エルフの渡辺2
第一章 渡辺風花は誰もが認めるほどかわいい ⑦
「で、学校の誰かがそれを発見して人に見せて、こんな可愛い子が学校にいたっけ? あれ、この写真どっかで見たことあるような、そうだ、写真部が受賞したのこんなじゃなかった? って色んな奴がお前の写真と渡辺さんを特定して、写真いいじゃん渡辺さん可愛いじゃん、って改めて話題になって、今に至るってわけだ」
「何か……何か、何がどうとは言えないけど、嫌な広がり方だなそれ」
行人も現代っ子だから、どこの誰かも分からない同年代の女子の画像がSNSなどで上品とは言い難い煽り文句とともに拡散されているのを見たことはある。
『エルフの渡辺』が直面しているナチェ・リヴィラのトラブルも、行人が撮影した写真に端を発し、様々な原因を経て先方で炎上してしまったものと言えなくもない。
こちらの事情は、集まって来る人間の様子や風花本人の反応から、匿名掲示板発の情報とはいえ評価としては風花の容姿を褒めるものであり、現時点では風花に害を及ぼすような状況にはなっていないが、言い知れぬ不安が拭えないのは変わらない。
「まーなぁ。一歩間違えれば炎上とかそういうのと隣り合わせだし、少なくとも学校の中の誰かがその掲示板を見る機会があって、しかもそいつはいちいち周囲に広める奴ってことだからな」
「それだけじゃない。こんな手の込んだ方法で画像を切り取って掲示板に貼った奴が別にいるかも知れない。もしかしたら二人、ネットのこういうことに不用意な行動する奴が学内いるってことだ。そう考えるとすげぇ嫌だしそれに……」
「それに?」
「………………いや、なんでもない」
行人は口から滑り出そうになる言葉を必死で吞み込んだ。
今の哲也が疑問も引っかかりも覚えていないのなら、これは行人から提示してはいけない疑問だ。
何故、風花の写真が『練馬区』の掲示板に投稿されたのか。
この写真について名前が出ているのは行人だけだし、風花や行人の情報が不特定多数に漏れるとしたら、写真に写るジャージから特定するか、行人が校内で表彰された事実が具体性を伴って漏れる以外にはない。
つまり、不特定多数の何者かや行人や風花の交友関係の外にいる生徒がネットの海で風花の写真を見つけ特定作業を始めた場合、普通なら学校の所在地である『板橋区』の掲示板に投稿するはずなのだ。
だが、写真は『練馬区』の掲示板に投稿された。
そして風花の自宅は、板橋区ではなく練馬区にあるのである。
行人の予想が正しければ風花の自宅住所はたとえ番地まで分かったとしても普通の人間がたどり着ける場所ではないのだが、これを偶然だと放置してよいのだろうか。
「まー理由は分かった。ありがとう」
「おー」
行人は哲也にスマホを返してから黒板の方に向き直り、
「もー……魔王討伐のことだけでもお腹いっぱいだってのに……」
頭を抱えて口の中だけで呟く。
丁度そのタイミングでチャイムが鳴り次の授業が始まったため、教室内の喧噪も行人と哲也の会話も終わる。
だが、哲也は不思議そうに行人の背中を見て、行人の呟きと同程度のボリュームで、ぽつりと呟いた。
「何でお前が魔王討伐のこと知ってんだ……?」
◇
「あ、おい行人……!」
「悪い、なんかあったら部活の後で!」
「あ、ちょっと! ……行っちまった」
六時間目の授業が終わると同時に、行人は哲也の呼びかけを振り切り教室を飛び出した。
言わずもがな、園芸部で風花に合流して体調や状況を確認するためだ。
いつものカメラは風花の言いつけ通り置いてきているが、その代わり今日は、写真部に歴代の先輩が残して行った、古いデジタル一眼レフのスタンダードモデルを携帯している。
