エルフの渡辺2

第二章 渡辺風花は運動部のノリに慣れていない ②

「でもそのおかげで私は大木くんに会えて写真も撮ってもらえるようになったんだから……大木くんにとっては色々複雑かもしれないけど、私は大木くんが写真部に入ってくれてよかったなって思うな」


 そんな行人の心中を知ってか知らずか、風花は行人の傍らにぺたんと腰を下ろすと事も無げにそう言ってくれた。

 スクールバッグから、今日使う予定のカメラを取り出しながら、行人はつい照れくさくなって風花の顔を見られなくなってしまった。


「……そっか。渡辺さんにそう言ってもらえるなら、良かった、かな」

「うん。そうだと思う」

「小滝さん。あの二人、付き合ってるのかい?」

「そんなんじゃありませんから。ホントマジで」


 微笑ましげに行人と風花を見る璃緒とは対照的に、泉美はその場で雪女に変身しかねないほどの絶対零度の空気を放射し始めた。


「あ、それでええと、何の話でしたっけ?」

「写真を撮ることがどうして部の役に立つかってことと、うちのバレー部ではどうして一年生が先にコート練習をするか、って話だったね」


 泉美の雰囲気で写真部を取り巻く空気を察したか、璃緒は迅速に話題を元に戻した。


「例えばなんだけどね。野球部の球拾いって、あれ何のためにすると思う?」

「雑用。あと上下関係を叩きこむためじゃないんですか?」


 身も蓋もない泉美の意見だが、行人もある程度同意できてしまう。


「そういった管理が必要な学校や部があることは否定しない。でも本来的にあの球拾いは足腰を鍛えて、守備の基本中の基本であるゴロの処理を学ぶためだと言われてるんだ。なのに野球をやりたくて入部してくる、一ヶ月まで小学生だった子どもに『雑用をやらされてる』と思わせてしまったら、その部の発展性は閉ざされる……」


 璃緒はたっぷりと間を取ってから、続けた。


「と、今のオレと五島先生は考えてる。今日から撮ってもらう写真は、現状レギュラーではない一、二年生に、自分も部に必要とされていると自覚してもらうためのものなんだ。一度入部したからには、さっきの大木君のような思いをしてほしくないからね」

「さっきの俺?」

「高校の運動部にはついていけないと思った、っていう話さ。実際そういう人は多いけど、逆に言うとそれでも入ってくる人間は中学で三年間頑張ってなお、高校で自分が通じると考えてやってくるんだ。そんな連中をまた単純に『上級生に尽くさなきゃいけないイチネン』扱いしたらさ、やってられないって思われちゃうだろ?」

「ああ……それはちょっと思うかも」

「それでも折角頑張ってるなら、その頑張りを貫き通してレギュラーを摑む努力を諦めないでもらいたい。レギュラー入りできてない二、三年だって同じさ。そのために必要なのは『自分が部の一員として認められている』『自分はかっこよくできている』って客観的、かつ短時間で確認できるツール。それが写真だと、俺と先生は考えた」


 璃緒は熱を込めて説明を続ける。


「動画だと、どうしても粗が一緒に映ってしまうし、確認に時間もかかる。どうせ日々の練習で『自分の出来ていないこと』は嫌でも自覚させられるんだ。だったら自分がかっこよく映ってる写真を見て『俺、そんなに悪くはないのかも』って自己肯定感を高めさせることができる気がするんだ」

「滅茶苦茶プレッシャーかけてくれますね」


 行人は苦笑する。璃緒の言うことは分からないでもないが、その写真を撮るのは今回は行人達なのだ。


「でも、挫折した身としては、その気持ちは分かります。天海先輩は、本当に一年生を大切にしてるんですね」

「ああ。だって今の二年三年が強くても、後に続く一年を育てなければ部の実力はあっという間に落ちてしまうからね。二、三年が一年より強いのは当たり前。部の伝統として、一年の育成にもっとも力をかける文化ができれば、部の実力は維持されていくだろ」

