エルフの渡辺

第六章 渡辺風花は見えていない ④

おおゆくといいます。わたなべさん……ふうさんとは、みなみいたばしこうこうの同級生です。去年からの」

「そうなの。そのカメラは?」


 いずはこの女性のことを、わたなべりようと呼んでいた。エルフのわたなべの、エルフではない母。

 ゆくはカメラを彼女に差し出した。


「元は父のカメラですが、今は俺が使っています。俺は本当についこの前までエルフ……サン・アルフのことは何も知らなくて、今も別によく分かってません」

「なのにどうして、ふうの顔を?」

ふうさんの言う通りです。原因となりそうないくつかありますけど、俺には分かりません。分かるわけがない。まだこの世界の存在を知って、二時間かそこらなんです」

「ならばそのカメラが原因だと言う理由は」

ふうさんが、このカメラをのぞいた途端に気絶しました。そのとき日本からの扉が消えて帰れなくなりました。たきさんがあなたのことを知っているとのことだったので、助けを求めにここまで」

「助けを求めているのなら、迷いの道の魔法を破壊したの」

「俺は破壊したつもりはありません。ファインダーの中に妙なものが見えたから、それを撮影しただけです」

「だけ、ということはないでしょう。そこに至るまでの理由があったはずです」

「それもいくつもありますけど、正直分からないことの方が多いんです。説明はできません」


 わたなべりようやりこそ下ろしたが、ゆくが差し出すカメラを乱暴に奪い取った。


「お母さんっ!」


 エルフのわたなべは友人の持ち物を乱暴に扱う母に抗議の声を上げる。


「見たところ、随分古いフィルムカメラね。メーカーロゴもないし、国産機じゃなさそう。こっちに来てから、何か撮影したものは?」

「ここでこの道を撮影したのが最初です。それ以外は何も」

「……ファインダーをのぞいた?」


 ゆくの言葉を信じていないのか、疑うような表情でカメラのファインダーをのぞきこもうとし、慌てて顔を背ける。


「このカメラは使用者の魔力を吸い取る機構を持っているわ。明らかに日本の……地球のものじゃない。お父様は何も言ってなかったの? いつどこで手に入れたとか。これを使っていたとしたら、あなたも普通じゃない何かを体験していたはずよ」


 ゆくは首を横に振り、何でもないことのように言った。


「聞けませんでした。俺がそれで写真を撮るようになったのは、父がくなってからですから」

「えっ!?」「は!?」


 エルフのわたなべいずは、目を見開いて息をんだ。


「確かに普通じゃない体験はしていました。このカメラは、良い被写体を輝きで教えてくれるんです。でも、それだけです。それ以外の不思議な現象は、全部こっちの世界に踏み込んでから起こったものです」

「……」


 わたなべりようは奪ったカメラとゆくを何度も交互に見た。


「……話は分かりました。地球で『魔王』由来のものや、我々の先祖由来のものが見つかる前例はいくつもあるから、これももしかしたらその一つかもしれないわね」


 そして、他の兵士に合図をして武器を下げさせると、自分もやりを背に収め他の兵士を下がらせ、自分の背後に手を振った。

 すると、見覚えのある大きな長方形の光が生まれ、その向こうに見覚えのあるエルフのわたなべの部屋が出現した。


「さあ、向こうも夜でしょ。ふういずちゃんはさっさと帰りなさい」

「待って、どういうこと、お母さん」


 エルフのわたなべの回復を待たずしてゆくいずの帰る道が開いたが、娘はけんのんな様子で母に食って掛かった。


「どうして私といずちゃんだけなの」

「こちらのおおくんには話があるからよ」

「それならいずちゃんだけ帰って。私も一緒に聞く」

「えっ……っと、それはちょっとなくない? 話が長くならないなら、私も一緒に……」

いずちゃん……お願い、今は……」


 明らかに空気を読めていないかのような発言にエルフのわたなべわたなべりようから非難がましい目で見られたいずだが、慌てて首を横に振った。


「いやいやそういうことじゃなくてさ! ふうちゃんち、今誰もいないでしょ。私一人で帰ったらふうちゃんちの玄関の鍵開けっ放しになっちゃうから……不用心じゃないかなって」

「「「…………」」」


 ゆく、エルフのわたなべわたなべりようの三人が思わず顔を見合わせ、


「私の部屋の、勉強机の一番上のアクセサリーラックに梅の花のキーホルダーがついてる鍵があるから、それ持って行って。明日、学校で返してくれればいいから」

「う、うん。分かった。それじゃあ」


 三人に見送られながら、いずは一人境界をまたぐ。


ふうちゃんもセンパイも……また明日、学校でね」


 いずが境界を越えきってから不安げにそう言うと、わたなべりようは境界を閉じた。


「お母さん。話をするのなら、おおくんにカメラを返して」


 いずの姿が見えなくなってから、エルフのわたなべぜんと母に告げる。


「まだそういうわけにはいかないわ」


 だが、わたなべりようはやんわりとそれを断り、娘の顔色を更に険しくさせた。


「どういうつもり。おおくんのカメラが魔王由来のものだと決まったわけじゃないでしょう。それに、たとえそうだったとしても、それはおおくんのお父さんがのこしたもので、私達が好き勝手していいものじゃない」

ふう

「たかがカメラだよ。私の魔力を吸収したところで迷いの道の魔法を破壊するくらいしかできないカメラなんか、放っておいても何の問題もないでしょう」

「聞きなさいふう、このカメラには、私達サン・アルフの宿命の……」

「サン・アルフの宿命も、魔王だ祖先の遺産だに振り回されるのも、もううんざりなの!」


 これまでゆくが聞いた中で『わたなべふう』の最も大きな声だった。


「一体いつまで私達は、顔も知らない祖先のあやまちの責を負わされなきゃいけないわけ!? 私達が今の世界に何をしたっていうの! 今生きているサン・アルフが、ナチェ・リヴィラに何かした!?」

ふう……」


 わたなべりようが娘を見る目は、あきれでも怒りでもなく、どこか同情と、じくたる思いをうかがわせた。


「最悪私だけならいい! でも、私の友達の大切なものを奪うことだけは絶対に許さない!」


 次の瞬間、エルフのわたなべの足下に光と旋風が巻き起こり彼女の長い髪をたなびかせ、それを見たわたなべりよう以外の兵士達は思わず身構える。


「世界から奪った魔王をきらうなら、魔王のように奪わないで! 今すぐそのカメラを、おおくんに返して! さもないと……!」

「わ、わたなべさん!」


 次の瞬間、ゆくがその場に立っているのが難しいほどの豪風がエルフのわたなべを包み、一瞬のまたたきの後、そこにいたのはゆったりしたニットをまとった、ぽやぽやとした私服エルフではなかった。