エルフの渡辺2

第四章 渡辺風花は得意不得意の差が激しい ③

「あと腹立たしいのが、世界史でたまにあるじゃない、フランスでこの人がこういうことやってた頃に、中国では誰が何やってたか選べ! みたいなの!」

「ああ、たまにあるね」

「混ざるの!」

「あー」

「あと、別に向こうの歴史もそこまで得意ってわけじゃないの!」


 これは流石に同情するしかない。


「なので……、今の私は大木くんと勉強はしたいけど、苦手強化の勉強したくないというジレンマに襲われてるのです」

「ま、まぁ期末まではまだあるし、適当に考えるだけ考えておいて」

「う、うん……やっぱり、頑張らなきゃだよね。魔王討伐、やるからには少しでも楽しい要素があった方が……」


 よほど英語と世界史が嫌なのかまだ何かブツブツ言っているが、ちょうど『魔王討伐』というフレーズが微かに聞こえたので、行人は水を向けてみる。


「ねぇ渡辺さん。そろそろ教えてくれない? 勉強が魔王討伐に繫がるって、一体どういう……あれ?」


 ようやく風花に話ができそうなタイミングだったのに、スマホに電話がかかってきている。


「何だよこんなときに……あれ?」

「どうしたの?」

「ごめん、ちょっと電話」


 母からの電話だった。

 思春期高二男子として、部屋にいる女子との秘密の話と母親からの電話なら部屋にいる女子を優先したいところだが、何せ空き巣に入られた翌日である。

 家族間の連絡は密にしなければいけないタイミングなので、行人は風花に断って廊下に出ると、通話キーを押した。


「もしもし? どうした? 何かあった?」

『ああ行人。もう晩御飯の用意しちゃった?』

「いや、まだ。もう少ししたらとは思ってたけど、外で食ってくる感じ?」

『いやそれがね……怒らないで聞いてね、実は今、鳥取にいるの』

「とっ……は? え? 鳥取? は? 何で?」

『あの時間の出勤だったでしょ? 山陰本部のトラブル対応で羽田から飛ばされて、飛行機の最終に間に合わなくなっちゃって』

「え、いやだってまだ六時でしょ? 流石に飛行機とかならまだあるんじゃないの!?」

『鳥取空港から羽田への最終便は十八時四十五分。鳥取駅から東京駅までの終電は十八時四十分なんだけど、私今、正確には倉吉市にいるのよ』

「ごめん鳥取の土地勘全然ないからどこだか全く分からないんだけど」

『まぁ現段階で車でも電車でも鳥取空港の飛行機の最終に絶対間に合わない場所だと思って』

「そんな場所に保険会社の東京本社の人間が何の仕事があったの。この大変なときに……」

『県の文化財の毀損があったの。それで山陰本社に文化財関連の保険審査に対応できる人間がちょうど去年退職して補充利かなくて』

「文化財関連の保険なんてあるの……?」

『意外な会社が意外な仕事してるものよ。博物館の特別展示をするために、有名な引越し屋さんが文化財運送を請け負ってるって知ってる?』

「聞いたことはあるけど、今する話じゃなくない?」

『まぁとにかく、ごめんなさい。こんな大変なときに。昨日の刑事さんにはもう事情をお話しして巡回を強化してもらってるから』

「いや、まぁうん、そっちは心配してないんだけど」

『そうなの? ……無理してない? 何とかして今から急いで大阪まで出れば、ぎりぎり帰れないこともないとは思うけど……』


 心配そうな母の声に対し、行人は見えていないと分かっていて首を横に振った。


「いや、本当に大丈夫。無理な移動して終電とかに間に合わなかったら今度はそっちが大変だろ? 仕事で行ってるなら泊まるとことかは確保できてんでしょ?」

『まぁ、一応ね。……何だか本当に平気そうね』


 何せ異世界のエルフが魔法の結界を張ると言っているので、空き巣どころか戦車やってきても家は大丈夫だろうという自信はあった。


