エルフの渡辺2

第二章 渡辺風花は運動部のノリに慣れていない ③

 確認するまでもなく、男子バレーボール部のマネージャーを務めているのだろう。


「長谷川。今日はこの後、イレギュラーな予定を入れたんだ。五島先生も了解してることだから、よろしく頼むぜ」

「はあ。イレギュラーな予定、ですか」


 大きな眼鏡の向こうで、長谷川と呼ばれた女子はますます訝しそうに行人を見る。


「えっと……あの?」


 中でも特に風花をほとんど睨みつけるように眺めている。


「確か園芸部の渡辺さんよね。B組の」

「え。あ、はい。そうです、けど」

「部長。園芸部の方が一体何の用なんです?」

「長谷川。渡辺さんは写真部の手伝いで来てくれてるんだ」

「は? 写真部?」

「それと三人は俺が連れてきた部のお客さんで、そのことは五島先生も承知している。だとしたら、今の姿勢は少々いただけないな」

「……部の予定を管理する立場なのに何も知らされていないんですから、こんな態度にもなります」


 どうにも長谷川マネージャーにはあまり歓迎されていないようだが、それでも部長の言うことには逆らわないらしく、息を整えてから姿勢を正し、迷いなく行人に向き直った。


「失礼しました。二年F組の長谷川結衣です。男バレのマネージャーをしています。B組の大木君、ですよね。写真部部長の」

「あ、はい。そうです」

「不躾な態度でごめんなさい。ただ、今は部にとって大事な時期なので、何も知らされずに予定が変わるのは部員にとってあまり良いことではないのは分かってちょうだい」

「俺達もまだどこまで何をすればいいのか決まってないから……でも、天海部長は部の未来にとっていいことだって言ってるから、それを信じて協力できればって思うよ」

「それが本当なら私も信じたいところですけど。それで、部長? 写真部に何をしてもらうんですか?」


 マネージャー、長谷川結衣のまだ少し冷たい目をものともせず、璃緒はしっかり部員の注目を集めて発表を始める。


「その前に話しておくことがある。この前の春高バレー都大会の実績を認められて、この度、男子バレーボール部は学校に専用の広報用ホームページを作ってもらえることになった!」

「えっ!」


 これには、仏頂面だった結衣も驚きを露わにする。

 学校の公式ホームページに専用の部活広報ページをもらうということは、それだけ学校からの後援を受けている証でもある。

 単純に箔がつくし、後々の新入部員獲得の助けにもなる。

 更にページの管理を部活で行うことになるため、連絡窓口を設置すれば対外交渉を、学校を通さず部が直接行うこともできるようになる。

 もちろん学校の名前を背負っていることには変わりないので、相応の責任を負うことにはなる。

 だが現状、南板橋高校で部活動専用の広報ホームページを持っているのは、定期的に関東大会で上位入賞している空手道部と十数年前に一度だけ全国大会に出場したブラスバンド部のみのため、男子バレーボール部は単純に学校の歴史に大きな足跡を残したことになるのだ。


「そのホームページに掲載するための写真素材の撮影を、写真部にお願いすることになった。これから何日か、練習に写真部が出入りすることになるから、よろしく頼む!」

「「「はいっ! よろしくおねがいしまっす!」」」


 運動部の敬意と怒号を一身に浴び、行人と風花は思わずその場で曖昧にお辞儀をし、泉美だけはまんざらでもなさそうな様子で頷いた。


「ホームページ作成に先立ち、今日は改めて部員名簿用のバストアップ写真を全員撮っていく! これは公開される写真じゃないが、もし上手い具合に全国出場を果たした場合は大会本部に提出する写真になるから、証明写真を撮るつもりで真剣に写るように!」

