「エルフに限らず創作ではよくある話だよ。よそ者の目から自分達の村や里を隠すために魔法をかけて、森や道をループさせるんだ。通れるのは住人に招き入れられた人間か、ループの魔法を破れる魔法使いだけ、みたいな」
「そんなことない! だ、だって森に入ってからはほぼ一本道だった……はず……」
泉美の声には、もはや日頃の気丈さなど微塵もない。
「でも、そうだ……確かあのとき、私ずっと風花ちゃんと手を繫いでた……まさか、あれってそういうことだったの?」
「……かもしれない」
泉美の話を聞きながら、行人は学校から渡辺家までの道のりのことを思い出していた。
エルフの渡辺が手を繫ごうと言い出したとき行人はシンプルに浮かれたが、冷静に考えればかなり唐突なことだったように思う。
行人を悪し様に言う泉美を冷たくあしらい懲らしめる話の流れではあったが、行人と手を繫いですぐ、泉美にも自分のスクールバックを摑ませた。
それから渡辺家までの数分間に見たものを、何故か行人は思い出せない。
エルフの渡辺と、というか女子と手を繫いで下校するというシチュエーションに舞い上がっていたのは間違いない。認めざるを得ない。
だが、エルフの渡辺の家の場所を覚えようとして、ランドマークとなる建物や交差点などを覚えようとしたが、そういった特徴的なものが一切なかった。
あれはもしかしたら、この世界に繫がっている渡辺家が魔法的な理由で近所の目から隠されていたのだろうか。
そんなことを考えている間にも目に見えて空は暗くなり、何もいない草原のどこかからか、はたまた彼方の森からか、聞いたことのない生き物の声が聞こえ始めて、泉美が露骨に狼狽え始める。
「どうしよう……ねえセンパイ、どうしたらいいと思う?」
そんなこと聞かれても行人としても困ってしまうが、疲れから来る苛立ちのままに泉美の言うことを撥ね退けても何の意味もない。
「そう、言われてもなぁ」
今の今まで存在を忘れていたポケットの中のスマートフォンを取り出してみると、当然ながらアンテナは圏外表示になっており、既に時間は十九時になろうとしていた。
「参ったな。クソ」
何か期待をしていたわけでもないが、それでも悪態をつかずにはいられずスマートフォンを汗ばむポケットの中に戻す気になれず、へたり込んだその場所に放り出そうとして、
「うわっと!」
画面上をどう指が滑ったものか、地面に落ちる寸前、シャッター音が鳴り響いた。
「小滝さん」
「な、何?」
「ちょっと渡辺さん支えてて、それで、俺のカメラ貸して」
「え? う、うん」
不安そうな顔の泉美は、それでも素直に行人の言うことを聞き、行人がエルフの渡辺を背負っている間、ずっと手に持ち続けていたフィルムカメラを行人に手渡す。
行人は一時間ぶりにカメラを受け取ると、フィルムが残っていることを確認してから、既に筋肉痛を起こしかけている両腕を気力で顔の前まで持ち上げ、ファインダーを覗きこんだ。
「……」
そのままぐるりと周囲を見回す行人の動きが、ある一点で止まり、泉美は不安そうに声をかける。
「センパイ、どうしたの」
「……マジか」
泉美の問いかけに応えようとしたが、それでも感嘆が先に口を突いて出た。
「小滝さん、見てみて」
行人は泉美にカメラを返し、代わりにエルフの渡辺の体を支える。
「さっきの風花ちゃんみたいになったりしない?」
「多分大丈夫だよ」
カメラを受け取った泉美は戸惑いながらも素直に行人が見ていた方向目掛けてレンズを向け、恐る恐るファインダーを覗いた。
「あっ!」
泉美はファインダーの中に行人の言う『輝き』を見た。
ここまでもはや飽きるほど見た草原の地面。
その中にまるで天の川のように、一筋の光が真っ直ぐ目指す森の方向に向かって伸びているのだ。
「こ、これって、さっきセンパイが言ってた……」
「ああ。でも、こんなに大きく広範囲に見えたのは初めてだ。しかも、あの森に向かって続いてる。これってもしかして、小滝さんがさっき言ってた村への道じゃないかな」
「分かんないけど……そうかもしれない。分かんないけど」
分からない、を繰り返しながら、泉美は行人にカメラを戻した。
ファインダーから目を離すと、そこにはもはや夜の地面があるのみ。
「これ、どうするの?」
「……ここまで来たら、やることは一つだ。渡辺さんの体を、しっかり支えてて」
行人は立ち上がり、両手でカメラをしっかり構え、輝きの道に向けてシャッターを切った。
その瞬間、宵闇の草原に輝きが顕現し、何かが弾ける澄んだ音が行人と泉美の耳を打った。
「噓……道が……! 森が!」
泉美は思わずエルフの渡辺の体を支えることを忘れそうになった。
ファインダーで覗いたのと同じような輝きの道が二人の目の前を走り、そしてその道もまた同じ音を立てて弾け、あれほど遠かった森の際が一瞬で目の前に壁が立ち上がったかのごとく二人の目の前に迫ったのだ。
「な、何これ……一体、今、何が……」
「んん……うう」
「っ! 風花ちゃん! 目が覚めたの!?」
そのときエルフの渡辺が身じろぎして呻き声を上げ、体に力が戻り目が開いた。
「っ! い、泉美ちゃん! 私、大木くんのカメラ落とさなかった!?」
「目が覚めて最初に気にするのがそれ? もう……風花ちゃん、立てる?」
泉美は呆れと嫉妬と苦笑が交ざった顔で安堵の息を吐き、腕と肩を支えてエルフの渡辺を立たせた。
「渡辺さん、もう大丈夫なの?」
「うん。大丈夫。まだちょっとフラフラするけど……」
行人が声をかけると、エルフの渡辺は行人の手にあるカメラを見てほっとした様子を見せた。
「大木くんのカメラが壊れてなくてよかった」
「いや、まぁ」
「壊れてないかもしれないけど、そのカメラやっぱおかしいと思うよ。これ、見える?」
「これ、里への道?」
「さっきまでこんな道どこにもなかったの。それなのにセンパイのカメラのファインダーから覗いたらこの道が見えて、シャッター切ったら道が見えたの」
「シャッターを切ったら?」
「そもそも風花ちゃん、何で気絶したか覚えてる? センパイのカメラでセンパイを見たせいだよ?」
「大木くんを見たせい? それは……」
エルフの渡辺は泉美の言葉に戸惑ったように周囲を見回し、やがて行人と泉美が歩いてきた方を見た。
牛歩の歩みできた一時間だったのと、この土地がどこまでも平たいためか、とにかく最初に襖の境界が開いた場所がまだ見えるのだ
その途端、エルフの渡辺はまた顔を赤くする。
「あ、あの……も、もしかして、大木くんが、ここまで私のこと背負ってくれてたの?」
「ずっとじゃないけどね! 私も頑張ったけどね!」