エルフの渡辺2

第四章 渡辺風花は得意不得意の差が激しい ⑤

「あ、その、ええっと…………ちょっと、アレかな」

「え?」

「ううん! 何でもないの! もう少し後でがいいかなとか、九時に結界かけるなら別の方法もあるかなとか」


 またしどろもどろになった風花が何を言いたかったのかまるで察せられないが、焦った様子で明後日の方向を見る風花が、


「あっ! そうだ!」


 急に大きな声を出した。


「そ、その! バレー部の写真の編集は、いいの!?」

「あっ」


 無理やりひねり出したような言い方は気になったが、行人もあまりに色々なことがありすぎて、失念していたことでもあった。

 今日は風花が突然尋ねてくるという事態が無ければ、夜には写真の編集作業をしようとぼんやり考えていたのだ。


「あー。そうだ。確かに明日もまた休みってなると、バレー部に悪いな。ちょっと時間かかるから、渡辺さんにヒマさせちゃうけど……テレビでも見る? それともスマホで何かするなら、うちのWi‐Fiつなげてもらって大丈夫だけど」

「えっと、もしよかったらなんだけど、その修整作業って、見せてもらえたりする?」

「修整作業を? 特に面白いことないと思うんだけど」

「それは大木くんが慣れてるからでしょ? 私は写真は完全に素人だもん。初めて撮影側で立ち会った身からすると、どんな風に写真をいじるのかって凄く気になるんだ」

「あー、なるほど。まぁそれこそSNSで写真に拘ってるタイプの人は、直感的にやってることばかりだけど……じゃあPC上から持ってくるからちょっと待ってて」


 行人は自分の部屋に上がって学校から持ち帰ったデジタル一眼と、勉強机の片隅に置いてある使い古したデスクトップノートPCとに繫がる電源コードを引き抜き、


「……んー」


 風花に見せるには何となくディスプレイやキーボードが汚れている気がして、申し訳程度にディスプレイを適当にハンカチで拭ってからリビングに戻ると、


「っ」


 先ほどまでテーブルの向かい側に座っていた風花が、行人が座っていた椅子の隣に位置を変えていた。

 確かにPCでの作業を見せるのに向かい側にいたままでいるはずがないのに、何故かこの瞬間までこの配置に全く思い至らなかった。


「っ……お、お待たせ」


 これまで学校の席ですら風花と隣同士になったことがないのに、まさか自宅の食卓で隣合う日が来ようとは。


「ちょ、ちょっと待っててね」

「うん」


 ぎこちない動きで普段使わないリビングのコンセントにプラグを挿し、PCを立ち上げる。

 古いPCなので立ち上がりにかなり時間がかかり、その間の沈黙が耳に痛い。

 立ち上がったら立ち上がったで、いつもなら全く気にならないデスクトップの壁紙が風花にどう見えるのか気になってしまう。


「あ。これゴッホだよね。これパソコンのデフォルト? それとも大木くんの好み?」

「え、あ、一応、俺の好み……別に、ゴッホとか詳しくないんだけど、この星月夜だけは小さい頃に見てから好きだなって思って」


 そして、風花の反応が悪くないという手応えを得て、ほんの少しだけ気持ちが浮き上がったのを表情に出さないように苦労した。


「えっと、普段俺は写真編集にこのソフト使ってるんだ」

「へぇ。見たことないや」

「最新版がたまにCMしてるよ。AI制御で余計なもの画面から消せる、みたいなの、見たことない?」

「ああ! あるある! あの、キリンの前から木が消えるやつでしょ?」

「それそれ。これはPCもソフトも古いからあんなことできないけど、俺は撮影した内容をデジタルでいじるみたいなことはしないから、これで十分なんだ」


 そして、行人はPCの隣に置いたカメラとPCをUSBでつなげ、ソフトにバレー部の画像を読み込む。


「おお、小宮山君だ。このままでも良さそうだけど」


