エルフの渡辺

第六章 渡辺風花は見えていない ③

 ゆくが答えるよりも早くいずが割って入るが、結局エルフのわたなべの問いを肯定する形になっていることに気づいておらず、エルフのわたなべは更に顔を真っ赤にして、無意識に自分の体の前を隠すように縮こまってしまう。


「わ、わ、私、重かったよね? その、迷惑かけてごめんなさい」

「い、いや、その」


 疲労に任せていずの前で重いと放言してしまった手前、重くなかったとも言えない。だからと言ってエルフのわたなべ本人に重かったと言うわけにもいかない。

 いずはその葛藤に気づいているのかにやにやしている。


「重かった、よね……」


 当然その葛藤は用意にエルフのわたなべにも伝わり、そのままどんどんちいさくなってしまう。


「うう……あ、汗臭くなかったかな……で、でも家に帰ってシャワー浴びる暇なんかなかったし……うう〜」

わたなべさん?」

「なんでもない! 今日はそんな汗かいてないと思うし!?」

「え? な、何が? 汗? 何の話?」

「えふっ! え、あ、な、なんでもないよなんでもないよ!」

「あ、う、うん、それはいいんだけど……それよりさ、わたなべさん、もし体調が大丈夫なら、日本に帰るための通路、開ける?」

「通路? ……あ、そ、そうか! 私が気絶しちゃったから閉じちゃったんだね? ごめんなさい! すぐ帰れるって言ったのに」

「大丈夫だよふうちゃん。私は別に何時になっても構わないから」

「俺も別に今日中に帰れるなら大丈夫だよ」

「でも、理由もなく遅くなってもおうちの人達に申し訳ないもの!」

「大丈夫だよわたなべさん! うちはこの時間でも誰もいないし……!」

「うちだって大丈夫よ。今日は遅くなるって言ってきたから」

「ううん。そういうわけにはいかないよ。少し待ってね。もう少し休んだら行けるから」


 エルフのわたなべは深呼吸をしながらふと、カメラによって存在が顕現した道と森を見て眉をひそめる。


「でも……どうしてここに?」

ふうちゃんがいつ目を覚ますか分からなかったからさ。前にこの森に連れて来てもらったときにほら、紹介してもらったでしょ」

「紹介……森……あ!」


 そのとき、ただでさえ白かったエルフのわたなべの顔が更に青くなる。


「私の案内が無かったのに……道が開いてるってことは! そんな! まさか!」


 エルフのわたなべは、今更になってゆくのカメラを見て慌て始めた。


「まさか、本当にそのカメラが迷い道の魔法を……! だとしたらマズいかもしれない! と、とりあえず二人はすぐに日本に戻って家に帰って!」

「どうしたのふうちゃん。まだ大丈夫だから落ち着いてって。顔色悪いんだからもう少し休んでて大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないの! 迷い道の魔法が破られた話なんて聞いたことないもの! ぐずぐずしてると『森の仲間達』が……!」


 エルフのわたなべは、全てを言い切ることができなかった。

 次の瞬間、突然無数の光が出現し、ゆく達を包囲したのだ。


「こ、こんなに早く……!」

「いやっ! な、何なの!?」


 ゆくは悲鳴を上げたエルフのわたなべいずを反射的に背後にかばうが、すぐにその行動に何の意味もないことを思い知らされた。

 光の中から現れたのは、全員がゆくより上背のある完全武装の兵士だったのだ。

 やりや剣、弓矢を持ち、共通する意匠の施されたライトアーマーをまとっている。

 ゆくに軍事や武術の知識など全くないが、それでも現れた十人近い兵士が専門的な訓練を積んだ動きをしているのは一目で分かったし、そもそも光の中から現れてからずっと空中に浮きっぱなしなのだ。

 空を飛べる完全武装の兵士に囲まれたら、万に一つもゆくに勝ち目などあるわけがない。

 とはいえ、武装している相手はすぐに襲い掛かって来ることはせず、やりの間合いでゆく達の様子を観察しているようだ。

 そのため、ゆくも彼らを観察するわずかな余裕があったのだが、初めて見る異世界の兵士の彼らに、ゆくは得体の知れない違和感を抱いた。


「何なに何なの!? わ、私とふうちゃん何もしてないよ!? 何かしたのこのセンパイとカメラだよ!?」


 そんなゆくの後ろでいずゆくを差し出そうとしているのに理不尽なものを覚えざるを得ないが、結果的にそれが状況を動かした。


ふう……? もしかしてそっちの子は、いずちゃん?」


 明らかに周囲より位の高そうなよそおいの兵士がかぶとめんぼおを上げた。

 中年の女性の声だった。そしてめんぼおから出てきた顔を見たとき、ゆくは抱いた違和感の正体に気づいた。


「エルフじゃ……ない?」


 現れた女性の顔は、どこからどう見ても平均的アジア人の顔だったのだ。

 というか、記憶にある『わたなべふう』の面差しによく似ているのだ。


ふう?」「フーカか」「なんだ、同胞かよ」「向こうの人間を連れて来たのか」


 女性が顔を出したのと同時に、次々に他の兵士も警戒を緩め、めんぼおを上げる。

 そして素顔をさらしたほぼ全員が日本人の顔をし、日本語を話していた。

 最初に顔を見せた女性が警戒を緩めないままゆっくりと地面に降りると、やりの穂先を油断なくゆくに向けつつ、後ろの二人を見る。


ふう。それにいずちゃん。こんな時間にこんなところで何をしているの」

「お仕事中にごめんなさい、お母さん」


 中年女性の問いかけは冷たく、エルフのわたなべの答えもまた相応に硬いものだった。


「実はこっちの……おおゆくくんは、私の本当の姿が見えているんです」

「何ですって?」


 エルフのわたなべにお母さんと呼ばれた兵士の顔が険しくなり、ゆくを横目でにらむ。


「一体どういうこと」


 そして、かすかな怒気と共にゆくに突きつけられるやりの穂先が少し喉に近く上がった。


「この男の子は誰」

「学校の……クラスメイト」

「姿を見られたって、どういうこと?」

「そのままの意味だよ。あるとき突然、おおくんの目に魔法が効かなくなって」

「何かきっかけになる出来事があったはずよ」

「そ、それは、その……」


 エルフのわたなべは言葉に詰まる。

 きっかけと言えば、どう考えてもゆくの告白しか考えられないからだ。

 だが高校二年生の少女が母親に告げるのにはデリケートすぎることだし、この数少ないやりとりを見ても、母娘おやこの関係はあまりスムーズではないように思える、


「きっかけかは、まだはっきりとは分かってないの。これかなっていうのはいくつかあるんだけど、決め手に欠けるというか」

「何なの。はっきりしなさい」

「えっと……それは、その」


 エルフのわたなべは完全に委縮してしまっているようだ。

 するとはらはらした様子で二人の会話の推移を見守っているいずが、エルフのわたなべが追い詰められている様子にいてもたってもいられなくなっているらしい。

 そして一瞬ゆくを見てから口を開こうとしたので、ゆくはそれを制する形で声を開いた。


「このカメラが原因かもしれません」

おおくん!?」


 エルフのわたなべは思わず大声を上げるが、ゆくはそれを制した。


「あなたは……?」