エルフの渡辺2

第一章 渡辺風花は誰もが認めるほどかわいい ⑧

 それでも、昨夜に風花とビデオ通話をしたときに行人の心に芽生え巣食った愚かな悪魔が、急に力を得たように行人の脳裏に悪意と疑惑の種を植え付けんと囁きかけるのだ。

 もしあの男の隣に立った自分が、比較して劣勢と判断されたらどうしよう、と。

 エルフの渡辺風花と、日本人の渡辺風花を無意識に比べてしまった自分を風花にミラーリングするという愚。

 愚と分かっていてもなお、生き物の本能として、既に行人は見知らぬ三年生に敗北してしまったことを何もしないうちから思い知らされていたのだ。

 しかもその後、風花がこちらに気づいた途端、焦ったような顔で叫んだのだ。


「あ! ち、違うの! これはその、そういうことじゃなくて!」


 完全に浮気が露見した人間の発する言葉である。

 行人は危うく膝から崩れ落ちそうになるが、


「フンっ!」


 突然背後から泉美が行人の膝裏に膝を入れてきて、行人は崩れ落ちるよりも前に膝カックンされて尻もちをつきかけた。


「ちょ、ちょっと小滝さん!?」

「フン! だらしないの! こんにちは〜。渡辺先輩、お疲れさまで〜す」


 泉美は見知らぬ男子を前に一瞬で猫を被り、朗らかな調子で挨拶する。

 だが風花はその泉美の顔を見て、どこか慄いたような顔で言い訳するように言った。


「ま、待って泉美ちゃん! だから違うの! また何か変な勘違いしてるでしょ!」

「えぇ? どういうことですかぁ先輩。私まだ何も言ってないですけど?」

「天海先輩とはさっき初めて話したし、私に会いに来たわけでもないの」

「天海先輩……天海、あれ? 天海先輩ってもしかして……」

「あ、オレのこと知ってるの?」


 ここで初めて、天海先輩と呼ばれた男が口を開いた。

 意外にも中性的な声の響きだったが、それでも艶めいたハスキーさが全体のスマートさをより強く補強する声だ。


「確か……男子バレー部の部長ですよね。去年、春高バレー予選でチームを牽引して、部を一気に全国区に押し上げたっていう……」

「そんな、いや参ったな。一年生の間でそんな話になってるの? あれはマジで皆の努力が幸運な偶然とかみ合っただけで、オレ一人の力なんかじゃないのに」


 謙遜が本気であり事実であると、疑いようもなく分かる。分かるのがあまりにも悔しい。


「でも一応、渡辺さんに会いに来たといえば会いに来たんだよ。オレがしたいことのためには、渡辺さんに接触するのが一番の早道だと思ってさ」

「はあ……それであの、風花ちゃんとは一体何を?」

「話をしてたんだよ。この写真の」

「あっ!」


 天海が泉美に差し出したスマホには、今日一日行人と泉美を悩ませ続けた、風花の流出写真が表示されていた。

 険しくなる泉美の表情を敏感に察したか、天海は慌てて手を振った。


「いやいや、勘違いしないで。オレはこの写真を撮った人に会いたくて、渡辺さんに紹介してもらおうと思ってたんだ」

「へ?」


 泉美は思わず行人を振り返り、突然話題の俎上に載せられた行人も目を瞬かせる。


「あ、彼がそうなんだね」


 泉美の視線で、天海は行人が尋ね人だと察したようだ。


「今、この写真が撮影された経緯を渡辺さんに教えてもらってたんだ。渡辺さんは本当にこの写真の結果が嬉しくて、モデルになったことが誇らしかったらしいね」

「ちょ、ちょっと天海先輩! それは言わないでって……!」


 突然秘密をばらされて、風花は顔を赤らめて行人の視線から逃れるかのように顔を背けてしまう。


「ということだから安心して。オレは別に渡辺さんをナンパしにきたわけじゃない」

「だ、誰もそんなことは……」


 気まずそうに言う泉美だが、はっきりそう思っていたので歯切れが悪くなる。


「むしろ、彼を誘いに来たんだ。立てるかい」


 今の今までずっと膝カックンで地面に落ちていた行人は、差し出された天海の手をほとんど反射で摑んで引き上げてもらった。

 その力強さにまた屈服しそうになるが、今度こそ訳が分からなくなる。

 大勢の生徒達と違い、あの写真を見て風花ではなく撮影者の行人を訪ねてくるとは、どういうことなのか。


「改めて自己紹介させてほしい。オレは三年A組の天海璃緒。男子バレー部の部長だ。今日は写真部の大木部長に、男子バレー部から正式に活動を依頼したくて来たんだ」

「は、はあどうも。二年の大木です。あの、正式な活動依頼って、もしかして部活動の写真撮影ですか?」

「まぁ基本はそういうことだね」

「それは歴代の先輩達もやってきたことですからもちろん引き受けますけど、男子バレー部ならどうして哲也……小宮山哲也を介してじゃなかったんですか?」

「大木部長はコミテツと同じクラスだったのか。それは知らなかったし、知ってたとしてもこの依頼は、実際に撮影が始まる瞬間まで部員に秘密にしたかったんだ。サプライズ形式にした方が、部員のテンションも上がるからさ」

「はあ……」


 大仰な物言いと仕草で何となく天海が大きなことを考えていることは分かるが、いまいち話が見えてこない。

 だが戸惑う行人に天海は少し近づくように屈みこむと、にやりと笑って告げた。


「魔王討伐のために、力を貸してほしい」