エルフの渡辺

第六章 渡辺風花は見えていない ⑤

 薄桃色の輝く花があしらわれた、森の草木から生まれたすいりよくの短剣とサークレット、そしてグローブとブーツを帯びたエルフの戦士だ。


「カメラに魔力を吸われてるのに随分無理をするじゃない、ふう。いえ」


 わたなべりようは一度収めたやりに再び片手をかける。


「レグニ・フニーグ・フーカ。でも、に緑の指の名を持つ者でも、この人数を相手にできるかしら」

「緑の、指……?」


 そのフレーズにゆくは聞き覚えがあった。

 ほかならぬ、自分自身が『わたなべふう』を評して言った言葉だ。


「お母さん達がおおくんや、日本の人達の大切なものを力で奪おうとするのなら、私も力でそれを守る。それだけのことだよ」


 回復しきっていないエルフのわたなべの顔色は青い。だがそれでもゆくを背後にかばい、母に向けて刃を構える。


「……ふふ、言うようになったじゃないの。でも……」


 わたなべりようゆくの目にも留まらぬ速度でやりを構え直した途端、ゆくのカメラをエルフのわたなべ目掛けて放り投げた。


「あっ! ちょっ!」


 ある意味突然の凶行にエルフのわたなべは構えを解いてそのカメラを受け止めようとするが、


「あなたはもう少し、落ち着いて親の話を聞きなさい」


 投げたカメラに追いついたわたなべりようは、宙に浮いていたカメラをわしづかみにすると、カメラの背面、すなわちファインダーをエルフのわたなべの顔、その右目の前にたたきつける勢いで静止した。


「んばべっ!?」


 その瞬間、エルフのわたなべの身を包んでいたにも強力そうなエルフ的兵装は霧散し、エルフのわたなべは奇声を上げながらその場に膝から崩れ落ちた。


わたなべさんっ!」


 目を回して後頭部から落ちそうになったエルフのわたなべに駆け寄りぎりぎりのところで背中から支えたゆくは叫ぶ。


「な、何するんですか!」

「大丈夫よ。サン・アルフはそんなことくらいじゃ死なないから」

「いやそういうことじゃなくて!」


 あの勢いでカメラを顔面にたたきつけたらカメラも顔も無事じゃすまないとか、今またカメラに魔力を吸わせたのか、言いたいことは色々あるが、とりあえずここまでのやりとりのほとんどがとてもではないが穏やかな母娘おやこのやりとりではなかった末の一瞬の格闘劇だったため、つい非難がましい口調になってしまった。


「……昔からね、どうしても合わないのよ。お互いそんなつもりがなくても、どうしてかけんになっちゃうの。この子も私も、なんというか、早とちりの口下手でね」


 だが、わたなべりようの反応は、思いがけず冷静で穏やかなものだった。


「あなたのお父様の形見を乱暴に扱ってごめんなさい。でも、返すのはもう少しだけ待ってちょうだい。もしまだ急いで帰らなくていいようなら」


 言いながらわたなべりようやりの石突を地面に軽く立てる。

 その瞬間、ゆくが撮影した輝きの道が再び光り、森の奥に穏やかな光が無数にともる。


「少しだけ、その子を背負ってもらえるかしら。おおゆく君」


 そして、道が、草が、風が、木々が、まるで王に道を開ける臣下のように道を開き、ゆくの目にその光景を見せつけた。


「アストティラン浮遊監獄島、東の大樹海、サン・アルフの村イーレフにご招待するわ。時間は取らせませんから、私の頼みを聞いてもらえないかしら」



 巨木と共に生きる村、イーレフ。

 それは間違いなく、夢と空想と物語の中に存在するエルフの村であった。

 東の大樹海の名に相応ふさわしい巨木の森は、エルフの魔法によるものか、それとも異世界の不思議によるものか、街灯のたぐいもないのに夜もなお柔らかく明るかった。

 村を構成する建物や施設は、どうやら巨木の幹に張り付くように建造されており、上を見上げると巨木と巨木をつなぐ橋のようなものが縦横に渡っていて、それらがまるでホタルかランタンにいろどられているかのように、オレンジと淡いグリーンの光をほのかに発し、夜の森を照らしているのだ。

 村には地上も樹上の橋にも大勢の人が行き来しており、巨木に張り付く住居らしき建造物の数を見ても、少なくとも数百人の人間が暮らす里であることが察せられた。


「大丈夫かしら、おお君。その子、重くない?」

「いえ……そう言えば、あれ?」


 森の入り口から村まで数分。

 エルフのわたなべを背負って歩いていたゆくだが、言われるまで彼女の重さを感じなかった。

 最初はそれこそほんの数分歩くだけで、その重さにバテかけていたのに。


「森の魔力がその子とあなたを受け入れているのよ」

「そういうものなんですか。ただの人間の俺にも、魔力って影響するものなんですか」

「サン・アルフだってただの人間よ。あなた達より少しだけ、魔力に関わった歴史が長いだけ。ところでおお君。高いところは平気?」

「はい、特に怖くはないですけど……」

「そう。良かった。ここにはエレベーターなんて気のいたものはないから、スムーズに里の上層に行くには少し空を飛ぶ必要があるの」

「え? うわっ!」


 言うが早いが、ゆくはエルフのわたなべを背負ったまま、体が突然浮き上がるのを感じた。


「え? え!? ええ!?」


 まるで見えないエレベーターに乗せられたかのような感覚。エルフのわたなべを背負って直立したまま自分の体がバランスも崩さず浮き上がるのは、いかなる技によるものか。

 わたなべりようも、同じ透明のエレベーターに乗っているかのような様子で上を見る。


ふうがどれくらいの話をしたのかは分からないけど、一つだけ言っておきたいのは、私達サン・アルフは日本や地球の他の国々の人々を害するつもりは一切ないの」

「は、はあ」

「この世界のことは、どれくらい?」

「はい、ナチェ・リヴィラのエルフ、『サン・アルフ』は祖先の罪を清算する責務を負っていて、かつてナチェ・リヴィラをこんとんおとしいれた『魔王』がサン・アルフ出身で、討伐される寸前で地球のどこかに逃げたからそれ以後二百年、サン・アルフは今俺達が立ってるらしいアストティラン浮遊監獄島から出ることは許されず、仕方なく異世界に逃げた祖先の魔王を討伐するために姿を隠して地球のあちこちに姿を隠して溶け込み魔王を探すことが罪でしよくざいで、わたなべさんもそんなサン・アルフの一人で、一族の秘密がわたなべさんの秘密なんだってことは聞きました」

「あ、そ、そう」


 よどみなく答えたゆくに、わたなべりようは少し引いたような表情を見せた。


「だ、大体は分かってもらえてるみたいね」

「そうでもありません。本当に今言った通りのことをふうさんから聞いただけなので、魔王が具体的にどんなやつでどんなことしたのかとか、サン・アルフが具体的にどんな種族なのかとかは、いまだに分かってません。魔法とか魔力もとりあえずそういうものがあるっていう状況証拠と話があるから受け入れてますけど、実際何なのか、っていうのは、まだ」

「……こんな言い方をするとまたふうに誤解されてしまうかもしれないけど、それをあなたが理解する必要はないわ。だってこれは私達サン・アルフの問題で、もし事情を完全に理解してもらえたとして、あなた達地球の人間に魔王捜索や魔王討伐を手伝わせることは決してないもの」


 それは、確かにそうなのだろう。