エルフの渡辺2

第三章 渡辺風花は決意を固める ⑤

 風花の口から出る魔王とは、ナチェ・リヴィラの全エルフが長年にわたり行方を追っている、未だ正体不明の『魔王』でしかあり得ない。


「な、なんで? なんで?」


 今日までの流れの一体どこに、風花が魔王討伐に真剣に取り組まなければならないと思い込む要素があっただろうか。

 もし大木家に入った空き巣のことを気にしているのなら、泉美の言うように現時点では全く以て早合点が過ぎるし、それ以外のことで昨日と今日で風花がそこまで強い決意を胸に秘めてしまうような変化も事件もなかったはずだ。


「ま、待ってよ渡辺さん、渡辺さんが言ってる魔王討伐って、ナチェ・リヴィラの魔王のことだよね? 馬淵山大付属桜花じゃないよね!?」

「そうだよ。私、バレー部じゃないでしょ」


 確認したいのはそこではない。


「何で……急に魔王討伐なんて……まさか、渡辺さん」


 自分の前から、姿を消してしまうのだろうか。

 地球のどこかに消えて未だ消息の摑めないエルフの魔王を追って、自分や泉美の前から姿を消してしまうのだろうか。


「渡辺さん!」

「大木くん!」

「魔王討伐のために、どこかに行ってしまうんじゃ……!」

「魔王討伐のために、私に苦手教科を教えてください!」

「……………………え」

「まず英語!」

「待って」

「あと世界史! 期末テストでまた赤点取るわけにいかないの!」

「待って待って待って」

「カタカナ覚えるの苦手で!」

「待って待って待って待って待って待って待って待って。待って。待って!! なんて?」

「だから魔王討伐のために苦手教科をなんとかしたいなって」

「何言ってるか分かんない。渡辺さんがエルフに見えるようになったときよりある意味何言ってるか分かんない」

「私が英語と世界史が苦手って話したことあったよね」

「英語は聞いたことあるけど世界史は初耳」

「だからカタカナ覚えるの苦手なの!」

「こんなこと言いたくないけどエルフがそれでいいの? これは言っとかなきゃならないけど英語はカタカナじゃないからね?」

「そ、それは分かってるもん!」

「もん、て」


 風花は顔を真っ赤にしながら涙目になって、更に行人にぐっと体を寄せて迫った。


「お願い大木くん! 厚かましいお願いだって分かってる……でも、こんなこと、泉美ちゃんにも頼めない。私の、魔王討伐に、協力してください!」


 真剣そのものの顔と声。

 風花の声に対する解像度には絶対の自信がある行人は、風花がどこまでも本気であることを理解した。


「色々な疑問すっ飛ばしてまず聞きたいんだけどさ」

「うん。なんでも聞いて」

「何でその『魔王討伐』とやら、小滝さんには言えないの?」

「だって泉美ちゃん一年生だもの。二年の教科の範囲を教えてなんて言えないから」


 あまりに現実的な理由に眩暈がする行人の頭上で、


「あ、チャイム」


 この日の一時間目の授業開始を告げるチャイムが鳴り響いたのだった。