そんなことはない、とは言えなかった。
たまたまファインダーの中に入った被写体が、行人が意識しているしていないに関わらず輝きを放ち存在感を大きくする。
この現象はとても行人の既知の科学的知見で解説できる現象ではなかったし、それこそエルフの渡辺が姿を幻惑させ異世界への境界を開くのと同レベルの超常現象だ。
それを今この瞬間までそうと思わなかった理由は、行人が深く考えなかったからという一点に尽きた。
不思議だとは思っていた。普通ではないとも思っていた。
だが父の持ち物だったから。結局はカメラだったから。それ以外の現象は何も起こっていなかったから。だからその不思議の原因を究明したり、誰かに相談したりもしなかった。
そのせいで行人のフィルムカメラは、エルフの渡辺視点では破魔の力を持つ魔道具に見えてしまっていたようだ。
幕末から明治にかけての日本では、カメラで写真を撮られると魂を抜かれるという迷信が信じられていたらしい。
それが令和の現代になって、まさかカメラで写真を撮られると異世界の魔法を打ち破る破魔の魔道具だとエルフが信じるようになるとは、ダゲレオタイプカメラを世界で初めて世に送り出したルイ・ダゲールもアルフォンス・ジルーも想像できなかっただろう。
「何。その反応、まさかマジなの?」
狼狽えた顔で黙ってしまった行人を見て、泉美がこれまで以上に怪訝な顔になる。
「い、いや、違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。俺のカメラにそんなファンタジーな機能はない! ないんだけど……!」
この現象を一体どう説明すればいいのか、すぐには言葉が紡げない。
行人の主観的には、被写体は『輝いている』のだが、エルフの渡辺の巴錦に関して言えば、実際に花そのものが発光しているわけではない。
どちらかと言えば、被写体の背後から光が湧き上がるように行人の目に迫ってきて、その被写体を浮かび上がらせるのだ。
ただその光すら、白いと思えるときもあれば金色だと思えるときもあり、だからと言って可視光として行人の目に白色や金色に見えているわけでもなく、非常に感覚的なもので言語化が極めて難しい。
「ないんだけど何よ。そんなこと言うからには風花ちゃんが予想したのとは違う何かがあるってことなんじゃないの」
それはもう間違いなくそうだ。
「上手く説明できないんだ。凄く感覚的なことだし、言い方次第じゃ小滝さんにますます渡辺さんを撮らせてもらえなくなりそうで……」
「分かった。じゃあセンパイはもう二度と風花ちゃん撮らないで」
「小滝さんそんなに俺のこと嫌い?」
「風花ちゃんを惑わす人間が疑わしいなら処刑もやむなしでしょ」
ラディカルにすぎる刑法暴論を振りかざす泉美を放置していたら、明日から異世界どころかエルフの渡辺にすら近づけなくなる気がしてきた。
「分かった。分かったよ。今まで人に言ったことないし、俺以外の人間に適用されることなのか分からないから誰にも言ったことなかったんだけなんだ」
「いいわ。これが最終弁論ってことなら聞いてあげる」
「最初の弁論すら聞いてくれなかったくせに」
不満をこぼしながらも、行人は命から数えて十番目くらいに大事にしているカメラを泉美に差し出した。
「このファインダーを覗くと、被写体が輝いてるんだ」
「は? 何言ってんの?」
「このカメラのファインダーを覗くと映ったものが輝いて、撮影してくれって呼んでるみたいに感じるんだ。撮ると、実際結構良い写真になってるような気がする」
「そんな変なカメラ存在するワケないじゃん」
「異世界も魔法もエルフも実在するのに!?」
押し入れの向こうの異世界だの浮遊監獄島だのが実在するんだから、自主的に良い被写体を教えてくれるカメラくらいのささやかな不思議を許容してくれてもいいじゃないか。
過去一番の理不尽を叩きつけられた気がした行人は流石に大声を上げた。
「何なら今このカメラ貸すから、ファインダー通して何か見てみてくれよ!」
「ええ? センパイの血と汗が染み込んだカメラに顔近づけたくないんですけど」
「血と汗が染み込むくらい写真に打ち込んでるのを認めてくれてるんじゃないよねそれ!?」
泉美から止めどなく溢れる理不尽に流された行人は、二人のやりとりのわずかな間にエルフの渡辺が小さく息を吞み顔を強張らせたことに気づかなかった。
「でもまぁ仕方ないか。確かに現実に魔法があることは私も知ってるし、エルフが風花ちゃん以外にも日本や地球のどこかにいる以上、色んな不思議があってもおかしくないもんね。貸してセンパイ。本当にそんなことがあるのか確かめてあげる」
「随分上から言うなぁ。落とさないでくれよ」
「色々言いたいように言ったけど、さすがに精密機器をそんな粗末な扱いしたりはしな……」
行人が差し出したカメラを、泉美は意外にも丁寧に両手で受け取ろうとして、
「ま、待って!」
突然割って入ってきた風花に驚き、二人は慌てて手を引いた。
「渡辺さん?」
「いきなりどうしたの風花ちゃん。今のはちょっと危ないって」
「えっと、その、ごめん。あの、あのね。その確認は、私にやらせてくれない?」
「え?」「は?」
「あの、えっと、ファインダーに写ったものが輝いて見えるカメラ……確かに不思議だし、もしかしたら魔法に関わる道具かもしれない……だったら、わ、私が確かめた方がいいんじゃないかなって……ね? ほら、泉美ちゃんは、魔法の道具を見てもそれが本当に魔法かどうかまでは分からないでしょう?」
「それはまあそうだけど、でもセンパイが言うこと信じるなら、別に私が見たって問題なくない?」
「そ、それはそうなんだけども! でもほら! 大木くんのカメラは液晶画面とかなくて、ファインダー覗くにはカメラにか、か、かお、か……は、鼻とかくっついちゃうわけで!」
「ん? うん。それで?」
「だ、だから、今回は私が確認した方がいいと思うんです! ね!? 大木くん!」
「え? あ、まぁ。俺としては別にあの現象が俺以外にも見えればいいわけだから渡辺さんと小滝さんどっちでも……」
「じゃあ私がやります!」
エルフの渡辺はそう言うと、何故か顔を真っ赤にして行人に両手を差し出した。
「は、はいどうぞ」
行人もその勢いに押される形でカメラを差し出す。
「お預かりします!」
エルフの渡辺もその勢いのままにカメラを受け取り、その重みを両手に受けると少し驚いた顔になるが、すぐにしっかり両手で抱えて大きく息を吐いた。
「こんなしっかりしたもの、手に取るの初めてだけど」
そして行人のカメラを顔の前に上げると、矯めつ眇めつしながら、先程の焦りを引きずったままの、吐息まじりに言う。
「大木くんの……これ、大きいんだね」
「んっ? あ、うん。うん?」
「私手が小さいからこんなに大きいと上手く握れないかも……横のこのごつごつしたところって、柔らかいのかと思ったけど、凄く固いんだね」
「風花ちゃん何の話してるの」
「え? カメラの話だけど、泉美ちゃんなんでそんなに怖い顔してるの?」
「高二にもなって風花ちゃんがそれを平気で言えるの、凄く安心するけどだいぶ心配だよ。それとセンパイ。何か邪なこと考えたらマジで殺すからね?」