エルフの渡辺2
第二章 渡辺風花は運動部のノリに慣れていない ⑤
合図に合わせて泉美がシャッターを切る。
「さっきの一枚と今の一枚を比べると分かりやすいんだけど…………小滝さん途中に挟まってる俺の変顔消してくれる?」
「ちぇ、勿体ない」
泉美は少し名残惜しそうにしながら素直に指示に従い、二枚の風花のバストアップが連続するようにしてからモニターをバレー部員に見せた。
「おー、マジか」
「ええ? こんなに変わるもんなのか?」
一枚目と二枚目では、同じ構図で撮っているにもかかわらず、明らかに二枚目の方が風花の自然なイメージと合致する写真になっていた。
「逆に言うと、これくらいやらないと普段目や鏡で見てる自分の顔のイメージからかけ離れた出来になるんです。渡辺さんも今、結構肩の位置に苦労してましたけど、肩甲骨を下げるって日常生活にない動作なんで、最初はイメージを摑むのが難しいんです」
でも、と行人は続けて、体育館に張られているネットを見る。
「バレーボール選手は肩甲骨を動かすのが上手い人が多いはずです。セット姿勢やスパイクやブロックが上手い人は、大体この肩の使い方ができてる人なので」
これは挫折したとはいえバレーボール経験者ならではの物言いだった。
「とはいえ、今日のところは気楽に写ってください。とりあえず渡辺さんが立っていた壁を背景に試験撮影をします。俺と小滝さんが順に撮っていくので、二列に並んでください。そのとき学年とクラスと名前を渡辺さんに申告してください」
今日の風花の役目は、行人と泉美が撮る写真の番号と部員の名前をノートに控えることだ。
「小滝さん。とりあえずレフ板と白傘を左下から光が顔に当たるような位置に設置してもらって、それで………………あの」
振り向くと、居並ぶ三年生全員が、泉美側の列に並んでいた。
「………………………………………………………………………………んー……………………」
気持ちは分からないでもないが分かりたくない。
一応全員先輩なので何をどう言うべきなのか逡巡していると、
「時間の無駄だから後ろ半分は大木君側の列に並びなさいっ!」
長谷川結衣が一切の忖度なく一喝してくれたおかげで、しぶしぶといった様子ではあるが撮影待ちの列が半分ずつになる。
「あ、ありがとう長谷川さん……」
三年生にも全く物怖じしないその様子に半ば尊敬の念すら抱いた行人だったが、
「あなたも」
結衣は顔を顰めて、行人を睨んでいた。
「え?」
「部長ならば、天海部長の適当さに乗せられず、予めきちんとプランを立てなさい。私はまだ納得してないけど、あなたが毅然としないと進む撮影も進まないんじゃないの?」
「はは、そうだね。これは面目ないな」
「部長が頼りないと、苦労するのは部員なんだからね」
その一言には、かなり重い感情と実感が込められているように聞こえた。
「そ、それと、部長がどこまで考えてこれをやってるのかまだ理解しかねるところはあるけど、部のためにならないことをやる人ではないから、だから、その」
まだ少し顔を赤らめながら、結衣は行人に向かって自分のスマートフォンを見せた。
「部活が終わったら、その、連絡先、交換しよう」
「助かるよ。基本は天海先輩と三人のグループ作ってやりとりすることになると思う」
「分かったわ。それじゃあちゃちゃっと今日の分を終わらせてもらえる? このあとの予定も詰まってるし、先々の予定を変更しなきゃいけないから、その……相談もしたいし」
その瞬間、泉美の側に立っていた風花が持っていたノートをばさりと取り落としたが、行人は気づかなかった。
「えーと、それじゃあさっき話したことを意識してもらって、順番に三枚ずつ撮っていきます。撮り終わったら真ん中にいる渡辺さんにクラスと名前を言ってもらって……」
