エルフの渡辺2

終章 渡辺風花は魔王討伐の覚悟を決める ⑨

「そんなことはない。あなたがそのカメラを使って渡辺さんを撮り続けることは、あくまであなたが写真家として大成するため、そして渡辺風花の魔王討伐に必要な事。そう印象付けるための実績を、今日から作るの。次のコンテストだって入賞できるとは限らないんでしょう。これはあなたと彼女の現状を守るためでもある。だから渡辺さんも、納得して今日ここに来てるのよ」

「そ、そうなの? 渡辺さん……あの」

「そ、そ、そうだよ、大木君……今日は、私も覚悟決めてきてるから……!」


 明らかに覚悟が決まっていない震え声と焦点が合わない目の風花に、行人は溜め息を吐く。


「……話は分かった。分かったけど……服は変えてもらえるかな」

「ええ! なんでっ!」


 不満を示した泉美を、行人は目だけで制する。


「渡辺さんにモデルとしての修行をしてもらうのであれば、普段通りの渡辺さんを撮りたい。その方が渡辺さんのためにもなる」

「えぇ〜そうなの?」


 今度は結衣も不満そうな声を出すが、行人は取り合わない。


「渡辺さん、とりあえず制服に着替えてきて。で、背景はソファとか窓とかが一切ない、そっちの白い壁ね」

「き、着替えて、いいの?」

「うん。お願い。そのままだと……ちょっと、直視が、難しい」

「大木くん……わかった。それじゃあ……」


 風花はそそくさとスタジオ内の更衣室に駆けてゆくと、大急ぎで制服を着て戻ってきた。


「うん。その方がずっといい。渡辺さん。全身写真を撮りたいんだけど、壁を背に立ってもらえる?」

「こう?」

「一歩、前に出て。影が壁で立ち上がりすぎるとベタっとした画面になる。うん。そこ。じゃあそこで、学生らしい立ち姿で立ってみて」

「が、学生らしい立ち姿……こう、かな」


 テーマを与えられた風花は、中学生向け学校案内パンフレットにあるような、気をつけの姿勢で、体の横に手を軽く握って腕を下ろし、つま先を開いてカメラに向かって斜めに立った。


「……ど、どうかな」


 風花の問いに行人は答えず、泉美と結衣に受け流した。


「どう思う。二人とも」

「……なんかつまんない」「小滝さんに同じ」

「え、ええっ!? 学生らしくなかった?」

「学校案内のパンフレットなら、満点だよ。でも、今日は渡辺さんのモデルとしての修行だってことなら、全然話が違う。渡辺さんさ、学校でそんな格好してる生徒、見たことある?」

「え? ……あ」

「そう。カメラマンがモデルを撮りたいときの『学生らしさ』って、学校や親や教育委員会みたいな人達が求めるような『この世のどこにもいない格好した学生』じゃないんだ。モデル自身が自分の魅力を最大限発揮できると考える、生き生きとした学生の姿を撮りたい」