 特に意識したわけではないのだが、ファイル参照ページのサムネイルでも一目でそれと分かる哲也の画像ファイルをソフト内で起動する。


「実際そうだよ。哲也は部活で俺が話した注意点をよく実践してくれてる。ただ、このステータスをいじると、はっきり写真の印象が変わるんだ」

「あ、ほんとだ。なんか、線がくっきり見える!」


 行人がいじったのは、コントラストのステータスだった。


「現場では光の量を調整するレフ板を使ったけど、スタジオみたいなフラッシュ設備があったわけじゃないし、やっぱり陰になってる顔のパーツのラインが潰れたりするんだ。そんなとき、ほんの少しだけコントラストを強くすると、被写体が背景から浮き上がってくるんだ。でも、本当にほんの少しだけ。やりすぎるとこんなになる」

「わあ」


 コントラストを強めると光の強い場所から広がった白い色で一気に哲也の顔が塗りつぶされ、黒いラインもクレヨンで乱暴に描いたような太さになってしまった。


「だからコントラストはやりすぎない。コントラストの次に俺がいじるのはこの彩度ってステータス。これいじると、発色が強くなったり薄くなったりするんだ。これもあんまり派手にいじると変な色になるから、画面が暗い写真では注意しながら動かす感じかな」

「へぇ。こんな風に簡単に見た目の印象変えられるんだね」

「だから色々いじりすぎて、やっぱりやりすぎたから戻そう、ってなることもあるよ。明るさとか、こっちの『色相』ってステータスに手だしてみたりね。コントラストと色相、どっちを先にいじるかでも印象変わる気もするし。でもこの哲也は普通の体育着着ててあんまりやりすぎると服が白飛びしちゃって相対的に肌や髪が暗く見えるようになって、背景との線も曖昧になっちゃうからほどほどにして……ここまでが教科書通りのこと。ここからが今回のオーダーに対する俺なりのアンサーなんだけど」


 そう言うと行人は、ファイルが元々持っていた縦横のピクセル数よりも少しだけ写真を拡大して写真の隅を切り落とした。


「バストアップ写真って二種類あって、一つが鳩尾まで映して顔を画面の上半分に収めるもの。これは芸能人の宣材写真とか、アー写とか言われる写真がこの撮り方してる」

「せんざい? あーしゃ?」

「正しくは知らないけど、多分宣伝素材と、アーティスト写真の略。それでもう一つが俺達が普段撮ってる証明写真的な、口が画面の中央に来て、肩から上が写ってるもの。この哲也の写真は宣材風にすると画面下半分が真っ白になって白飛びするのと同じことになるから、証明写真風に、一方で」

「天海先輩だ」

「うん。この天海先輩はしっかり色の濃い学校指定のジャージでしょ」


 南板橋高校のジャージはあずき色か臙脂色と呼べる暗い赤系統の色だ。


「元色が重めの画像は単純にコントラストや色相いじると濃い色が埋まったり全然違う色になっちゃったりするから、まず先に明るさを調整して全体を明るくしてから、コントラストと色相をいじる。ただ……後から提案しようとは思うけど、名簿用だとしてもジャージで写すのをやめるか、背景を体育館の壁にするのをやめるか提案しないとダメかも。なんか、無理やりいじると顔が浮き上がったりジャージが沈んだりしそう」


 言いながら行人は細かく色々なステータスをいじったり画像を拡大したり縮小したりするが、あまり納得のいくものにはならなかった。


「あとは、さすがに試合用のユニフォーム着てる人いなかったから、このビブスの色でとりあえず想定するしかないかなぁ。これ、清水先輩か。顔小さいなー。アー写だとちょっとバランス悪いかも。小滝さん、ちょっとセンターズレてるよ。拡大すればなんとかなるかな。んー、あ、目が下向いちゃってる。あー、何人かいるな。これきちんと視線誘導するもの必要だな。これはいいな。この人誰だ? これこのまま使える……あ」