エルフの渡辺2
第二章 渡辺風花は運動部のノリに慣れていない ⑥
そんな軽口も嫌味に聞こえないのが嫌味だ。
「いや、なんかピントがどうしても合わないんです。無理やりシャッター切るともう姿がきちんととらえられないというか」
「あらら。今日あるカメラはそれだけ? お試しだし別のカメラじゃだめなのかい?」
「うーん。じゃあ一旦スマホってことで……」
「ちょっと待ってセンパイ。そんな急にカメラの具合悪くなることなんてある? ちょっと貸して」
行人が仕方なくスマホカメラで妥協しようとすると、泉美が行人の手からカメラを奪うと、踏み台の椅子の上から行人を下ろして自分で璃緒にレンズを向ける。
「何だ。ちゃんと写るじゃん」
「ええ? マジで?」
「マジ。天海先輩。ちょっとじっとしててください。はい。はい。オッケーです。……ほら見てよセンパイ、ちゃんと撮れてるでしょ」
「うわ、マジか。ええ? 何でだ?」
泉美が差し出すカメラのディスプレイには、確かにはっきりと璃緒の写真が撮れていた。
「センパイの腕が悪いだけなのでは?」
にやにや笑う泉美だが、行人もいい加減泉美のことを理解している。そう言うだろうと思っていたので、何枚か前の自分の写真を表示する。
「いくら俺の腕が悪いからってこんな写りにはならないだろ」
「え? わ、ホントだ」
からかいモードに入っていた泉美も、背後の壁は写っているのに璃緒だけ綺麗にモザイクがかかったような画像には気味悪そうに顔を顰めた。
「哲也の写真もこんなだし、やっぱもう、古くなっちゃってるのかな。部の防湿庫も古いし、メンテとかしてるわけじゃないしね」
「弱小部活の悲哀ってヤツ? ……それにしても、調子悪くても風花ちゃんはコレなんだね」
哲也の隣にボヤけて写る日本人風花を切なげに見やり、行人にしか聞こえない声で小さく呟いた。
「でもま、これで撮れたからいいんじゃない? あと、長谷川先輩はどうするの?」
「えっ? わ、私は……」
突然指名された結衣は狼狽えるが、椅子から立ち上がった璃緒から促される。
「撮っておきなよ。これは部長命令」
「め、命令ってそんな」
「オフショット撮られたくないってのは分からないでもないけど、今日のは名簿用のなんだから全員強制。長谷川だって部員なんだから、きちんと撮られておいて」
結衣はそれでもまだ渋っていたが、
「ほら! 時間の無駄だから! ちゃちゃっとちゃちゃっと」
「わ、分かりました! 自分で行けますから、部長、押さないで、ちょっと!」
結衣は部長に肩を押されて顔を赤くしながら、被写体ポジションに収まる。
「はい、セッティング完了! 大木君! 長谷川のこと撮ってあげて!」
「あ、はい! ちょ、ちょっと待ってもらえますか」
泉美が撮影ポジションについていたため、もう一台のカメラの様子をいじっていた行人は慌ててカメラを取り落としそうになってしまう。
「何してんのセンパイ。私が撮ろうか?」
「う、うん。ごめんお願い。眼鏡が光らないように気をつけてあげて」
「はいはい。したら長谷川先輩、ちょっと光当たりすぎてるんで右にズレてもらって……」
「う、うん」
結衣は泉美の指示に素直に従うが、わたわたとカメラの点検に追われる行人をどこか複雑そうな顔で見やっていた。
結局最後に顧問の五島教諭まで泉美が撮影を担当し、ばたばたしたものの撮影全体は一時間とかからなかった。
「お疲れ様でした。一旦この写真は部に持ち帰って色々補正してから、改めて先生と天海先輩と長谷川さんと今後の撮影計画を相談したいと思います。今日はお疲れ様でした」
「お疲れ様。大木君、色々オレの不手際で面倒かけてごめんね。これからよろしく。よし! 全員整列!」