「……えっと……えっと、それってつまり……」

「……だからその、有体に言ってしまうと……」


 悩んだ様子の風花に、まだまだプロ意識だけでは封じ込められない気恥ずかしさをそれでもなんとか堪えて、言った。


「渡辺さんが一番可愛く見える『学生らしい』立ち姿が欲しいんだ。当たり前だけど、さっきみたいな無理な服着て肌を無暗に見せるとかそういうことじゃないよ」

「そ、そんなこと言われましても、私、自分で自分が魅力的だなんて思ったこと……」


 人間誰しも、自分の容姿のここが優れているんじゃないか、と日常で考えることはある。

 だが風花でなくても、それが人並み以上だとは思えないし、人前で自分が可愛いだの魅力的だのとはなかなか言えもしないし思えもしないものだ。

 実際にその人物の魅力と言うのは、他人の方が往々にして知っているものである。


「……じゃあ、一つだけ。俺が渡辺さんのことを魅力的だなって思う瞬間、よく見るものを言うよ。渡辺さんならきっと、持ち歩いてるんじゃないかな」

「え、そんなものあるの」

「軍手。つけてみてくれる? できれば、作業に使って少し汚れてるものがいいんだけど」

「え、ええ? 軍手!?」


 これには風花も驚いた様子を見せた。


「軍手って、確かに部活で使ってるものがスクバに入ってるけど……でも言ったらなんだけど、どっちかと言えば可愛くないものじゃない?」

「渡辺さんがつければ、可愛くなる。俺を信じて、つけてみて」

「は……っ…………はい、そ、それじゃあ……」


 風花は一瞬で顔を赤くすると、すごすごと自分のスクールバッグから薄茶色に変色した軍手を、汚れもの入れにしていると思しきビニール袋の中から取り出し手に嵌める。


「あとは……そうだな。小滝さん。そっちのスツールの上にある白い百合の造花持ってきて、渡辺さんに渡してくれる? そう、ありがと。それで渡辺さん。さっき指示した場所に戻ってその百合を……えっと、その……俺にくれるつもりで、こっちに差し出す格好になってくれるかな」

「えっと……こう?」


 緊張しきりの風花がそれでも必死に行人の言うポーズを取り、


「……」

「あの、大木くん?」

「あ、ご、ごめん。とりあえず一枚、撮るね」


 一瞬我を失った様子の行人は、デジタル一眼のファインダーは覗かず、ディスプレイを見ながらシャッターを切り、撮影された写真を泉美と結衣に見せる。


「大木君。さすがね」

「学校ならセンパイ蹴ってるところだけど、今は許す!」

「何が!?」


 結衣がしみじみと、泉美が目を潤ませて拳を握っているのを見て、風花は悲鳴に近い声を上げた。


「大木君が、モデルの魅力をよく理解してるってこと。私と写真部の二人じゃ、見えてる渡辺さんの姿が違うはずなのにね」


 結衣は風花のエルフの姿が見えないため、日本人の風花が見えているはずだ。

 それなのにエルフの姿が見えている泉美と結衣が、同時に風花のポーズに魅力を感じているのである。

 結衣の指摘に、行人は気恥ずかしそうに風花から目を逸らした。


「渡辺さんを撮るときはどうしても結果が日本人の姿になるけど……エルフの姿でも、出来に遜色はないはずだよ」

「風花ちゃんにこんな顔で花差し出されたら、私一万円出して買う自信あるわ」

「泉美ちゃん、そんな大げさな」

「でも、小滝さんにそう思わせるっていうのは、それだけ渡辺さんの学生としての魅力が引き出された写真ってことなんじゃないの? 多分だけど、こんなポーズを取らせた大木君にとっても、言わずもがな好みなポーズなんだと思うけど」

「……長谷川さん、そういうこと言わないでくれるかな」


 否定はできないが、風花の前で言われると行人としても立つ瀬がない。

 言ってしまえば告白までした女の子に自分の好みのポーズを取らせて満足しているのだ。

 見る人が見たら、刃物の鋭さで後ろ指を刺されても文句は言えない。

 それでも一カメラマンとして、モデルの魅力を最大限引き出さずにはいられない。

 何の準備もなくセッティングされたこの場だからこそ思いついたのが、これだったのだ。


「……渡辺さんの、学生らしさのある魅力的な全身像って、やっぱ俺にとっては、園芸部で頑張ってる姿なんだ。だから……今日はモデルの訓練だって言うなら、それをイメージして、撮っていく形でいいかな」

「は、はい……あの……よ、よろしくお願いします……」


 白い部屋の中では、お互いの顔が赤くなってしまうのをもはや隠しようがないし、それを泉美と結衣に見られてしまうのを防ぐことすらできない。


「長谷川先輩。私呼んでくれてありがとね」

「どういたしましてだけど、どうしたの? 突然」

「もし後から風花ちゃんとセンパイが密室でこんなことしてたって知ったら、私、センパイを夜道で刺してたかもしれないから」

「あれで付き合ってないっていうんだから、信じられないよねー」