「男の子ですので。本当、こっちは心配しないで。明日はどんな感じ? そのままそっちにいるの? それとも東京帰って来るの?」

『明日次第、かな……今日もそこそこ揉めててね。でも、明後日は絶対帰るから』

「了解。まぁ何かあったら連絡するよ。俺も刑事さんの番号知ってるから、本当心配しないで。うん。仕事頑張って。それじゃ…………ふう」


 行人は電話を切ると、複雑な心持ちで溜め息を吐いた。

 これで風花を母に会わせるという突発イベントは回避できたが、空き巣が入った翌日に遠方に社員を出張させる会社に、若干のもやもやを感じもした。


「大丈夫? どうしたの? 鳥取がどうとか聞こえちゃったけど……」


 大声は部屋の中まで聞こえてしまっていたらしい。


「大したことじゃないんだけどね。今日母さんが仕事で帰って来られないって電話だった」

「ええ? だ、だって空き巣が入った翌日だよ?」

「それは俺も思った。でもまぁ仕事は仕事だし、警察の捜査も一応終わってるし、母さんがいたからって何かすることがあるわけでもないんだよね」

「それはそうかもしれないけど」

「それに、帰って来たところで明日も朝から仕事行くことも変わらないわけで……まぁ、仕方ないかなって。それこそ犯人が逮捕されなきゃ、いつまでガチガチに警戒してなきゃならないんだって話でもあるし」

「そんな」

「ただまぁほら、まるっきりアテにするようで申し訳ないけど、渡辺さんが結界張ってくれるんでしょ? だったらまぁ、別に一人でも問題ないかなって」

「……」

「そうだ。もう母さんが帰ってこないこと確定したわけだから、渡辺さんが帰るタイミングで結界を張ってもらえれば……ん? でもその結界って、明日俺が家出る時どうなるの? 中から出られるの?」

「えっと、それは」


 風花は少し戸惑った様子を見せながら考え込んでしまう。


「……あのね、大木くん。私、来る前に考えてたことがあって」

「何だろ」

「その、私の出来が悪かったせいで、大木くんはお話ししたいみたいだったのに、結構遅い時間になっちゃったよね?」

「ああ! そうだ! 渡辺さんもあんまり帰りが遅くなるとマズいよね。晩飯とかもあるだろうし、渡辺さんちとうちじゃ学校挟んで正反対の方向だったから、何だったら送ってくよ。何か荷物大きかったけど、自転車出すからカゴに乗っけてもらえたら……」

「待って! 大木くんストップ! 待って!」


 初夏とはいえ流石にもう窓の外も大分暗くなってきてしまっていることに焦ってまくし立てる行人を、風花はそれこそ魔法でも使うように両手を全開に開いて制止した。


「ふー……ストップ。ストップだよ、大木くん」

「や、もう止まってるけど」

「うん。ふー……あ、あのね、大木くん」

「何?」


 広げられた両手が下げられ、とりあえず魔法は撃たれずに済んだようだ。


「あの、ね、今回の空き巣がナチェ・リヴィラから来た何者かの仕業とは限らないけど、でもそうじゃないとも言えないって話、したよね」

「まぁ、うん。だから結界の魔法を使ってくれたんでしょ」

「そうなの。そうなんだけど、あの、今、大木くん心配してたじゃない? 結界から外に出られるのかって、あれ……実は、出られないの」

「んっ? マジで? え、じゃあ明日俺どうしたらいいの?」

「えと……次善の策としては、私が朝に早起きして大木くんを迎えに来るのがいいかなぁと思ってはいたんですけど」

「けど……?」


 次善ということは、より良い考えがある、ということだろうか。


「けど、その場合、万が一……万が一ね? 万が一だよ? 空き巣がナチェ・リヴィラの監査隊で、大木くんのあのカメラを狙ってて、盗むのをまだ諦めてなくて、大木くんのお母さんもいないこのタイミングで来たりすることも、絶対ないとは言い切れないでしょ?」

「そりゃまぁそうだけども」