エルフの渡辺2

終章 渡辺風花は魔王討伐の覚悟を決める ⑧

「本当はバレー部の二人を許したくなかったとか? 何かセンパイが勝手に話まとめちゃった感あったもんね」

「ううん、それは違うけど、ただ……ちょっとだけ、もやもやするだけ」

「何なの、煮え切らないなぁ」


 煮え切らないのも仕方がない。

 風花の目から見ても、先程の行人の話の持って行き方は考え得る限り最善の手だ。

 だから。


「大木くんのモデルは、私だけのはずだったのに……」

「え? 何?」

「……なんでもない。後悔先立たず、ってやつだよ。魔王討伐の努力をもっと真剣にやってたら、結果は違ったのかな、って思っただけ」

「何を匂わせてんの風花ちゃん。愚痴聞いてほしいの聞いてほしくないのどっちなの」

「何も臭ってなんかないもん」

「もー……。あ、でもそうだ。私もさっきの話の中で一つ引っかかってたことがあったんだ。長谷川先輩の、魔王討伐の話なんだけどさ」

「……何?」

「こっちで人間のフリして有名になって魔王にプレッシャーかけるのが、現代の魔王討伐なんでしょ。でも、それってなんかおかしくない?」

「何が?」

「だってさ」


 泉美はテーブルの上に出していたスマホを取り出すと、カメラを起動して風花に向ける。

 そこに映っているのは、エルフではなく、日本人の渡辺風花の姿だ。


「写真でも動画でも、記録に残るのはこっちの人間の姿じゃん。これじゃあ誰がエルフかなんて、魔王にだって分かんなくない?」

「ああ……そのこと? そっか、泉美ちゃんにも話したことなかったっけ」


 風花は何でもないことのように、変わらぬテンションで言った。


「そもそも何で魔王が、ナチェ・リヴィラで魔王と呼ばれるレベルの大災厄を起こして大勢の人が犠牲になったと思う? エルフはもちろんだけど、人間だって魔法を使える世界だよ」

「あー……まぁそりゃ普通に考えたら、誰よりも強大な魔法を使えて、銃とか効かない体してて、武術とかも滅茶苦茶強いとかそんな感じ?」

「……そういう要素もあったかもだけど、話はもっと単純なの」


 風花が静かに言う。


「実は魔王はね……」


 そして告げられた事実に、泉美は少なからず衝撃を受ける。


「それって……え、だって私やセンパイと同じっていうか、それ以上じゃん。何で……」

「それは、誰にも分からないの。でもだからこそ地球の人間社会でエルフが社会的地位を高めることには意味が……」


 風花がそこまで言った時だった。


「失礼します。渡辺さん、まだいる?」


 ドアがノックされ、先程出て行ったはずの結衣が戻ってきたのだ。


「あれ、長谷川さん。話し合いは終わったの?」

「私が出る幕ほとんどなくて。五島先生が大木君の写真に全部オッケーだして、後はもう天海部長と大木君だけで基本決めて良いってことになったの」

「そう……で、何か用なんですか」

「うん。私達というか、バレー部のことで沢山迷惑かけたし、もしかしたらなんだけど、さっきの話し合いでも渡辺さんは、納得いってないことがあるんじゃないかって思ったの。そんな顔してたし」

「……」

「長谷川先輩、いい性格してるって言われない?」

「たまにね。でも、こう見えて女子バレー部とも仲はいいのよ。それよりも渡辺さん。ちょっと相談というか、提案があるの」

「提案?」

「ええ。さっきの話だけど、渡辺さんの魔王討伐の成果に関しては私が捏造した部分が多いの。大木君の作品を勝手に流出させたのは悪かったと思ってるけど、その報告を上げた私の将来の評価のためにも、今のままだとすぐにまた、私もあなたも成績に疑義がついちゃうかもしれないわ。だから、そこのところの実績をきちんと補強したいのよ」