「「「はいっ!」」」

「また、ホームページは一般に公開されるので、写真を載せてほしくない奴は名簿用写真を撮った後に俺か写真部の大木部長に申告するように!」

「「「はいっ!」」」


 この配慮に、行人は少し感心した。

 世の中には、写真を撮られるのが苦手な人が相当数いる。

 写真が苦手になる理由は人それぞれだが、行人もカメラマンの端くれとして、写真撮影されることを拒む相手の意思は必ず尊重しなければならないと考えていた。

 むしろ風花のように、頼んだだけでコンテスト用写真のモデルになってくれる人の方が圧倒的に珍しいのだ。


「あ、それなら今のうちに。私は名簿以外では写真に写さないでください。裏方はあくまで裏方でいたいと考えてるので」


 すると早速、マネージャーの結衣が挙手して被写体になることを辞退してきた。


「え? そうなのか?」


 すると璃緒は意外そうに結衣を見た。


「長谷川のマネージメントはうちの部の要だと思ってるから、専用ページを作りたいと思ってたんだけど」

「えっ……そ、そうなんですか。そ、それはでも、うーん」


 璃緒の評価が想定外だったのか、いの一番に写真を辞退した割には目を見開き、顔を赤くして分かりやすく動揺する。


「……へー」


 ここまで、一応部外者で一年生だからか静かだった泉美は、結衣の反応を見て誰にも聞こえない声で頷き口の端を小さく上げた。


「そ、それでもです! 私なんかを掲載するなら、そんなページは日替わり部員紹介ページにでもしてください!」

「そうか? 残念だな。長谷川がどんな風に写れば魅力的か、なんとなく想像してたんだが」

「そ、そういうことを言わないでくださいっ! 私は本当にいいですから!」

「へー」


 またぞろ璃緒から顔を背けた結衣を見て、またにやにやと笑う泉美。


「そ、それより! そういうことなら時間がないんですから、まずはその名簿用写真を撮るんでしょう!」

「あ、いや、ちょっと待ってください」


 そのとき声を上げたのは行人だった。


「そちらがいいならいいんですけど、名簿用の写真を撮るのは練習前の方がよくないですか? みんな結構汗かいてるし、髪とか整えたいんじゃないかなって」

「……」


 行人の問いに、璃緒は顔すら向けずにまっすぐ前を向いている。


「あの、天海先輩? 聞こえてます? あとみんな結構服装がバラバラですけど、大会に提出する可能性があるなら統一した方がいい気も……」

「……あー」

「天海先輩」

「…………確かに!」

「ちょっと!?」


 見ると、顧問の五島も璃緒と同じような顔になっていて、二人が部員を驚かせるためだけに今日のこの事態を企画したのだと行人は確信した。

 結衣が怪訝そうな顔で璃緒と行人を交互に見、哲也達バレー部員もそわそわしはじめたので、行人は少し考えてから、璃緒に話す体で全員に聞こえるように言った。


「……ええと、それじゃこういうのはどうですか。俺も前部長から部を引き継いで間がないですし、正式に他の部の依頼を受けたのは初めてなんです。部員も一人だけでまだ機材の扱いに慣れていないので、こちらは写真を撮る練習。そちらは写真に写る練習をする時間にしていただけませんか?」

「写る練習?」

「はい」


 行人は頷くと、体育館をぐるりと見回し、背景が比較的フラットな状態の壁を指さす。


「一旦、背景はあそこかな。この中で、学生証の写真、後悔してる人いませんか?」


 行人の問いに部員達は戸惑いながら顔を見合わせ、


「俺、めっちゃ後悔してる!」


 哲也が真っ先に手を上げた。


「俺、もうちょっと自分がかっこよく写ってると思ってたのに、めっちゃ三白眼になったんだよ」


 哲也の申告を皮切りに、何人かが口々に同じことを言い出した。


「全国区の部の名簿を作るなら、こちらもきちんとした写真が撮りたいんです。だから時間帯や背景なんかもこだわりたいし、部員のみんなも、あんまり変な写り方はしたくないでしょう?」