エルフの渡辺にしろ渡辺涼香にしろ他のサン・アルフにしろ、見た目が日本人だというだけで、空を飛んだり魔法を使ったり鉄の武器を片手で振り回したりと、明らかに普通の日本人や地球人と一線を画した能力を有している。
そんな人々が二百年かけて取り組んでなお解決できない事業に、ちょっとカメラに詳しいだけの高校生男子が介入する余地は皆無だ。
「ならば何故、俺や小滝さんを里に受け入れるんです? 俺達は子どもです。うっかり秘密を漏らすこともあるかもしれない」
「泉美ちゃんが風花と知り合ったのは小学生の頃だけど、あの子、結構おもらししてるのよ、風花のこと」
「そうなんですか?」
「でも、そもそも見た目がこうでしょう?」
そう言うと渡辺涼香は自分の顔を指さす。
今は鎧と槍とイーレフの里だから彼女がエルフだと納得できるが、コンビニやスーパーなどの街中で彼女とすれ違えば、記憶にも留めないくらい『どこにでもいそうな』顔ではある。
すると、いつの間にか三人は巨木の鬱蒼と茂る森の枝葉の屋根を抜け、空が見える場所まで上がってきていた。
「うわ」
明らかに日本の夜空とは違う満天の星空を背景に、それはあった。
樹海の巨木の更に倍はあろうかという巨木が人柱、屹立しており、渡辺涼香は行人をその木に誘おうとしているらしい。
「もしかして……あれがユグドラシル?」
「知ってるの?」
「はい。風花さんが前に、俺の名前に似てるって」
「ああ、なるほどね。ふふ、そういうこと」
「え?」
「なんでもないわ。もうすぐ着くわ」
渡辺涼香が指し示す先にあるのは、里の中にいくつもあったテラス。
人工的に作られた場所ながら、まるで草原のように土と草に覆われ、里を満たしていた淡い光がホタルのように微かに立ち上っている。
そのテラスに着陸すると、
「……ん……」
行人の背中でもぞもぞとエルフの渡辺がみじろぎした。
「え? あ! わ! お、大木くん!? な、なんで!」
「ちょ、ちょっと暴れないで! 落としちゃう、わあっ! 危ないっ!」
「きゃあっ!」
自分がまたも気絶して行人に背負われていることに気がついたエルフの渡辺は、気恥ずかしさからかその背から降りようとして落下し、浮遊魔法の軛から解かれて体のバランスが整っていない行人を引き倒してしまった。
「あなた達、いくら何でも親の前でそれは大胆が過ぎないかしら」
「お母さんっ! これは不可抗力!」
「ご、ごめん渡辺さんっ! すぐどくから!!」
決して故意ではないとはいえ、完全にエルフの渡辺に覆いかぶさる形で倒れてしまった行人は、渡辺涼香の手前これ以上無様を見せないよう、きちんと慎重に地面に手を突いて紳士的かつ迅速にエルフの渡辺の上から飛びのいた。
「今のは確かに風花が悪いわ。ここまで背負ってくれた大木君に失礼じゃない」
「そ、それはそうだけど……そこは、驚いたというか、心の準備がなかったというか……」
「だとしてもそういうときに暴れるのはどうかと思うわ。あなた、年取ったら車の運転しちゃだめよ。アクセルとブレーキ踏み間違えてパニックに陥るタイプだわ」
「やめてよもう!! ……あ」
「だ、大丈夫?」
立ち上がろうとしたエルフの渡辺の前に、行人の手が差し出される。
「あ、ありがとう……」
エルフの渡辺は母の方を横目で見、顔を赤らめながらも行人の手を取って立ち上がった。
渡辺涼香も、さすがにここで何か茶々を入れることはしなかった。
「お母さん、まだ大木くんにカメラを返してないの。大樹のテラスにまで連れてきて、一体どういうつもりなの」
「落ち着きなさい風花。安心して。カメラは大木君に返します。ただ……大木君にお願いしたいことがあるんです」
そう言うと、渡辺涼香はやおらその場に跪いて、行人に頭を垂れた。
「このカメラで、風花と私の写真を撮ってもらえませんか」
思いがけない申し出に、行人は目を見開いた。
「これからこのカメラに、私の魔力も吸収させます。そうすれば、サン・アルフの戦士二人分の魔力が蓄積されたことになる。大木君。あなたは風花の魔力を込めたカメラで、迷いの道の魔法を破った。ならばもしかしたら……私達の体にかかった魔法も……」
「体にかかった魔法って……もしかして、姿を変える」
渡辺涼香は顔を上げ頷くと、娘を、エルフの渡辺を見た。
「あなたは風花の本当の姿が見えている。そうよね? それは、どんな姿?」
行人は戸惑いながら、エルフの渡辺を見る。
「それは、金色の長い髪に、緑色の綺麗な瞳……長い耳で、その、えっと、とても、美人な」
「や、やめてよ大木くん、そんな……」
「……大木君。あなたは、娘のことを、好きでいてくれるのね」
「えっ!? あ、いや、それは、その、あのですね!」
『渡辺風花』への恋心を突然言い当てられ狼狽える行人だが、次の一言に凍り付いた。
「私には、風花のその姿は、見えないんです」
「えっ」
「私だけではありません。風花も、自分自身の本当の姿が見えていません」
行人は絶句し、エルフの渡辺を見ると、彼女もその言葉を否定せず、小さく頷いた。
「どうして……そんなことが……」
「それが魔王を生み出してしまったサン・アルフに課せられた数多の罰の一つです。私達は自分で自分の本当の顔と姿を見ることができない。風花も、私のサン・アルフの素顔を一度も見たことがないのです」
「そ、そんなことって……」
「あ、で、でも、そこまでシリアスに捉えないで。逆に言えばもう生まれてこのかたお互いこの顔で生きてきたわけだから、第一世代に比べるともう完全に割り切っているというか、この顔のお母さん以外はお母さんと認識できないレベルというか!」
ここで言う『この顔』とは、今行人が見ているエルフの渡辺の顔ではなく、行人が恋した『渡辺風花』の顔のことだろう。
異世界ナチェ・リヴィラのサン・アルフでありながら、渡辺涼香、渡辺風花という名で日本人として生きてきた時間の方が長いのだから、アイデンティティももはやその名と姿に依拠してしまっていてもおかしくはない。
「だから、別に日本人の姿が嫌だとかそういうことじゃないの! ただ……ただ、ね。泉美ちゃんと……大木くんには見えてるなら……二人に私はどう見えているのか見たい、とは、思うかな。自分の、本当の顔」
「渡辺さん……」
あまりの事実に、行人はなかなか状況が整理できないでいた。
「その、魔法が切れるのを待つわけにはいかないんですか? 前に渡辺さん、その魔法を維持するのに沢山食べなきゃいけないって……」