そこからはスムーズに事が進んだ。
行人自身が予想した通り上級生ほど肩の制御がスムーズで、ほとんどのメンバーは、大会提出用になるかもという条件さえなければそのまま名簿用として十分通用する写真を撮ることができた。
「はい。三年A組のサイトウ先輩……サイトウのサイの字、どれですか? ああ、これですね。はい。この『齊藤』の字はサイトウ姓の中では四番目に多いらしいですよ。ええ、次はヒロタ先輩……ヒロの字は、ああはい、まだれに黄色の廣ですね。サワムラ先輩……サワの字は……」
そして、諸事情で異様に日本人の苗字に詳しい風花は、間違いやすそうな字をきちんとチェックすることを怠らない。
男子バレーボール部にそこまで細かく区別する必要のある苗字の部員が多いとは驚きだが、とにかく順調に撮影は進み、
「よーし次はオレだな! どこからでも来い!」
行人の列に並んでいた部長の璃緒の番になった。
「はい、それじゃそこに立ってもらって……椅子、腰かけてみましょうか」
「ん、オッケー」
撮影対象を見上げる形になってしまう場合は自分が踏み台に乗るか相手の位置を低くするのが定石である。だが、
「……やっぱり立ちましょうか。俺が椅子に乗ります」
璃緒は脚が長いためか、体育館の雑なパイプ椅子に座ると膝が上がってどうしても上半身の姿勢が悪く見えてしまった。
「んー……あれ? んー」
「大木くん? どうしたの?」
泉美の列は既に終わったのか、部員の名前をリストアップしたノートを手に、残る璃緒の撮影に興味津々の風花が行人の背後から声をかけてくる。
「いやなんか、ピントが上手く合わなくて。先輩すいません。ちょっと待ってもらえますか」
「ゆっくりで大丈夫だよ」
待たされてもイケメンボイスだなと思いながら、改めて璃緒にレンズを向けるが、やはり何故かファインダー内の璃緒がボケて見える。
「おかしいな。ここにきてオートフォーカス壊れたか? 参ったな。小滝さん、ごめん、そっちのカメラ貸してくれる?」
「はいはい。何、壊れたの?」
「ありがと。分からないけどちょっとオートフォーカスがね……あれ? こっちも?」
泉美が使っていたカメラのファインダーを覗いても、やはり璃緒の姿がボケて見える。
「おかしいなぁ。小滝さん、このカメラで撮っててそっち側問題なかった?」
「別に何も? オートフォーカスって要するにピント合わせる機能でしょ? 何も問題なかったと思うけど」
「えー、そっか。困ったな。先輩すいません。ちょっと何枚か撮ってから……うわ」
シャッターを切ればAFが働くかと思ったが、三、四枚撮ると、シャッターが切れる瞬間、ファインダーの中の璃緒にデジタルノイズがかかってまるでモザイクを掛けたような画像になってしまった。
「えぇ? 何でこんなことになるんだ?」
それまでスムーズに撮影していたのに最後の最後でブレーキがかかり、風花も泉美も、撮影を見守っていた結衣も、そして撮影を終えて遠巻きに見ていた哲也も行人に近づいて来る。
「ちょっと、ごめん、哲也、何枚かお前のこと撮らせてもらっていい?」
「ん? いいぞ?」
すぐそばにいた哲也を撮影すると、今度はAFが正常に作動し、だらっとした姿勢の哲也がクリアに撮影できていた、ように見えたが、
「あれ? なんだこれ」
哲也はクリアに映っていたが哲也の周囲が意図せず被写界深度が変わっており、左右に立っている風花と結衣が完全にぼけてしまっている。
ボケている風花は日本人渡辺風花だったのが、とにかくカメラの調子がここに来て急に悪くなったことは間違いないようだ。
「すいません先輩。なんかカメラが急に調子悪くなっちゃったみたいで」
「そうなの? どんな感じに? オレがイケメン過ぎて光りすぎてるとか?」