エルフの渡辺2
終章 渡辺風花は魔王討伐の覚悟を決める ⑩
「センパイ! いつまでデレデレしてんの! 交代して! 今度は私が思う風花ちゃんの一番魅力的なかっこさせるんだから、何だったら出てって! この変態!」
「は、はあ? いきなりなんだよ!」
泉美は結衣に一つ舌打ちしてから、気持ちを切り替えるように行人に食って掛かってゆく。
結衣はその様子を苦笑して見送りながら、三人に声をかけた。
「私は外で待ってるから、後で出来上がりだけ資料用に見せてね。色んなカメラで渡辺さんのこと、可愛く撮ってあげて」
「あ、あの! 長谷川さん!」
出ていく結衣を、風花の声が呼び止める。
「……ありがとう」
「渡辺さんからはお礼を言われるようなことは何もしてないけど、でも、どういたしまして」
風花の、複雑だが色々な気持ちの籠った礼を、結衣は手を振って受け取りスタジオを出た。
結衣が一歩スタジオを出てしまえば、あとは中で行人が風花をどのカメラで撮ろうと結衣の知ったことではない。
だが風花に礼を言われる筋合いがないのもまた、結衣の本心であった。
結衣が外にでてしばらくして、聞き覚えのあるガラスが割れたような音が二度だけ響いた。
恐らくは行人があのカメラを使って、風花の真実の姿を撮影したのだろう。
結衣は、今はそれを見て見ぬふりをするが、それでもつかず離れず観察を経過しなければならないと感じていた。
それは自分と璃緒の、バレーボール部としての活動を乱されないためにも必要だからだ。
姿隠しの魔法を破るカメラと、そのカメラマン。
初めはあのカメラだけに秘密があるのだと思っていた。
だが、デジタル一眼レフで、結衣と璃緒、そして風花の日本人としての姿がノイズとして表現され、結果として璃緒の女性エルフの正体が暴かれた事態は、決して捨て置けない。
璃緒と自分の未来のためにも、行人と彼のフィルムカメラ、そして渡辺風花の真実の姿を見ることができる目の詳細を追跡する使命が、自分にはある。
「大木君が魔王の眼……全ての魔法を破る、魔眼の持ち主……だなんて……まさか、ね」
エアコンの利いたスタジオの廊下で結衣の呟きを聞く者は、誰もいなかった。
◇
「そもそも何で魔王が、ナチェ・リヴィラで魔王と呼ばれるレベルの大災厄を起こして大勢の人が犠牲になったと思う? エルフはもちろんだけど、人間だって魔法を使える世界だよ」
「あー……まぁそりゃ普通に考えたら、誰よりも強大な魔法を使えて、銃とか効かない体してて、武術とかも滅茶苦茶強いとかそんな感じ?」
泉美の答えは、風花も予想していた。
この問いはかつて母から魔王討伐について学んだとき風花自身がされ、風花も泉美と同じ答えを導いたからだ。
「……そういう要素もあったかもだけど、話はもっと単純なの」
風花が静かに言う。
「実は魔王はね……」
息を吞む泉美に、風花は、エルフの間ではあまりに常識すぎて、逆にもはや誰も気にしていない事実を告げた。
「魔王はね……全ての魔法を無効にする『魔眼』を持ってたと言われているの。だから魔王には『姿隠しの魔法』が効かない。直接対面するときはもちろん、写真や動画に映った姿も、エルフに見えるんだって言われてるの」
「それって……え、だって私やセンパイと同じっていうか、それ以上じゃん。何で……」
「それは、誰にも分からないの」
◇
「魔王が地球に逃れたのはもう二百年も昔。魔王といえどもエルフはエルフ。無いことだとは思うけど……」
結衣は、スタジオの壁によりかかり天井を見上げた。
「魔王の魔眼がこっちの人間に受け継がれてるって可能性も、無きにしも非ず、だしね」
─ 続く ─



