エルフの渡辺

第六章 渡辺風花は見えていない ⑥

 エルフのわたなべにしろわたなべりようにしろ他のサン・アルフにしろ、見た目が日本人だというだけで、空を飛んだり魔法を使ったり鉄の武器を片手で振り回したりと、明らかに普通の日本人や地球人と一線を画した能力を有している。

 そんな人々が二百年かけて取り組んでなお解決できない事業に、ちょっとカメラに詳しいだけの高校生男子が介入する余地は皆無だ。


「ならば、俺やたきさんを里に受け入れるんです? 俺達は子どもです。うっかり秘密を漏らすこともあるかもしれない」

いずちゃんがふうと知り合ったのは小学生の頃だけど、あの子、結構おもらししてるのよ、ふうのこと」

「そうなんですか?」

「でも、そもそも見た目がこうでしょう?」


 そう言うとわたなべりようは自分の顔を指さす。

 今はよろいやりとイーレフの里だから彼女がエルフだと納得できるが、コンビニやスーパーなどの街中で彼女とすれ違えば、記憶にもとどめないくらい『どこにでもいそうな』顔ではある。

 すると、いつの間にか三人は巨木のうつそうと茂る森の枝葉の屋根を抜け、空が見える場所まで上がってきていた。


「うわ」


 明らかに日本の夜空とは違う満天の星空を背景に、それはあった。

 樹海の巨木の更に倍はあろうかという巨木が人柱、きつりつしており、わたなべりようゆくをその木に誘おうとしているらしい。


「もしかして……あれがユグドラシル?」

「知ってるの?」

「はい。ふうさんが前に、俺の名前に似てるって」

「ああ、なるほどね。ふふ、そういうこと」

「え?」

「なんでもないわ。もうすぐ着くわ」


 わたなべりようが指し示す先にあるのは、里の中にいくつもあったテラス。

 人工的に作られた場所ながら、まるで草原のように土と草に覆われ、里を満たしていた淡い光がホタルのようにかすかに立ち上っている。

 そのテラスに着陸すると、


「……ん……」


 ゆくの背中でもぞもぞとエルフのわたなべがみじろぎした。


「え? あ! わ! お、おおくん!? な、なんで!」

「ちょ、ちょっと暴れないで! 落としちゃう、わあっ! 危ないっ!」

「きゃあっ!」


 自分がまたも気絶してゆくに背負われていることに気がついたエルフのわたなべは、気恥ずかしさからかその背から降りようとして落下し、浮遊魔法のくびきから解かれて体のバランスが整っていないゆくを引き倒してしまった。


「あなた達、いくら何でも親の前でそれは大胆が過ぎないかしら」

「お母さんっ! これは不可抗力!」

「ご、ごめんわたなべさんっ! すぐどくから!!」


 決して故意ではないとはいえ、完全にエルフのわたなべに覆いかぶさる形で倒れてしまったゆくは、わたなべりようの手前これ以上無様を見せないよう、きちんと慎重に地面に手を突いて紳士的かつ迅速にエルフのわたなべの上から飛びのいた。


「今のは確かにふうが悪いわ。ここまで背負ってくれたおお君に失礼じゃない」

「そ、それはそうだけど……そこは、驚いたというか、心の準備がなかったというか……」

「だとしてもそういうときに暴れるのはどうかと思うわ。あなた、年取ったら車の運転しちゃだめよ。アクセルとブレーキ踏み間違えてパニックに陥るタイプだわ」

「やめてよもう!! ……あ」

「だ、大丈夫?」


 立ち上がろうとしたエルフのわたなべの前に、ゆくの手が差し出される。


「あ、ありがとう……」


 エルフのわたなべは母の方を横目で見、顔を赤らめながらもゆくの手を取って立ち上がった。

 わたなべりようも、さすがにここで何か茶々を入れることはしなかった。


「お母さん、まだおおくんにカメラを返してないの。大樹のテラスにまで連れてきて、一体どういうつもりなの」

「落ち着きなさいふう。安心して。カメラはおお君に返します。ただ……おお君にお願いしたいことがあるんです」


 そう言うと、わたなべりようはやおらその場にひざまずいて、ゆくに頭を垂れた。


「このカメラで、ふうと私の写真を撮ってもらえませんか」


 思いがけない申し出に、ゆくは目を見開いた。


「これからこのカメラに、私の魔力も吸収させます。そうすれば、サン・アルフの戦士二人分の魔力が蓄積されたことになる。おお君。あなたはふうの魔力を込めたカメラで、迷いの道の魔法を破った。ならばもしかしたら……私達の体にかかった魔法も……」

「体にかかった魔法って……もしかして、姿を変える」


 わたなべりようは顔を上げうなずくと、娘を、エルフのわたなべを見た。


「あなたはふうの本当の姿が見えている。そうよね? それは、どんな姿?」


 ゆくは戸惑いながら、エルフのわたなべを見る。


「それは、金色の長い髪に、緑色のれいな瞳……長い耳で、その、えっと、とても、美人な」

「や、やめてよおおくん、そんな……」

「……おお君。あなたは、娘のことを、好きでいてくれるのね」

「えっ!? あ、いや、それは、その、あのですね!」

わたなべふう』への恋心を突然言い当てられ狼狽うろたえるゆくだが、次の一言に凍り付いた。


「私には、ふうのその姿は、見えないんです」

「えっ」

「私だけではありません。ふうも、自分自身の本当の姿が見えていません」


 ゆくは絶句し、エルフのわたなべを見ると、彼女もその言葉を否定せず、小さくうなずいた。


「どうして……そんなことが……」

「それが魔王を生み出してしまったサン・アルフに課せられた数多あまたの罰の一つです。私達は自分で自分の本当の顔と姿を見ることができない。ふうも、私のサン・アルフの素顔を一度も見たことがないのです」

「そ、そんなことって……」

「あ、で、でも、そこまでシリアスに捉えないで。逆に言えばもう生まれてこのかたお互いこの顔で生きてきたわけだから、第一世代に比べるともう完全に割り切っているというか、この顔のお母さん以外はお母さんと認識できないレベルというか!」


 ここで言う『この顔』とは、今ゆくが見ているエルフのわたなべの顔ではなく、ゆくが恋した『わたなべふう』の顔のことだろう。

 異世界ナチェ・リヴィラのサン・アルフでありながら、わたなべりようわたなべふうという名で日本人として生きてきた時間の方が長いのだから、アイデンティティももはやその名と姿に依拠してしまっていてもおかしくはない。


「だから、別に日本人の姿が嫌だとかそういうことじゃないの! ただ……ただ、ね。いずちゃんと……おおくんには見えてるなら……二人に私はどう見えているのか見たい、とは、思うかな。自分の、本当の顔」

わたなべさん……」


 あまりの事実に、ゆくはなかなか状況が整理できないでいた。


「その、魔法が切れるのを待つわけにはいかないんですか? 前にわたなべさん、その魔法を維持するのに沢山食べなきゃいけないって……」