エルフの渡辺

終章 渡辺風花は、始めたい ③

 ゆく自身も初めて見る今回の現像の中に、いずが耕した花壇の土から出てきた枝や小石を取り除いているわたなべふうの写真があった。


「もう少し光量があったらいい写真だったんだけどな」

「これが? ……なんだかいずちゃんがメインみたいだけど」

「そんなことないよ。土を中心に二人の活動の対比がよく出てるいい構図だと思う」

「そういうものなんだ……あ」


 しばらく同じ日の二人の園芸部活動の光景が続いた後、突然薄暗い獣道の写真が現れた。

 確認するまでもなく、迷いの道の魔法を破った写真だ。


「こうして見ると、写真のそのものは特別何があるわけでもないんだね」

「それがそうなんだよ。その道の写真撮ったとき、道全体が光って見えたんだけどね」


 そしてエルフのわたなべの手が、次の一枚をめくる。


「…………そっかぁ」


 エルフのわたなべは、あんしたようないきをこぼした。

 湧き上がる大樹の優しい魔力にライティングされて、そこには一組のエルフの親子が映っていた。

 ぎこちない笑顔と、寄り添いきらない体。レンズには向いているのになぜか微妙にそろわない視線。

 だが間違いなく親子だと分かる、金色の髪の、耳の長い、サン・アルフの母と娘が。


「そっか。そっかぁ……」


 エルフのわたなべは。

 いや。

 わたなべふうは。

 写真を握りしめてしまわないように、それでも決して手放してはならないという気持ちを写真に触れる指に込めた。


「これが、おおくんに見えてる私なんだね」


 そしてほほみながら、涙を一筋流した。


「うん」

「……全然私って感じがしない。変なの」

「俺にとっては……どっちも、わたなべさんだよ」


 ふうの手元で、次の一枚がめくられる。

 そこに写っているのはほとんど同じポーズの日本人の姿のわたなべふうわたなべりよう

 残るカットでふうりようを取った写真は全て日本人の姿であり、エルフの姿が写っているのは、最初の一枚だけだった。


「でも、おおくんが好きになってくれたのは、こっちの私なんだよね」

「どうなんだろうな。今は、実はちょっとよく分からない」

「え?」

わたなべさんに告白したとき俺は、タレントやアイドルに恋してるのと変わらなかったんだと思う。わたなべさんの本当の姿……エルフとかそういうことじゃなく、日常でどんなことを考えたり思ったりしてるのか、全然知らなかったんだからさ」

「アイドルだなんて……さすがにそれは言いすぎだと思うけど」

「俺にとってはって話。で、実際に告白して、エルフのことを知って、ただ単にやみやたらと『わたなべさんともっと親しくなりたい、わたなべさんの特別になりたい』って言う、ヒリついたあせりみたいな『好き』は、今は多分……ない」


 聞きようによっては完全に恋心がなくなった、ともとれる言葉だったが、ふうは真剣な表情でゆくの次の言葉を待った。


「今は……もっと、わたなべさんの力になりたい、って思ってる」

おおくん……」

「俺はけんなんかしたことないし、カメラだって人より少し詳しいだけでプロってわけでもない。魔法なんかもっと分からない。でも……もしわたなべさんが俺の撮った写真を気に入ってくれたなら、俺はわたなべさんのそばで、わたなべさんの思い出を、記録していきたい」

「お、おおくん、それって……!?」

「これは、エルフのことを知る前のわたなべさんに向けた好きとはだいぶ違うけど、でももし、わたなべさんやわたなべさんのお母さんが許してくれるなら……父さんがのこしたカメラで、わたなべさんを撮り続けて、いいかな」

「ま、待って、おおくん待って、その、それって……私のそばで私の思い出って、おおくんそれって」


 まるでプロポーズのような言葉に、ふうの全身がみるみる赤く熱くなってゆく。

 ゆくも、ふうのその反応で自分がかなり暴走したことを言っていることに気づき、話の軌道を修正にかかる。


「あ、いや! でもね、べ、別にこのカメラがあれば俺じゃなくたって写真は撮れるし、父さんのカメラは他にもまだまだあるから、その、サン・アルフの宿命的な理由がアレするなら、このカメラはわたなべさんやサン・アルフの人達にあげてもいいんだけどね!」


 実際にわたなべ母娘おやこの真の姿を写し出したのはカメラの力であってゆくの力ではない。

 いずの言ではないが、シャッターさえ切れれば写真なんぞ誰にでも撮れるのだ。

 だがゆくの照れ隠しの言葉を聞いたふうは、首を激しく横に振り、言った。


おおくんがいいです!」

「えっ」

おおくんじゃないと……いや、です」


 顔を伏せたまま、言う。


「だって私の本当の姿が見えているカメラマンは……この世におおくんだけなんだから」


 ふうは赤面し、涙目になった顔を必死に上げて、ゆくの手を取った。


「だから、おおくん。私からもお願いします。そのカメラで私のこと、撮って下さい。それでもしよかったら……また……いつか………………」


 恥ずかしさで、顔がまた下がりそうになる。

 それでも、ふうは耐えた。大事なことだから。大切なことだから。


「またいつか…………おおくんに、す……好きに、なってもらえるように…………今日から……ゆっくり、少しずつ、お互いを知り合っていきたいって、思うの」


 それは、ふうゆくの告白に対してした、最初の答えだった。


おおくん。こんな、自分の顔もきちんと知らないエルフだけど……私のことを、また、知っていってもらえますか」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 その答え以外、あろうはずもなかった。

 ふうゆくも、お互いがお互いの何かになる、という言葉を避けた。

 それはまだ、二人にとって早すぎ、また口に出すことのはばかられるものだった。

 ゆくふうの抱えるサン・アルフの宿命の本当の重さを知らない。

 ふうゆくの過去を何も知らない。

 ただ、言葉に出さずとも、一つだけ確かなことがあった。



「姿隠しの魔法そのものを破る方法は今のところ存在しないわ。でも、どうしてたまにサン・アルフの本当の姿を見ることのできる人が現れるのかは分かってる」


 ゆくを日本に送り返した後、母とゆっくり話をしたふうは、ゆくいずにだけふうの本当の姿が見えるのか、その理由を尋ねた。

 すると母は事も無げにその秘密を明かしてみせた。


「条件を整えるのはとても難しいことよ。でも、誰の身にも起こり得ることで、その相手にだけ、姿隠しの魔法は本当の姿を見せてしまうの」

「もったいぶらないで教えてよ。どういうことなの?」

「地球でもナチェ・リヴィラでもそんな話はいくらでもあるでしょ。違う生き物に変えられた王子様がお姫様の無償の愛で本当の姿を取り戻す、みたいなね」

「へ?」

「あの短いやりとりじゃそこまで人となりは分からなかったけど、ふうあなた、本当にあのおお君のこと好きなのね」

「……へ? へぇっ? えええええええええ!?」