行人が答えるよりも早く泉美が割って入るが、結局エルフの渡辺の問いを肯定する形になっていることに気づいておらず、エルフの渡辺は更に顔を真っ赤にして、無意識に自分の体の前を隠すように縮こまってしまう。
「わ、わ、私、重かったよね? その、迷惑かけてごめんなさい」
「い、いや、その」
疲労に任せて泉美の前で重いと放言してしまった手前、重くなかったとも言えない。だからと言ってエルフの渡辺本人に重かったと言うわけにもいかない。
泉美はその葛藤に気づいているのかにやにやしている。
「重かった、よね……」
当然その葛藤は用意にエルフの渡辺にも伝わり、そのままどんどんちいさくなってしまう。
「うう……あ、汗臭くなかったかな……で、でも家に帰ってシャワー浴びる暇なんかなかったし……うう〜」
「渡辺さん?」
「なんでもない! 今日はそんな汗かいてないと思うし!?」
「え? な、何が? 汗? 何の話?」
「えふっ! え、あ、な、なんでもないよなんでもないよ!」
「あ、う、うん、それはいいんだけど……それよりさ、渡辺さん、もし体調が大丈夫なら、日本に帰るための通路、開ける?」
「通路? ……あ、そ、そうか! 私が気絶しちゃったから閉じちゃったんだね? ごめんなさい! すぐ帰れるって言ったのに」
「大丈夫だよ風花ちゃん。私は別に何時になっても構わないから」
「俺も別に今日中に帰れるなら大丈夫だよ」
「でも、理由もなく遅くなってもおうちの人達に申し訳ないもの!」
「大丈夫だよ渡辺さん! うちはこの時間でも誰もいないし……!」
「うちだって大丈夫よ。今日は遅くなるって言ってきたから」
「ううん。そういうわけにはいかないよ。少し待ってね。もう少し休んだら行けるから」
エルフの渡辺は深呼吸をしながらふと、カメラによって存在が顕現した道と森を見て眉を顰める。
「でも……どうしてここに?」
「風花ちゃんがいつ目を覚ますか分からなかったからさ。前にこの森に連れて来てもらったときにほら、紹介してもらったでしょ」
「紹介……森……あ!」
そのとき、ただでさえ白かったエルフの渡辺の顔が更に青くなる。
「私の案内が無かったのに……道が開いてるってことは! そんな! まさか!」
エルフの渡辺は、今更になって行人のカメラを見て慌て始めた。
「まさか、本当にそのカメラが迷い道の魔法を……! だとしたらマズいかもしれない! と、とりあえず二人はすぐに日本に戻って家に帰って!」
「どうしたの風花ちゃん。まだ大丈夫だから落ち着いてって。顔色悪いんだからもう少し休んでて大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないの! 迷い道の魔法が破られた話なんて聞いたことないもの! ぐずぐずしてると『森の仲間達』が……!」
エルフの渡辺は、全てを言い切ることができなかった。
次の瞬間、突然無数の光が出現し、行人達を包囲したのだ。
「こ、こんなに早く……!」
「いやっ! な、何なの!?」
行人は悲鳴を上げたエルフの渡辺と泉美を反射的に背後に庇うが、すぐにその行動に何の意味もないことを思い知らされた。
光の中から現れたのは、全員が行人より上背のある完全武装の兵士だったのだ。
槍や剣、弓矢を持ち、共通する意匠の施された軽鎧をまとっている。
行人に軍事や武術の知識など全くないが、それでも現れた十人近い兵士が専門的な訓練を積んだ動きをしているのは一目で分かったし、そもそも光の中から現れてからずっと空中に浮きっぱなしなのだ。
空を飛べる完全武装の兵士に囲まれたら、万に一つも行人に勝ち目などあるわけがない。
とはいえ、武装している相手はすぐに襲い掛かって来ることはせず、槍の間合いで行人達の様子を観察しているようだ。
そのため、行人も彼らを観察するわずかな余裕があったのだが、初めて見る異世界の兵士の彼らに、行人は得体の知れない違和感を抱いた。
「何なに何なの!? わ、私と風花ちゃん何もしてないよ!? 何かしたのこのセンパイとカメラだよ!?」
そんな行人の後ろで泉美が行人を差し出そうとしているのに理不尽なものを覚えざるを得ないが、結果的にそれが状況を動かした。
「風花……? もしかしてそっちの子は、泉美ちゃん?」
明らかに周囲より位の高そうな装いの兵士が兜の面頰を上げた。
中年の女性の声だった。そして面頰から出てきた顔を見たとき、行人は抱いた違和感の正体に気づいた。
「エルフじゃ……ない?」
現れた女性の顔は、どこからどう見ても平均的アジア人の顔だったのだ。
というか、記憶にある『渡辺風花』の面差しによく似ているのだ。
「風花?」「フーカか」「なんだ、同胞かよ」「向こうの人間を連れて来たのか」
女性が顔を出したのと同時に、次々に他の兵士も警戒を緩め、面頰を上げる。
そして素顔を晒したほぼ全員が日本人の顔をし、日本語を話していた。
最初に顔を見せた女性が警戒を緩めないままゆっくりと地面に降りると、槍の穂先を油断なく行人に向けつつ、後ろの二人を見る。
「風花。それに泉美ちゃん。こんな時間にこんなところで何をしているの」
「お仕事中にごめんなさい、お母さん」
中年女性の問いかけは冷たく、エルフの渡辺の答えもまた相応に硬いものだった。
「実はこっちの……大木行人くんは、私の本当の姿が見えているんです」
「何ですって?」
エルフの渡辺にお母さんと呼ばれた兵士の顔が険しくなり、行人を横目で睨む。
「一体どういうこと」
そして、かすかな怒気と共に行人に突きつけられる槍の穂先が少し喉に近く上がった。
「この男の子は誰」
「学校の……クラスメイト」
「姿を見られたって、どういうこと?」
「そのままの意味だよ。あるとき突然、大木くんの目に魔法が効かなくなって」
「何かきっかけになる出来事があったはずよ」
「そ、それは、その……」
エルフの渡辺は言葉に詰まる。
きっかけと言えば、どう考えても行人の告白しか考えられないからだ。
だが高校二年生の少女が母親に告げるのにはデリケートすぎることだし、この数少ないやりとりを見ても、母娘の関係はあまりスムーズではないように思える、
「きっかけかは、まだはっきりとは分かってないの。これかなっていうのはいくつかあるんだけど、決め手に欠けるというか」
「何なの。はっきりしなさい」
「えっと……それは、その」
エルフの渡辺は完全に委縮してしまっているようだ。
するとはらはらした様子で二人の会話の推移を見守っている泉美が、エルフの渡辺が追い詰められている様子にいてもたってもいられなくなっているらしい。
そして一瞬行人を見てから口を開こうとしたので、行人はそれを制する形で声を開いた。
「このカメラが原因かもしれません」
「大木くん!?」
エルフの渡辺は思わず大声を上げるが、行人はそれを制した。
「あなたは……?」