風花からは園芸部に来いとも来るなとも言われていないが、泉美に写真をレクチャーするために行くのならば、普段通りの大義名分として通るはずだ。
そんなことを考えていると、園芸部の花壇に最も近い昇降口で、相も変わらず仏頂面の泉美と鉢合わせた。
「あ、センパイ。あれ一体どういうこと」
開口一番これだが、詳しく説明されずとも、泉美の言うあれが何のことかは明白だ。
「小滝さんはどこまで知ってるの? 匿名掲示板のこととかは?」
「地域限定の匿名掲示板に無断転載されたってやつでしょ! 多分センパイが知ってることは大体知ってる! もう! 一体どこのバカがあんなこと! あの写真をあんなことに使うなんて」
泉美は常に行人に敵意を向け続けているだけに、この反応は少々意外だった。
「何なの、その顔」
「いや、なんというか、小滝さんだったらもうそもそも渡辺さんをモデルに写真を撮ったことや俺にキレてるかなーと思ってたから」
「はあ? あの写真に罪はないでしょ。そりゃセンパイが風花ちゃんを舐めまわすように写真を撮った事実は気に入らないけど、写真そのものは風花ちゃんも気に入る良い出来だったじゃない。センパイが気に入らないからって、写真の良さまで認められないほど馬鹿じゃないわよ」
「へ?」
「だから何なのその顔!」
「いやその、小滝さんが、あの写真をそこまで素直に評価してくれてたのが、ちょっと意外で、不覚にも嬉しくなってしまったというか……」
「はぁ? …………あ!」
「あ?」
「う、いや、その、つまりそれは」
これまたらしくもなく、制服のスカートの裾をパタパタと両手で叩いてから、悔しそうに顔を微かに紅潮させ、最後にキッと上目遣いに行人を睨んだ。
「センパイが風花ちゃんを撮ることを受け入れたわけじゃないから調子に乗らないでよ! 出来た写真は……その、いいものはいいって思うことにしてるの! 分かった!?」
音が出そうなほど歯を食いしばりながら、何とかして行人の行動を肯定してしまった事実を取り消したいという気配に満ち溢れていた。
「分かった分かった。小滝さんにそう言ってもらえると励みになるよ。でも今日はまず渡辺さんの様子を見に行こう」
「ちょっと! だからそういうんじゃないから!」
油断していると後ろからまた蹴られそうなので、少し早足になりながら園芸部の花壇に向かった行人は、
「!?」
目の前にある光景に、思わず息も足も止まってしまい、
「わっ!」
折角蹴りから逃げたくて距離を話していた泉美に追いつかれ、背に体当たりを喰らってしまった。
「ちょっとセンパイ! 何いきなり固まっ…………は?」
だが文句を言い始めた泉美も、行人の視線を辿って向けた前方にあるものに息を吞み、同じように固まってしまった。
「何、アレ」
園芸部の花壇は昭和の時代の元バラ園で、先日色々な花や野菜の種を植えたばかりなので、美しい草花があるわけではない。
だが行人と泉美はそこに、確かに幻のバラを見た。
男女を問わず、美しい人間が立っているとそこには『華』が生まれる。
花壇の横で渡辺風花が、行人も泉美も面識のない三年生男子と笑顔で談笑しているのだ。
しかもただの男子ではない。
男の行人から見ても、間違いなく男としての格が違うと一目で理解させられたのだ。
身長は行人より頭一つ高く、脚も長く眉目秀麗。
それでいて制服のワイシャツの上からでも分かる、肩と腕のスマートながら密度の高そうな筋肉の盛り上がり。
人のオスとして完璧な肢体を持つ男が、行人と泉美の目には絶世の美女であるエルフと並んで笑顔でお喋りしていると、もうそれは漫画の表紙か映画のプロモーションポスターだ。
あまりにも画になっている。なりすぎている。
もちろん、風花が見知らぬイケメンと喋っているからといって、即座に二人が親密な仲だと考えるのは早計に過ぎる。