「「「あ(りがとうございま)っっしたっっ!」」」
「ははは、どうも」
運動部式挨拶に最後まで圧倒されながら、撮影機材を撤収し、体育館を後にする。
「あー、さすがに疲れた。園芸とは全然違う神経と筋肉使うなぁ」
体育館の出口で、泉美は手をぶらぶらと動かしてそうこぼした。
日頃、割と園芸部で肉体労働をしているが、重い機械を両手でホールドして延々同じ姿勢で撮影を続けるのは、それはそれでなかなかに重労働なのだ。
「写真部のカメラはちょっと古いから大きくて重いからね。ストレッチしておくといいよ」
「古いんだ。全然そんな風には見えないけど、確かにさっきトラブってたもんね」
結衣が行人が首からかけたカメラにぐっと顔を近づけ、それを見た風花が泉美にだけ聞こえる音でヒュッと喉を鳴らした。
「うん。俺も先輩から聞いただけだけど、十年は前の機種のはずだよ」
「そんな昔のもの、使えるの?」
「もちろん現行機種と横並びで機能を比べたらどうしたって色々見劣りはするけど、現実問題写真の出来上がりに全く問題はない……はずだったんだよ」
デジタル一眼レフカメラで、年代で機能にはっきり差が出るのは
他にも最新機種と比べると電源を入れてからスタンバイ状態になるのにじれったいタイムラグがあるとか、高感度撮影で光の加減を間違えて派手にノイズが走るとか、あまり古すぎると記録用メディアが手に入りにくく連写性能が遅いなどの差があったりもする。
だがこれらは『写真の出来』ではなくカメラの『操作性』に関する問題なので、逆に古いカメラで撮った方が味のある写真が出来上がる、というケースもままある。
行人の経験でも先輩からの教えでも、何よりプロのカメラマンだった父の教えでも、A3より大きな平面に拡大プリントしないのであれば、最新のカメラに拘る必要はない、はずだ。
「「へぇ。そうなんだ」」
図らずも泉美と結衣の声が揃う。
「小滝さんには昨日そのカメラの使い方を教えたときに前に説明したじゃないか」
「センパイ語り出すと今みたいに色んな事一気に話し出して一度に覚えらんないんだもん」
口を尖らせる泉美の横で、全力の横目で泉美に何か言いたげにしている風花がいるが、ちょうど泉美と結衣の陰にいて、行人には見えていなかった。
「まあ、オレはカメラのことは全然分からないから、単純に出来上がりを楽しみにするしかないんだけど……」
そのとき行人のうんちくを後ろで大人しく聞いていた璃緒が苦笑しながら会話に入って来る。
「す、すいません。何というか、これはもう俺のオタク衝動というか……」
「いいって。オレだってそういうとこあるもん。特にバレーのこととか部活のこととかさ、それと同じだろ」
「同じ……なのかなぁ。分からないですけど」
「同じだと思うよ。それだけ大木君にカメラや写真に対する情熱と経験の蓄積があるってことだと思うし、その上でちゃんと実力がついてるから、渡辺さんのあの写真でコンテストに入賞できたんだろ?」
そして突然、行人が撮った風花のコンテスト写真について言及する。
「あの写真も、そのカメラで撮ったのかい?」
「いや、あれは……」
自然な話の流れだったので、行人は思わず自然に返答しそうになった。
そして一瞬風花の方を見てしまったのだが、ここまで普通に話してしまった以上、風花の反応がどうであれ、下手なごまかしをするのが一番の悪手だ。
「あの写真は、フィルムカメラで撮ったんです」
「へぇ、フィルムカメラ? オレ触ったことないよ」
行人の回答に、璃緒は何ら特殊な反応はしなかった。
「私は使ったことあるわよ。コンビニとかで売ってる使い捨てのやつだけど」
むしろ結衣の方が、そんなことを言い出した。