エルフの渡辺2
終章 渡辺風花は魔王討伐の覚悟を決める ⑥
「いや、まぁ、色々マズかったとは聞いたけど……」
「それがつまり、私の魔王討伐が上手く行ってない理由です」
「だからその間! その間を知りたいんだって! 繫がらないんだよ学校の成績が悪いこととそれがどう魔王討伐に繫がるのか! だって魔王ってあれだろ? 昔ナチェ・リヴィラでとんでもない被害を出して、今地球に逃げて来ていて、どこにいるか分からないっていう!」
「そこまで言えば、分かりそうなものだけど」
結衣が行人の言葉を止めた。
「え!?」
「魔王は、どこにいるのか分からないのよ。でも、死んだという確証はない以上、地球に来ているエルフは、魔王に対する包囲網を狭めて、魔王がまたナチェ・リヴィラでしたような愚行に走ることを止めなきゃならない。だから」
結衣は璃緒と風花を交互に見て、言った。
「地球に暮らす全てのエルフには、社会的成功を収める義務が課されてるの」
行人と、そして泉美も目を丸くした。
「……しゃかいてきせいこうをおさめるぎむ?」
「そう。天海部長の例で言えば、馬淵山大桜花を倒して全国出場を果たせば、メディアに注目されるでしょ? 全国区の選手になって、それこそ企業チームに入って日本代表とかになれば、名前も高まるしメディアで露出するかもしれない」
「う、うん……うん?」
「大木君、お笑い芸人の『カフェイン中毒』って知ってる? ボケ役はエルフよ」
「は!?」
「あと格闘技イベントのスポンサーになってる神戸の鉄鋼会社の社長もエルフ」
「んんんん?」
「あとは、日本ではあんまり有名じゃないかもだけど、インドのプロクリケット一部リーグにいるアルヤン・シュシカやアメリカNHLに所属するプロアイスホッケープレイヤーのジャック・ブロンソン。この前の東京オリンピックのクレー射撃に出場したイギリスの……」
「待って待って待って。待って。え? 待って?」
「マジで日本じゃあんまりメジャーじゃない競技ばっかだね」
「小滝さんはその競技の関係者に謝れ。いや、俺が待ってほしいのはそういうことじゃなくて、え、じゃあ、つまりこういうこと?」
行人はこれまでの流れを整理し、愕然とする。
「エルフがみんな地球で有名になって、メディア露出とかして、どこにいるか分からない魔王にプレッシャーかけてるってこと!? それが今の時代の魔王討伐!?」
「そういうこと。吞み込みに時間かかったわね。大木君はもっと察しがいいかと思ったけど」
「察せられるかこんな話!」
行人は頭を抱えて叫んだ。
「え、じゃあ、渡辺さんが勉強のことを魔王討伐って言ってたってことは……!」
「…………万が一留年でもして、社会に出るのが遅れたらエルフ社会では結構肩身が狭くなるんです。魔王討伐的に、よくないってことで」
部屋の主は、人生の恥をさらすかのように絞り出した声を上げた。
「学生のエルフは、故郷に逐一成績を報告する義務があるんです。だから……私は中間テストの成績で、お母さんにも怒られたし里の代表にも怒られたの」
学生には二重の地獄のようなシステムに、行人は思わず息を吞んだ。
ただでさえ成績が落ちたことなど親に知られたくないのに、公の場で叱責を受けるなど考えたくもない。
「……渡辺一家が、姿隠しの魔法を破ったって話が上がったとき、実は、フーカ・ワタナベをイーレフに戻して、再教育プログラムを施すって案が上がったの」
「え、そこまで……」
風花は自分に課せられていたかもしれない処分に驚愕した。
「それで、たまたま天海部長を常駐監視していた私に、渡辺さんへの監査の命令が下ったわ。ぶっちゃけた話、エルフを監督する部署は万年人手不足で、一人がいくつもの任務を兼務することが珍しくないの。だから偶然同じ学校に所属してる私に、天海部長監視のついでに渡辺さんの監査もやれって命令されて、あまりに魔王討伐への意識が低いようなら、活動状況を報告して送還手続きをしろって言われてたわ」
「そんな……もし本当にその処置が下されてたら、風花ちゃんはどうなってたの?」
「程度によるわね。休学扱いでしばらく向こうに戻されるか、こちらでの存在の痕跡が完全に消失させられるか」
「マジか……」「噓でしょ……」
それぞれに風花を大切に思っている行人と泉美は、血の気の引いた顔を見合わせる。
「で、ね。そんな顔する二人には私に感謝してほしいんだけど……」
「長谷川、本当いい性格してるよね」
にやりと笑う結衣に、璃緒が呆れたように苦笑した。
「私、忙しかったの。バレー部のマネージャー業で。今度の夏が、天海部長が率いて全国に出る最初で最後の機会よ。余計なことやってる暇なんて一ミリもない。だから私は、渡辺さんが成績不振を補うために、写真部に協力して得た実績で『魔王討伐』をしてるって偽装の書類を書いて、渡辺さん本人の監査は経過観察するだけでいい、って報告書を出したわ」
「うちの部に協力して得た実績って……」
「あ! もしかして風花ちゃんの写真がネット掲示板に上がってたあれ!? あれってあんたが犯人なの!?」
泉美が結衣を指さすと、結衣は満足げに頷いた。
「身も蓋もない言い方をすれば、今のエルフにとっての魔王討伐はとにかく目立って魔王の目につく可能性をわずかでも上げることだからね。これは極論だけど、板橋区や南板橋高校に魔王が潜伏してる可能性だってゼロじゃないもの。草の根にエルフの戦士あり、って喧伝するだけでも、立派な魔王討伐よ」
「……いや、それで人の撮った写真勝手に流出させるとか……」
「じゃあ魔王討伐の成績が悪いから里に強制送還の方がよかったっていうの? 言っておくけど、私の報告書はきちんと受理されて、信用に足ると評価されてるわ」
それはそれで、エルフを監督する側はいいのかと思わないでもないが、行人も泉美も風花にいなくなってほしいわけではないのでぐっと言葉を吞んだ。
「……でもちょっと待って。じゃあなんで天海先輩はわざわざうちに空き巣に入ろうとしたんですか。今更確認することじゃないかもですけど、目的はこれですよね?」
「ああ。長谷川からそのカメラや渡辺さんのことを聞いたときは耳を疑ったよ。まさか小滝さんに預けられてるとは思わなかったけどね」
璃緒は行人の手にあるフィルムカメラを見て頷く。
「信じてもらえないかもしれないけど、オレは誓って君の家のものを盗んでない。窓の弁償も……公にはできないかもしれないけど、必ずするよ」
「それはこれからの話次第ですけど……長谷川さんと天海先輩はお互いの事情を知ってたんですよね。なら俺と渡辺さんの関係も知ってたはずです。事情をきちんと話してもらえれば、カメラを貸すことだってできたのに何でそんな強硬手段を……」
「それがあなたが私にした最後の質問の答えよ。私個人は部長の味方だけど、同時に監視対象でもある。公にエルフが『姿隠しの魔法を破る道具』を使うことを認めるわけにはいかなかったの。自分で使うことも、あなたに使わせてくれと頼むこともね。大したことにないように思えるかもしれないけど、さすがに私も監査をする者として、万が一にも上にそのことを見逃した、見過ごしたと思われたら大変なのよ。だから唯一の抜け道は……」
「オレが長谷川の知らないところでそのカメラを手に入れるか、大木君がオレの正体をオレの口以外から知った上で、自主的にオレを撮ってくれること」
「ま、回りくどい……」



