エルフの渡辺2

第二章 渡辺風花は運動部のノリに慣れていない ④

「分かる! 俺かっこよく写りたい!」


 哲也は率先して行人の言葉を先に促す反応を示してくれた。


「なので今日はまず、写真部が部員のみんなの顔と名前を一致させて他の写真を撮るための資料を作る日にしたいと思います。どうですか?」

「おお、いいんじゃないかな」

「あと、撮った写真はそのまま生データを渡すんじゃなく、ある程度修整をする必要があると思うんです。その修整の方針も、サンプルデータがあると後々天海先輩や長谷川さんと相談しやすいんじゃないかなって」

「えっ? 私? 何で?」


 突然指名されて、結衣は驚いた顔になる。


「何でって……長谷川さん、マネージャーさんなんでしょ? もちろん最終的には部長や先生の判断を仰ぐことになるけど、五島先生は俺のクラスの教科担当してもらってないし、三年の先輩相手だと時間が合わないこともあるだろうから、同級生の相談窓口があると助かるんだけど」

「えっ? あっ、それは、いや、でも、私、そんな」


 結衣は何故かどんどん顔を赤くして、慌て始める。


「そんな動揺するようなこと?」


 泉美がそう突っ込まざるを得ないくらいには、明らかに結衣の反応は異様だった。


「だ、だってそんな、わ、私……」


 結衣はもはや隠しようもないほど顔を赤らめながら行人と、何故か一瞬だけ風花を見た。


「部活以外の男子と連絡先交換したことなくて……!」

「そんな理由で?」


 泉美はもはや呆れ顔だ。


「あ、あと、だってその、大木君と渡辺さんは、付き合ってるんじゃないの?」

「えっ!?」「いやそれはその……!」「何でその誤解そんな広まってるの!」


 これには行人と風花がそれぞれに顔を赤らめ、泉美が憤慨し、そして、


「行人……後でお話、しような?」


 哲也と複数名の男子バレーボール部員が謎の殺気を放ち始めた。

 まさかとは思うが、全校に二十名いるという『隠れ渡辺ファン』の一部は哲也を含む男子バレーボール部員だったりするのだろうか。


「だって写真部がこの間のコンテストで受賞した写真のこと考えたら、そう考えざるを得ないじゃない! あんなのカメラマンとモデルに強い信頼関係がないと撮れない写真よ!」

「そ、そうかな? 長谷川さんもそう思う?」

「風花ちゃん騙されないで! あれはセンパイのカメラの腕がそこそこ良かっただけで別に二人の間に信頼関係があるわけじゃないから!」

「なるほど? オレが察するに小滝さんはあれかい? 部長の大木君に想いを寄せていて、渡辺さんを恋敵だと思ってるとかそんな感じかな?」

「天海先輩天海先輩天海先輩天海先輩? 三年の先輩でも言っていいことと悪いことあります。流石に許しませんよその誤解は。私がセンパイを? 私は一生風花ちゃん一筋です!」