「何が言いたいの? 私に何かやらせたいってこと?」

「平たく言えばそう言うことだけど、きっと渡辺さんにとっても、あとは大木君と写真部にとっても悪い話にはならないと思うわ」


 自信満々の結衣の様子に、風花と泉美は怪訝そうに顔を見合わせたのだった。

 ◇


「どう? 悪くないと思うんだけど」

「いや、その、悪いか悪くないかで言えば悪くはないんだけど……」


 自信満々の結衣の態度に、行人は困惑を隠せなかった。


「これはどういう状況?」


 行人の目の前には、体操着にビブスを着て、バレーボールを持った風花が立っている。

 それだけならいいのだが、問題なのはここが学校でもなく、区内にある撮影用のレンタルスタジオだということだ。

 名前だけなら行人もスタジオ名だけは聞いたことがある、自然光の採光が優秀な天井から壁からインテリアまで完全に白で統一された、そこそこお高いスタジオだ。

 バレー部の撮影も順調に進み、もう間もなく必要なだけの写真が揃うという段階で、行人と泉美は結衣からこのスタジオにバラバラに呼び出され、そこにはバレーボール部っぽいエルフが顔を真っ赤にして待たされていたのだ。

 エルフの風花の体操着姿なら、行人も何度も見たことあるし、風花側も普段ならばこんなに恥ずかしがったりしない。

 問題なのは、明らかに風花が着る本来のサイズよりも小さいものを着させられており、ところどころ露出が過剰になっていることなのだ。

 有体に言ってしまえば、グラビア風にウェストや太もも周りが強調されたものを着させられているのである。


「風花ちゃん……イイっ! 長谷川先輩、これ、もしかして私風花ちゃんのことここで撮っていいの!?」

「待って! 小滝さん待って! 長谷川さん! これ一体どういうこと!?」


 泉美は早くも興奮が止まらない様子だが、行人は戸惑うしかなかった。

 何せ明らかに、風花側に撮られる心構えができていない様子だったからだ。


「魔王討伐よ!」

「魔王討伐って言えば俺が納得すると思うなよ!」

「噓は言ってないわ。監査の補強材料よ。学校の成績という意味での渡辺さんの『魔王討伐』の実績はすぐには改善しないんだもの。どこで監査に文句が出るか分からない以上、渡辺さんがきちんと『魔王討伐』してるってことを証明する材料は沢山あるに越したことはないから! あ、お金は心配しないで! 今日はスタジオ代全部私持ちだから!」

「いや分かんないよ! それが何でこんなスタジオで撮影するってことに……!」

「察しが悪いわね大木君! 既に一度、きちんとした写真コンテストのモデルとして評価された彼女よ。だったら『モデルを目指してる』っていうことにしておけば、魔王討伐の名目が立つでしょう」

「え、えぇ……?」

「写真部が次のコンテストで何を目指しているのかは聞いてるわ。なんでも、ユニフォームがどうこうってテーマらしいわね」

「確かにそうだけども!」

「ここなら、渡辺さんをどんなユニフォームにも着せ替え放題よ!」

「い、いや、ちょっと待って長谷川さん。そうじゃないんだ。勘違いしてるって! 次のコンテストはこんなガチガチに整えたスタジオ撮影じゃなくて、もっと学生の自然な様子を撮ることを推奨されてる……」

「そっちこそ勘違いしないで。ここでコンテスト用の写真を撮れって言ってるんじゃないわ。渡辺さんに、モデルとしての訓練を積ませろって言ってるの」

「は、はあ!?」

「はっきり言うわ。渡辺母娘の監査は一応終了したわ。でも、あなたが持ってるそのカメラについては、判断が保留されてるの。これまでも地球の人が意図せずナチェ・リヴィラ産の魔法関連製品を手にしてしまうことはあったけど、あなたのそれはサン・アルフにサン・ナムーへの叛意を生み出す可能性のあるものよ」

「そ、そんなことは……」