エルフの渡辺2
第二章 渡辺風花は運動部のノリに慣れていない ⑦
「フィルムカメラってスマホやデジカメと違って撮った画像が確認できないし、現像に金がかかるんだろ? 写真部の大木君が使うのは分かるけど、長谷川はなんで?」
「それはもちろん、ぶっちょ……………………えっと」
結衣はごく自然に答えようとして、一瞬だけカッと目を見開いて口をつぐみ、またすぐに開いた。
「そ、その、定期的に流行るんですよ。女子の間で。どんな風に写ってるか分からないギャンブル感がいいのと、そのカメラ、結構デザインが可愛いのが多いので」
「へぇ。なんかそれだけ聞いてもよく分からないな。大木君は使ったことあるの?」
「ありますよ。長谷川さんが言ってるのは正確にはカメラじゃなくレンズ付きフィルムって種類なんですけど……」
「センパイ。そういう世の中に広まってて訂正しなくても問題ない認識をいちいち訂正するの、良くないオタク仕草だからやめた方がいいと思うよ」
「写真部員がそんなこと言うなよ。写真部として聞かれた質問に答えただけだ!」
「へー、それはすいませんでしたー」
「まったくもう……フィルムカメラにしろレンズ付きフィルムにしろ、最新のミラーレスに比べて解像度は低くても、逆に今では編集しないと出せない柔らかい風合いを自然に出せたりするんですよ。前のコンテストの写真は、そっちの方がいいかな、と思って」
もちろんそれだけが理由ではないのだが、色々な意味で今話すことではない。
「へぇ。そういうものなのか。今回の撮影ではそのフィルムカメラは使わないのかい?」
「流石に今時スポーツを撮影するには全く向いてないですし、先輩達に確認してもらうにもお金かけて現像してなんてやってたらとにかく時間と金がかかるでしょう」
「そりゃそうか。でも、ちょっと残念だな」
璃緒は何げない様子で言ったが、それでも行人が風花を取り巻く現状を改めて思い返すのには十分な一言だった。
「あの写真を撮ったカメラ、ちょっと見てみたかったな」
「……この仕事を終えて機会があったら、持ってきますよ」
行人のカメラに興味を示す者は、一応は警戒しなければならない。
だからこそもし璃緒が純粋にカメラや写真に興味を持ってくれたのだとしたら、逆に申し訳なくなってしまう。
「まぁこれから魔王討伐の力になってもらうんだから、無理言っちゃ悪いか。ごめんな」
「いえ……」
最後に結衣と連絡先を交換し、行人達は璃緒と結衣に見送られ体育館を後にした。
◇
「マジメな話、そんなことあると思う?」
園芸部の部室。
少しだけ土とカビの臭いがする薄暗く涼しい空間で、泉美は顔を突き合わせている行人と風花に小さな声で唸った。
「普通に考えて、どんなカメラで写真撮ったかなんて気にしなくない? ゼッタイ怪しいよあの天海って部長。あれがカンサタイとかいうのじゃないの?」
風花にナチェ・リヴィラから人間の監査隊が派遣される、という話は当然だが泉美にも共有されている。
「もともとイケメンを笠に着て風花ちゃんに不自然に接近してきてるし、センパイにも妙に優しくて理解ある先輩さんムーブしてるし、明らかに風花ちゃんとセンパイを油断させてボロを出させようとしてると思う!」
「ちょっと泉美ちゃん落ち着いて。何。イケメンって笠に着られるものなの?」
「笠に着られるレベルだからイケメンなの! イケメンはみんなイケメンを笠に着れば女の子なんかホイホイついて来ると思ってる肉食獣なんだから油断しちゃダメだよ風花ちゃん!」
「小滝さんのイケメンへの偏見が酷すぎて俺、人生で初めて世の中のイケメンの味方したくなったかもしれない」
あまりに不毛な泉美のイケメン有罪の刑法暴論は脇に置いて、行人も意見を述べた。
「まぁギリギリのラインだとは思うよ。確かに多くはないけど、写真を見てカメラに興味持つ人は今までそこそこいたし」