「そうなのかい? オレの聞き間違いじゃなければ、大木君のカメラの腕はきちんと認めてるみたいじゃないか」

「……行人。テメェ渡辺さんとやたら仲良いだけでも割と許せねぇのに小滝さんまで……大体よくよく考えたら俺知らなかったぞ小滝さんが写真部に入ったとか聞いてねぇぞ?」

「天海部長、ほ、本当に私、大木君と連絡先交換しなきゃいけないんですか? せ、先輩がどうしてもって言うならしますけど……」

「もうどこから突っ込んでいいのか分からないけど……俺と連絡先交換するのそんなに嫌?」

「……大木くん、そんなに長谷川さんと連絡先交換したいの?」

「渡辺さん! 仕事! これは部活同士で請け負った仕事の問題だから!」


 あちこちで謎の火種が次々に出火し収拾がつかなくなってきたところで、


「よーしお前ら、一旦落ち着けー。ステイステイ!」


 ここまで傍観していた顧問の五島が仲裁に入ったが、


「「「「「「先生と部長が割と無計画だからこんなことになってるんです!」」」」」」


 璃緒以外の全員からの総ツッコミを喰らい、


「せ、先生に向かってそんなに怒らなくたっていいじゃないか……」


 運動部の顧問らしくもなく、生徒達の剣幕に真剣に怯えたのだった。

 ◇


「渡辺さん、とりあえずライティングとか検討するためにサンプル写真撮りたいから、そこの壁を背に真っ直ぐ立ってもらえる?」

「うん。こんな感じでいい?」

「ありがとう。それじゃ小滝さん、とりあえずファインダーを覗いて、渡辺さんの鎖骨当たりが中心になるように構えて撮影してみてくれる?」

「鎖骨あたり? 顔じゃなくて?」

「名簿用の写真はバストアップ写真だからね。顔の真正面から撮っちゃうと画面の上半分が空白になって鎖骨から下が映らなくなるんだ。証明写真機とかゲーセンのプリとかでも、カメラの初期位置って顔の正面より少し下にあるはずだよ」

「ああ、なるほど。あれってそういう……了解。こんな感じ、かな?」


 普段とは比べ物にならないほど行人の言うことを素直に受け入れた泉美は、構えたカメラで指示された通りに風花を捉えると、何枚かシャッターを切る。


「センパイ、こんな感じに撮れたけど……なんか風花ちゃん、太った? 顔大きくない?」


 泉美が行人に向かって差し出したのは、ボディに『南板橋高校写真部』とプリントされた硬い素材のシールが貼られているデジタル一眼レフのモニターだった。

 そこには日本人姿の風花のバストアップ写真が自然な立ち姿で映っているが、泉美は出来上がりにやや不満があるようだ。


「ええ? そ、そんなことないはずだよ!? そんなことないよね!」


 撮られた風花は、顔がデカいと言われて目を見開いている。


「うん。別に渡辺さんが太ったわけじゃない。渡辺さんには悪いんだけど、バレー部のみんなに分かりやすくなるように、失敗パターンを撮らせてもらいました…………後で消すから」


 不満そうな風花にそう言ってから、行人は順番に並ぶ三年生達に泉美の写真を見せる。


「証明写真や卒業アルバムなんかで『顎を引け』って言われるのはこれが理由です。レンズの位置が顔より少し下にあるので、顔そのものをわずかに見上げる構図の写真になるんです。そのせいで顎や頰が膨らんだり、鼻の穴が変に大きく見える写真が撮れたりするんです。だからといって……」


 行人は続けながら、今度は自分で顎を意識して強く引いてみせた。


「顎だけを引こうとすると今度は無意識に胸が前に出て、顎と首の間の肉や皮が潰れて、首が太く見えたり顔が長く見えたり、目線が上に向きすぎて三白眼な写真になってしまいます。これは写真を撮るまでもなく、もう俺の顔が変になってること分かりますよね」

「うわ、おもしろ」

「小滝さん、真面目にやってる最中だから」


 行人が示すポーズの悪例を泉美が面白がってカメラに収め、行人はやんわり注意する。


「立った状態でできるだけ変な顔にならないよう顎を引くコツは、まず横隔膜を上げるイメージでお腹を凹ませてください。その後、胸を張るのではなく肩甲骨を下にぐっと下げて、それから少しだけ顎を引いてください。横隔膜を上げることで背筋が伸び、肩甲骨を下げることで首のラインがしっかり出て、顎も首も潰れません。その上でしっかり目だけでカメラのレンズを見てください。渡辺さん、今言った通りにやってみてくれる?」

「え? うん。えっと、こうかな。お腹を凹ませて、肩を下に……」

「あ、それだと肩が後ろに行ってむね……肋骨が前に出ちゃってるんだ」


 肩を下ろせと言われた風花は、無意識に肩と連動した両肘を体の後ろに動かして胸を反らしてしまっていた。


「肘を背中側じゃなく、真下に引っ張ると肩甲骨を下げるイメージが分かりやすいと思う……うん! そう、それ! それで少しだけ顎を引いて……小滝さん、今!」

「う、うんっ!」