「でも話聞いてると、その文化は今の顧問と天海先輩が作り始めようとしてる感じしますけど、二年と三年からは、一年が使った後になることに不平は出なかったんですか?」


 日頃、行人を全く先輩扱いしないくせに、泉美は意外と部の上下関係が気になるようだ。

 泉美の問いに、璃緒は得意げに頷く。


「一年が先にコート練習をするってことは、逆に言えばコート練習に必要なものの準備は全部一年がやるってことでもある」

「ああ! それなら自然に一年が雑用をやることになるんだ」

「そういうこと。後から上級生が使うからコート準備も手を抜かずにしっかりやるだろう? あと、うちの部では一年と上級生のコート練を交代するときに十五分ずつお互いの練習を眺める『見取り時間』を設けてるんだ」

「見取り時間?」

「曜日ごとに課題を決めて、チームメイトの良いとこ悪いとこを観察する時間だね。そのあと1セットだけ試合をしてから、コート練習交代これが今の男子バレー部の上半期のルーティンなんだ。下半期は三年が引退するし、一年の中でも実力者が頭角を現すからまた話が変わるんだけどね」

「へー、色々考えてるんですねぇ。運動部って、上級生が下級生を奴隷扱いするのがデフォルトだって思ってました」

「君、結構言うね」


 歯に衣着せぬ泉美の物言いに、さすがに璃緒も苦笑せざるを得ない。


「奴隷は大袈裟にしても、上級生が下級生を強権的に制圧することで秩序を保たないとならない部があるのは確かだ。うちのようなやり方がぬるいと感じる人もいる。今はこのやり方がうちにあってる、ってことでしかない。うちの部も何年か前の先輩はそんな感じだったらしいし、何年かあと、もしかしたら上級生が下級生を滅茶苦茶スパルタにしごく部の方が強くなれてるかもしれないけど、過去は過去で今は今、そして未来は未来さ」

「過去は……過去で、今は、今」


 璃緒の言うことに、思わず真剣に聞き入ってしまったのは風花だった。


「未来は、未来……」

「ああ。そしてこれから極めて近い未来のために、写真部の力が必要なんだ。写真部には何日かかけて、部員名簿用の顔写真と、練習中の写真。あとは練習をしていないタイミングでオフショットを撮ってもらいたい」

「はい」「頑張りまーっす。センパイが」「私も手伝えることは手伝います!」


 風花も完全に写真部の一員の体でそう答えたとき、準備室の外が少し賑やかになってきた。


「えーっとそれじゃあ、これから見取り練習のあとワンセットね。今日のオーダーは小宮山君、加藤君、清水先輩と……」


 そんな外のざわめきの中、際立って通る声は女子の声だった。


「帰ってきたみたいだね。それじゃあ行こうか!」


 写真部関係者の誰よりも元気な声で璃緒はそう言うと、まるで勇者が城門を開くかのように、両手で堂々と準備室のドアを開けた。

 重い金属の扉が璃緒の鍛錬の成果を証明するかのように、少々危険なくらいの勢いで開き、その音に体育館の中の全員の目が行人達に集まった。


「よーし全員ちゅうも────く!」


 明らかにイレギュラーな登場の仕方をしたにも関わらず、体育館の中の全員が璃緒を認めた途端にびしっと姿勢を正し、


「「「「部長! おつかれさまでっす!」」」」


 示し合わせたように怒号のような挨拶をするので、風花はその音圧だけで吹き飛ばされそうになった。


「あれ? 行人と渡辺さんと小滝さん?」


 そんな中、真剣に走り込みをしたのだろう、額にしっかり汗を浮かべた哲也が、行人と風花の姿を見つけた。


「天海部長? 何ですか、その人達は」


 怪訝な顔をしているのは、恐らく最初に聞こえた女子の声の主だろう。

 長い髪を前も後ろもしっかりとまとめて眼鏡をかけ、手にはノートとペン。上下ジャージ。

 首にはストップウォッチを下げている。