エルフの渡辺2

第一章 渡辺風花は誰もが認めるほどかわいい ⑤

「ベネズエラって、地球で一番治安が悪いっていう? さすがに一緒にはしないんじゃない?」

「そうは言うけど、じゃあ風花あなた、ベネズエラの場所、世界地図でぱっと指させる? ベネズエラの首都、言える? ベネズエラの東隣の国の名前、言える?」

「何でお母さんはそんなにベネズエラを推してくるの。そりゃ、どれも分からないけど」

「連合政府の人間なんて地球なんか全部いっしょくたに『異世界』でくくってるようなのばっかりよ。地球って治安悪い場所多いんでしょ、こわーい、くらいのこと言う官僚と何人も会ったことあるわ。ふん!」

「そ、そぉ……」

「まぁだからって完全武装で乗り込んでくることはないけど、でも、どんな風にあなたや大木君に監査が及ぶか誰も予想ができないの。もちろんこっちに教えてくれることはないから……だからね、風花!」


 憔悴しつつもギラギラとした目で立ち上がり、テーブルの正面から身を乗り出して風花の肩をがっしり摑む。


「魔王討伐……ちゃんとやってるんでしょうね!?」

「う」


 風花は呻いた。何とか目を逸らさずに済んだのは、


「分かってるわね!? 壁に耳あり障子に目ありと思って頑張りなさい……! いいわね!」

「わ、分かったよ……分かったけど」


 そのまま自分が魔王になってしまいかねない眼力で睨まれた風花は、首肯するしかなくなった。

 だが、監査隊のエルフへのスタンスや捜査能力は、エルフに生まれた者なら桃太郎よりも耳に馴染まされている。

 自室に戻った風花は畳にへたり込むと、頭を抱えてしまった。


「大木くんに、どう説明したらいいの……」


 そして、イーレフ近郊の草原に繫がる押し入れを見て、


「とりあえず閉めとこ」


 衾の反対側にフローリングワイパーをつっかえ棒としてはめ込み、魔法で異世界と繫がっている扉に頼りない鍵をかけたのだった。


 


「と、いうことがありまして……」


 風花の選択は翌日どころか夕食の時間すら待たず、行人にビデオ通話で洗いざらい話し、今後迷惑がかかる可能性が極めて高いことを告げて土下座することだった。


「な、なるほど監査……なんか、大変そうだね。あのさ、とりあえず顔上げてくれない?」


 行人はと言えば、風花から突然前触れもなく通話の着信があったので2コール分慌てふためいてからとりあえず意味もなく勉強机について喉を鳴らし、自分の私服の胸元がだらしなく伸びたりしていないか確認した後通話キーをタップしたのだが、スマホの画面いっぱいに風花の頭頂部が映っていたのだから驚かんことか。

 ようやく顔を上げた風花の顔は憔悴しきっており、逆に行人が気の毒になってしまう。


「それで、俺はどうしたらいい感じ? 例えば誰かにナチェ・リヴィラやカメラについて聞かれたとき、素直に応じちゃった方がいいとか」

「それは大丈夫。監査隊もさすがに私を通り越していきなり大木くんや泉美ちゃんに行ったりはしないと思うの。大木くんや泉美ちゃんの顔が分かるようなデータはお母さんのスマホ含めて向こうには存在しないし、地球の人類に迷惑をかけないってルールにも反するから、まず何かされるとすれば私だから、そこは安心して」

「まず何かされるとすれば私って言われて安心できるわけないでしょ」


 不穏極まりない風花の物言いに、さすがの行人も色めき立つ。


「本当に何が起こるか分からないの? 古い記録にもない感じ?」

「本当に分からないの。私みたいな派遣常駐型エルフにどんな監査がつくのか、イーレフでは本当に長い間なかったことらしくて」

「派遣常駐型」


 エルフの就業分類にそんな人材派遣会社のような物言いがあるとは思わなかった。


「ただ遅かれ早かれ必ず私に直接接触してくる人がいると思うの。だからもしかしたら突然私の周りに知らない人の影がチラつくかもしれないけど、心配しないでね。泉美ちゃんにも同じこと伝えるから」

