エルフの渡辺

第六章 渡辺風花は見えていない ②

「エルフに限らず創作ではよくある話だよ。よそ者の目から自分達の村や里を隠すために魔法をかけて、森や道をループさせるんだ。通れるのは住人に招き入れられた人間か、ループの魔法を破れる魔法使いだけ、みたいな」

「そんなことない! だ、だって森に入ってからはほぼ一本道だった……はず……」


 いずの声には、もはや日頃の気丈さなどじんもない。


「でも、そうだ……確かあのとき、私ずっとふうちゃんと手をつないでた……まさか、あれってそういうことだったの?」

「……かもしれない」


 いずの話を聞きながら、ゆくは学校からわたなべ家までの道のりのことを思い出していた。

 エルフのわたなべが手をつなごうと言い出したときゆくはシンプルに浮かれたが、冷静に考えればかなり唐突なことだったように思う。

 ゆくを悪し様に言ういずを冷たくあしらい懲らしめる話の流れではあったが、ゆくと手をつないですぐ、いずにも自分のスクールバックをつかませた。

 それからわたなべ家までの数分間に見たものを、ゆくは思い出せない。

 エルフのわたなべと、というか女子と手をつないで下校するというシチュエーションに舞い上がっていたのは間違いない。認めざるを得ない。

 だが、エルフのわたなべの家の場所を覚えようとして、ランドマークとなる建物や交差点などを覚えようとしたが、そういった特徴的なものが一切なかった。

 あれはもしかしたら、この世界につながっているわたなべ家が魔法的な理由で近所の目から隠されていたのだろうか。

 そんなことを考えている間にも目に見えて空は暗くなり、何もいない草原のどこかからか、はたまた彼方かなたの森からか、聞いたことのない生き物の声が聞こえ始めて、いずが露骨に狼狽うろたえ始める。


「どうしよう……ねえセンパイ、どうしたらいいと思う?」


 そんなこと聞かれてもゆくとしても困ってしまうが、疲れから来るいらちのままにいずの言うことを退けても何の意味もない。


「そう、言われてもなぁ」


 今の今まで存在を忘れていたポケットの中のスマートフォンを取り出してみると、当然ながらアンテナは圏外表示になっており、既に時間は十九時になろうとしていた。


「参ったな。クソ」


 何か期待をしていたわけでもないが、それでも悪態をつかずにはいられずスマートフォンを汗ばむポケットの中に戻す気になれず、へたり込んだその場所に放り出そうとして、


「うわっと!」


 画面上をどう指が滑ったものか、地面に落ちる寸前、シャッター音が鳴り響いた。


たきさん」

「な、何?」

「ちょっとわたなべさん支えてて、それで、俺のカメラ貸して」

「え? う、うん」


 不安そうな顔のいずは、それでも素直にゆくの言うことを聞き、ゆくがエルフのわたなべを背負っている間、ずっと手に持ち続けていたフィルムカメラをゆくに手渡す。

 ゆくは一時間ぶりにカメラを受け取ると、フィルムが残っていることを確認してから、既に筋肉痛を起こしかけている両腕を気力で顔の前まで持ち上げ、ファインダーをのぞきこんだ。


「……」


 そのままぐるりと周囲を見回すゆくの動きが、ある一点で止まり、いずは不安そうに声をかける。


「センパイ、どうしたの」

「……マジか」


 いずの問いかけに応えようとしたが、それでも感嘆が先に口を突いて出た。


たきさん、見てみて」


 ゆくいずにカメラを返し、代わりにエルフのわたなべの体を支える。


「さっきのふうちゃんみたいになったりしない?」

「多分大丈夫だよ」


 カメラを受け取ったいずは戸惑いながらも素直にゆくが見ていた方向目掛けてレンズを向け、恐る恐るファインダーをのぞいた。


「あっ!」


 いずはファインダーの中にゆくの言う『輝き』を見た。

 ここまでもはや飽きるほど見た草原の地面。

 その中にまるで天の川のように、一筋の光がぐ目指す森の方向に向かって伸びているのだ。


「こ、これって、さっきセンパイが言ってた……」

「ああ。でも、こんなに大きく広範囲に見えたのは初めてだ。しかも、あの森に向かって続いてる。これってもしかして、たきさんがさっき言ってた村への道じゃないかな」

「分かんないけど……そうかもしれない。分かんないけど」


 分からない、を繰り返しながら、いずゆくにカメラを戻した。

 ファインダーから目を離すと、そこにはもはや夜の地面があるのみ。


「これ、どうするの?」

「……ここまで来たら、やることは一つだ。わたなべさんの体を、しっかり支えてて」


 ゆくは立ち上がり、両手でカメラをしっかり構え、輝きの道に向けてシャッターを切った。

 その瞬間、宵闇の草原に輝きが顕現し、何かがはじける澄んだ音がゆくいずの耳を打った。


うそ……道が……! 森が!」


 いずは思わずエルフのわたなべの体を支えることを忘れそうになった。

 ファインダーでのぞいたのと同じような輝きの道が二人の目の前を走り、そしてその道もまた同じ音を立ててはじけ、あれほど遠かった森のきわが一瞬で目の前に壁が立ち上がったかのごとく二人の目の前に迫ったのだ。


「な、何これ……一体、今、何が……」

「んん……うう」

「っ! ふうちゃん! 目が覚めたの!?」


 そのときエルフのわたなべが身じろぎしてうめき声を上げ、体に力が戻り目が開いた。


「っ! い、いずちゃん! 私、おおくんのカメラ落とさなかった!?」

「目が覚めて最初に気にするのがそれ? もう……ふうちゃん、立てる?」


 いずあきれと嫉妬と苦笑が交ざった顔であんの息を吐き、腕と肩を支えてエルフのわたなべを立たせた。


わたなべさん、もう大丈夫なの?」

「うん。大丈夫。まだちょっとフラフラするけど……」


 ゆくが声をかけると、エルフのわたなべゆくの手にあるカメラを見てほっとした様子を見せた。


おおくんのカメラが壊れてなくてよかった」

「いや、まぁ」

「壊れてないかもしれないけど、そのカメラやっぱおかしいと思うよ。これ、見える?」

「これ、里への道?」

「さっきまでこんな道どこにもなかったの。それなのにセンパイのカメラのファインダーからのぞいたらこの道が見えて、シャッター切ったら道が見えたの」

「シャッターを切ったら?」

「そもそもふうちゃん、何で気絶したか覚えてる? センパイのカメラでセンパイを見たせいだよ?」

おおくんを見たせい? それは……」


 エルフのわたなべいずの言葉に戸惑ったように周囲を見回し、やがてゆくいずが歩いてきた方を見た。

 牛歩の歩みできた一時間だったのと、この土地がどこまでも平たいためか、とにかく最初にふすまの境界が開いた場所がまだ見えるのだ

 その途端、エルフのわたなべはまた顔を赤くする。


「あ、あの……も、もしかして、おおくんが、ここまで私のこと背負ってくれてたの?」

「ずっとじゃないけどね! 私も頑張ったけどね!」