい視線のいずと穏やかな笑顔を浮かべるエルフのわたなべを交互に見て、弱々しく言う。


「知りたいこと自体はもう、大体分かっちゃった……から」

「はあ? 本気で言ってるの?」

「う、うん、だってわたなべさん達ナチェ・リヴィラのエルフ、『サン・アルフ』は祖先の罪を清算する責務を負っていて、かつてナチェ・リヴィラをこんとんおとしいれた『魔王』がサン・アルフ出身で、討伐される寸前で地球のどこかに逃げたからそれ以後二百年、サン・アルフは今俺達が立ってるらしいアストティラン浮遊監獄島から出ることは許されず、仕方なく異世界に逃げた祖先の魔王を討伐するために姿を隠して地球のあちこちに姿を隠して溶け込み、魔王を探すのが罪でしよくざいで、わたなべさんもそんなサン・アルフの一人で、一族の秘密がわたなべさんの秘密なんだってこと、最初に話してくれたし」

おおくん、スゴいね。たった一回聞いただけで」

わたなべさんが言ったことだし」

ふうちゃん。今のは乙女の目になるとこじゃない。ちょっとヒイとくとこ」


 エルフのわたなべがさらっと流したことを、ゆく視点に変えただけでほぼ正確に暗唱したゆくの本気の目に、いずは素直にドン引きしている。