「そんなこと言われて心配しない人間いると思う!?」

「あと、事の直接の原因が私達の写真と大木くんのあのカメラだから、しばらくあのカメラは学校に持って来ない方がいいかもしれない。これは最悪のケースだけど、大木くんに直接害を及ぼすことはないとしても、もしあのカメラが魔王由来の物だって判断されちゃったら、危機を未然に防止する名目で没収って判断をしても不思議じゃないから」

「それは流石に無法がすぎない?」

「『魔王討伐』は、ナチェ・リヴィラの絶対正義だから」


 そう言うと、風花は寂しそうに笑った。


「それに大丈夫。最近ちょっとサボりがちだったけど、私もこれを機にきちんと『魔王討伐』に取り組めば、ペナルティもないと思うから」

「魔王討伐……それって、渡辺さんまさか学校をやめたりとか……!」

「ううん! そういうんじゃないよ! 学校にはちゃんと行くよ! ただ、もしかしたら写真部に協力できる日が減ったり、大木くんや泉美ちゃんには話せない予定ができたりとかは増えちゃう……かもしれない。そんなことには、なりたくないけど」

「渡辺さん……」

「ただともかく、もし私が大木くんや泉美ちゃんの知らない人と話してたりしても、もしかしたらそれが日本人に変身した監査隊だったりする可能性もあるから、あまり気にしないでもらえると助かります」

「俺も渡辺さんの交友関係全部知ってるわけじゃないし、知らない人だからって誰かと話してるところに割り込んだりするつもりはないけど」

「うん」

「それでも……その、何ができるわけでもないけど、どんな小さなことでももし力になれることがあったら……言ってね?」

「うん。ありがとう、大木くん」


 風花は穏やかな笑顔を浮かべてそう言った。

 そのことが、今の自分の一言がまったく風花の現状の力になれていないことを証明もしていた。

 魔王討伐。

 この通話の間に何度か飛び出た言葉だが、魔王なる存在に対して世界全体が一丸となって対策を立てているナチェ・リヴィラのサン・アルフである風花が『魔王討伐』に取り組もうとしたとき、運動部員ですらない男子高校生の行人ができることなど、考えるまでもなく何もないのだろう。


「あまり大木くんの負担にならないようにはしたいけど、本当に困ったら、頼らせてもらうかもしれません。それじゃあ……いきなりごめんね」

「うん。また明日……明日、会えるんだよね?」

「大丈夫だよ。ちゃんと学校行くから。不安にさせてごめんね。それじゃあまた明日」


 風花は左手を振ると、笑顔で通話を終了した。


「参ったな」


 行人はスマホをポケットに戻すと、勉強机に突っ伏した。

 風花からの通話ということで、緊張もしたし体力も使った。

 そしてその内容がまた衝撃的だったのは間違いないのだが、何より行人が衝撃だったのは。


「こんな長い時間、久しぶりに見た気がする」


 ビデオ通話に映った風花の姿が、日本人の渡辺風花だったことだった。

 デジタルアナログを問わず、機械を通した姿は彼女の姿は姿隠しの魔法が適用されるため、日本人の姿で記録される。

 行人が日頃使うカメラはフィルムカメラなので、ファインダーを覗くと見えるのはエルフの姿で、現像される写真は日本人の姿。

 泉美が写真部に入ってからも幾度か風花をモデルに撮影しているため、日本人の姿そのものというより、かつて恋した姿がかつて恋したそのままの姿で動いて喋っている姿に、激しく動揺してしまったのだ。

 渡辺風花のことを、外見だけで好きになったわけではない。

 だが、好きになった結果、外見も好きになったのも揺るぎない事実だ。

 風花との直接的な心の距離自体は、行人の自惚れではなくエルフの真実を知った後の方が接近できていると思う。