エルフの渡辺2

第五章 渡辺風花の寝息は独特な音がする ⑤

 そこに写っているのは、あのばたばたとした状況なら当然なのだが、ピントも合わず手ブレしまくった写真だったのだ。

 顔はブレきって全く判別できず、分かることと言えば体型的に女性であることくらいだ。


「女の人だったの?」

「向かい合ったとき分からなかった?」

「全然。悲鳴は甲高かったからどっちか分からなかったし、向かい合ったとき、私よりだいぶ背が高くて体つきもがっしりしてたから男の人だろうなって思いこんでたの」


 風花は意外そうな顔で、真剣に写真に見入っている。

 写真ファイルを先に送ると、同じようにブレブレの写真が連写されており、そのどれもが顔こそ写っていないが、ボケていても分かる程度には女性らしい膨らみが随所に見られたため、あの不審者が女性であることだけは間違いなさそうだ。


「でもそうなるとこの前、部室で泉美ちゃんと一緒にした予想は完全に外れってことだね」

「予想?」

「天海先輩や長谷川さんが監査隊かもしれないって話。だって天海先輩は男子だし、長谷川さんの身長は私と同じくらいでしょ?」

「……」

「大木くん?」


 行人は、思案顔の風花を見ながらもその呼びかけには応えず、スマホの時計を確認する。


「渡辺さん。今日、ちょっと早めに学校行きたいんだけど、いい?」

「え? うん。大丈夫だけど。元から花壇の様子を見るために早めに行くつもりではいたし」

「ありがとう。あと、六時過ぎたらでいいから、小滝さんに電話してほしいんだ」

「泉美ちゃんに? もしかして泉美ちゃんにも早く学校に来てほしい感じ?」

「小滝さんというか、小滝さんに預けてるものに、かな」

「!」


 風花は息を吞んだ。


「どういうこと? だってあれはまだ……」

「時間が開くと、対策を取られちゃうかもしれない。大丈夫。もう危険なことはしないよ。その代わり、学校に行くまでに渡辺さんにもやってほしいことがあって」

「う、うん……私にできることなら」

「よかった。それじゃあ、ちょっと早いけど朝ごはんの準備するよ」


 風花は妙に自信たっぷりな行人の様子を怪訝に思いつつも、朝ごはん、と聞いた途端に腹の虫が鳴って、一気に顔を赤らめる。


「俺の目、治すのに魔力使ってくれたんだよね。ありがとう。朝ごはんはちゃんと大盛りできるだけ昨日ご飯炊いておいたから安心して」

「ソレハヨカッタデス」


 カタコトになった風花は、行人から目を逸らす。


「で、さ。朝食食べたら、悪いんだけどもう一度、お願いできる?」

「えっ? 治りきってなかった? もしかして、まだ痛い?」

「ううん、そういうことじゃないんだ」


 行人は首を横に振ると、眠気をこらえるようにまた右目を擦り、低い声で言った。


「いい写真、撮りたいんだ。渡辺さんのために」

「私の、ため?」

「うん。それで、今日もしいい写真が撮れたら、今日こそ教えてほしいんだ。渡辺さんの『魔王討伐』について」


 飛躍した話に着いてゆけず、風花はただ目を瞬かせるだけだった。