行人自身も初めて見る今回の現像の中に、泉美が耕した花壇の土から出てきた枝や小石を取り除いている渡辺風花の写真があった。
「もう少し光量があったらいい写真だったんだけどな」
「これが? ……なんだか泉美ちゃんがメインみたいだけど」
「そんなことないよ。土を中心に二人の活動の対比がよく出てるいい構図だと思う」
「そういうものなんだ……あ」
しばらく同じ日の二人の園芸部活動の光景が続いた後、突然薄暗い獣道の写真が現れた。
確認するまでもなく、迷いの道の魔法を破った写真だ。
「こうして見ると、写真の画そのものは特別何があるわけでもないんだね」
「それがそうなんだよ。その道の写真撮ったとき、道全体が光って見えたんだけどね」
そしてエルフの渡辺の手が、次の一枚をめくる。
「…………そっかぁ」
エルフの渡辺は、安堵したような溜め息をこぼした。
湧き上がる大樹の優しい魔力にライティングされて、そこには一組のエルフの親子が映っていた。
ぎこちない笑顔と、寄り添いきらない体。レンズには向いているのになぜか微妙に揃わない視線。
だが間違いなく親子だと分かる、金色の髪の、耳の長い、サン・アルフの母と娘が。
「そっか。そっかぁ……」
エルフの渡辺は。
いや。
渡辺風花は。
写真を握りしめてしまわないように、それでも決して手放してはならないという気持ちを写真に触れる指に込めた。
「これが、大木くんに見えてる私なんだね」
そして微笑みながら、涙を一筋流した。
「うん」
「……全然私って感じがしない。変なの」
「俺にとっては……どっちも、渡辺さんだよ」
風花の手元で、次の一枚がめくられる。
そこに写っているのはほとんど同じポーズの日本人の姿の渡辺風花と渡辺涼香。
残るカットで風花と涼香を取った写真は全て日本人の姿であり、エルフの姿が写っているのは、最初の一枚だけだった。
「でも、大木くんが好きになってくれたのは、こっちの私なんだよね」
「どうなんだろうな。今は、実はちょっとよく分からない」
「え?」
「渡辺さんに告白したとき俺は、タレントやアイドルに恋してるのと変わらなかったんだと思う。渡辺さんの本当の姿……エルフとかそういうことじゃなく、日常でどんなことを考えたり思ったりしてるのか、全然知らなかったんだからさ」
「アイドルだなんて……さすがにそれは言いすぎだと思うけど」
「俺にとってはって話。で、実際に告白して、エルフのことを知って、ただ単に無暗やたらと『渡辺さんともっと親しくなりたい、渡辺さんの特別になりたい』って言う、ヒリついた焦りみたいな『好き』は、今は多分……ない」
聞きようによっては完全に恋心がなくなった、ともとれる言葉だったが、風花は真剣な表情で行人の次の言葉を待った。
「今は……もっと、渡辺さんの力になりたい、って思ってる」
「大木くん……」
「俺は喧嘩なんかしたことないし、カメラだって人より少し詳しいだけでプロってわけでもない。魔法なんかもっと分からない。でも……もし渡辺さんが俺の撮った写真を気に入ってくれたなら、俺は渡辺さんのそばで、渡辺さんの思い出を、記録していきたい」
「お、大木くん、それって……!?」
「これは、エルフのことを知る前の渡辺さんに向けた好きとはだいぶ違うけど、でももし、渡辺さんや渡辺さんのお母さんが許してくれるなら……父さんが遺したカメラで、渡辺さんを撮り続けて、いいかな」
「ま、待って、大木くん待って、その、それって……私のそばで私の思い出って、大木くんそれって」
まるでプロポーズのような言葉に、風花の全身がみるみる赤く熱くなってゆく。
行人も、風花のその反応で自分がかなり暴走したことを言っていることに気づき、話の軌道を修正にかかる。
「あ、いや! でもね、べ、別にこのカメラがあれば俺じゃなくたって写真は撮れるし、父さんのカメラは他にもまだまだあるから、その、サン・アルフの宿命的な理由がアレするなら、このカメラは渡辺さんやサン・アルフの人達にあげてもいいんだけどね!」
実際に渡辺母娘の真の姿を写し出したのはカメラの力であって行人の力ではない。
泉美の言ではないが、シャッターさえ切れれば写真なんぞ誰にでも撮れるのだ。
だが行人の照れ隠しの言葉を聞いた風花は、首を激しく横に振り、言った。
「大木くんがいいです!」
「えっ」
「大木くんじゃないと……いや、です」
顔を伏せたまま、言う。
「だって私の本当の姿が見えているカメラマンは……この世に大木くんだけなんだから」
風花は赤面し、涙目になった顔を必死に上げて、行人の手を取った。
「だから、大木くん。私からもお願いします。そのカメラで私のこと、撮って下さい。それでもしよかったら……また……いつか………………」
恥ずかしさで、顔がまた下がりそうになる。
それでも、風花は耐えた。大事なことだから。大切なことだから。
「またいつか…………大木くんに、す……好きに、なってもらえるように…………今日から……ゆっくり、少しずつ、お互いを知り合っていきたいって、思うの」
それは、風花が行人の告白に対してした、最初の答えだった。
「大木くん。こんな、自分の顔もきちんと知らないエルフだけど……私のことを、また、知っていってもらえますか」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
その答え以外、あろうはずもなかった。
風花も行人も、お互いがお互いの何かになる、という言葉を避けた。
それはまだ、二人にとって早すぎ、また口に出すことの憚られるものだった。
行人は風花の抱えるサン・アルフの宿命の本当の重さを知らない。
風花は行人の過去を何も知らない。
ただ、言葉に出さずとも、一つだけ確かなことがあった。
「姿隠しの魔法そのものを破る方法は今のところ存在しないわ。でも、どうしてたまにサン・アルフの本当の姿を見ることのできる人が現れるのかは分かってる」
行人を日本に送り返した後、母とゆっくり話をした風花は、何故行人と泉美にだけ風花の本当の姿が見えるのか、その理由を尋ねた。
すると母は事も無げにその秘密を明かしてみせた。
「条件を整えるのはとても難しいことよ。でも、誰の身にも起こり得ることで、その相手にだけ、姿隠しの魔法は本当の姿を見せてしまうの」
「もったいぶらないで教えてよ。どういうことなの?」
「地球でもナチェ・リヴィラでもそんな話はいくらでもあるでしょ。違う生き物に変えられた王子様がお姫様の無償の愛で本当の姿を取り戻す、みたいなね」
「へ?」
「あの短いやりとりじゃそこまで人となりは分からなかったけど、風花あなた、本当にあの大木君のこと好きなのね」
「……へ? へぇっ? えええええええええ!?」