「えぇ? マジで?」
「他ならぬ渡辺さんがその一人」
「ええっ!? 何で!?」
「ええっと、泉美ちゃんには話したことあるよね。大木くんが、私の菊祭りの出品作品の写真撮ってくれたこと。あのとき私、すぐにじゃなかったけど自分じゃ撮れない写真だって思ったから、しばらくしてどんな風に撮ったのか、どんなカメラで撮ったのか大木くんに聞いたんだ。大木くんが言ってるの、そのことだと思う」
「な、何でそう思ったの?」
「プリントされたL判の写真を見たのが久しぶりだったのはあったと思う。普段、紙の写真とかあんまり見ないでしょ?」
「あー、確かにそうかもね。ゲーセンでプリ撮ったときくらい?」
「そうね。そう言えばそれも最近やってないね」
「今度久しぶりに撮りに行こうよ! センパイは抜きで」
ナチュラルに仲間外れにされたが、行人もわざわざ風花と泉美のおでかけに介入したいとは思わないし、それ以上に風花がゲームセンターでプリ撮影をしていると言う事実が単純に驚きでもあった。
行人もあの手のプリントシール筐体を利用したことがないわけではないが、本当に数えるほどだったので、風花がどのような頻度や流れで利用したことがあるのか気になるところだ。
「とにかく、私の場合やっぱり自分の大切なものを素敵に撮ってもらえたっていうのが凄く大きかったから、余計に気になったって感じだったの」
「ふ〜ん。まぁそういうことなら分からないでもないけど、でも今回は違くない? 天海先輩、まだ写真の出来見てないしさ」
「天海先輩にとって部活のこれからは凄く大事なことなんだと思うの。そのために大木くんが真面目に協力してくれるって思ったなら、大木くんのこれまでの活動やその詳細が気になるのは、そこまで不思議なことじゃないと思うな、私は」
「んー……そう、言われるとなぁ……そうかもって気も……」
「それよりも私は、マネージャーの長谷川結衣さんの方が気になってるの。何だか物凄く、大木くんに近くなかった?」
流石にイケメン有罪とまでは思わなくとも、仮にナチェ・リヴィラの人間が素性を隠して自分達に接近するとしたら、その最右翼は璃緒だと思っていた。
だが監査を受ける立場であるエルフの風花が璃緒ではなく結衣を警戒しているのは、意外であるとともに、傾聴すべき意見であるように思えた。
「俺に近い、か。俺と小滝さんは撮影に意識が向いてたから、一歩引いてた渡辺さんの方が気づくことができたのかもね。長谷川さん、そんなに俺に近づいてる感じだった?」
「大木くん、本当に気づかなかったの? 長谷川さん、初対面の割にはかなり大木くんに近づこうとしてたよ」
「そうかなぁ。私はそんな風には……」
「連絡先交換するのに、変に思わせぶりな態度だったし、大木くんのカメラに必要以上に顔を近づけようとしてたし」
「見えなかっ……風花ちゃん?」
「大木くんと会話するのに妙にもじもじして顔を合わせられないみたいな態度だったし、もしかして長谷川さん、大木くんのこと狙ってるんじゃ……」
「ええ!? 俺を狙ってる!? 長谷川さんが監査隊なら渡辺さんを通り越して俺やあのカメラを標的にしたってこと!?」
「私これどこからツッ込むべきかな」
白熱する風花と行人を見て、泉美は顔をしかめている。
「まだ決まったわけじゃないけど、長谷川さんには油断しちゃダメだよ大木くん。私の見立てが甘かったかもしれない。一気に距離を詰められたら大変なんだから!」
「ああ、分かったよ。直接バレー部に行かなければ単独で天海先輩や長谷川さんに会うことはないと思うけど、警戒は怠らないようにする!」
「うん。そうして。天海先輩もだけど、特に長谷川さんとは二人きりにならないでね!」
「センパイと長谷川先輩がイイ感じになれば風花ちゃんの目も覚めるかなぁ……」