エルフの渡辺3

第一章 渡辺風花は納得がいかない ②


「本当、今更になって写真部を連れて行かないなんて、どういう決定なんだろ!」


 その日の園芸部の活動で、ジャージに麦わら帽子をかぶって汗だくになった風花はまだぷりぷりと怒っていた。


「だーからあ! 海のものとも山のものとも知れない弱小写真部連れてくより、プロのカメラマンに任せた方がそりゃあいい写真撮れると思うでしょ。一般論でも費用対効果でも」


 一方の泉美は、同じく麦わら帽子の下で淡々と言う。


「私が校長だったとしてもそうするんじゃないかな」

「だって、ホームページの写真は結構好評だったじゃない」


 行人と泉美、そして風花も少しだけ手伝った男子バレーボール部の学校公式ホームページの写真は、確かに男バレ部員や学校HPを管理する先生にはいたく好評だった。

 その評判は風花にも伝わっていたので、今回の決定に対し風花は大いに不満を募らせているのだ。


「費用対効果なんて言ったら、それこそプロに何日もかかる撮影なんか頼んだら物凄くお金かかるんじゃないかな! 第一、今年の男バレの全国大会の場所考えたら、往復交通費とか宿泊費とかだって必要になるじゃない。福井だよ福井!」


 この年の高校総体男子バレーボール全国大会の会場は、福井県福井市で七月三十日から八月三日までの全日程五日間、開催されることになっていた。

 そのこと自体は部の撮影を引き受けた時点で全員知っていたことなのだが、いざ全国出場が決まった途端に蚊帳の外になるとも、想像していなかったのもまた事実だ。


「新幹線で行くんだろうし、ホテル代だって……!」

「だったら余計に写真部が行くなんてことにならないっしょ。素人に毛が生えた程度の高校生二人とプロ一人だったら、どっちにそういう経費かけたいかって話じゃん」

「私もお手伝いするから三人だよ!」

「人増えたら余計ダメじゃん。風花ちゃんは写真部じゃないんだし」

「私がついていくのは半分冗談だけど、大木くんなら部長なんだし問題ないじゃない。やっぱりあの仕事が評価されないのはおかしいと思うな!」

「そこらへんは私に言われたって困るよ。でも、正直私は半分くらい、写真部が指名されなくて助かったって思うよ。だってバレー部員ですら、交通費や宿泊費は自腹なんでしょ」

「補助は出るって聞いたよ!」

「にしたって学校が完全に持ってくれるわけじゃないらしいじゃん。バレー部以外の保護者向けにも寄付を募ってるって話だしさ。バレー部を直接応援したいのはヤマヤマだけど、私達に夏休みに急に何万も出せ、何日も時間を割けって言われたら、やっぱちょっと身構えるよ」

「それはそうかもだけど……」

「でもそう考えると園芸部は私達二人しかいないのにそこそこ部費もらえてるよね。こんなの買う余裕あるんだしさ。風花ちゃん。これどれくらい切るの?」

「本当にそこそこだけどね。地域貢献の実績って、思ってたより学校は重要視してくれるみたい。もちろん合宿とかのお金を賄えるほどじゃないけど、えーと、うん、とりあえず支柱立てないとだから、一旦立てるとこ決めちゃおう。先にこれ、そこに並べて」


 風花と泉美は、ホームセンターでも売っている緑色の園芸用支柱と、軽いが大きい黒いロールを地面に広げる。

 黒い網目状のロールは寒冷紗と呼ばれる農業用資材だ。

 元々は冬季に霜を防ぎ作物を過剰な低温から守るために使われていたもので、近年は防ぎようのない夏季の直射日光や酷暑から露地作物などを守るために使われるようになった。

 学校がある時期は、休み時間や放課後になるたび様子を見て草花をケアすることができたが、夏休みに入るとそうもいかない。

 毎日学校に来られるわけでもないし、教職員がいない日は当然学校の敷地に入ることすらできない。

 そのため少ない部費を使って、酷暑から少しでも花壇を守るために、女子二人、必死で慣れない作業に取り組んでいるところだった。


「ったく! こんなときに限って手伝えないってんだから、役に立たないなぁセンパイは!」

「仕方ないじゃない。それこそバレー部の活動のおかげで写真撮ってほしいって部活が増えたんだから、大木くんが来られないのは今日に限っては良いことだよ」


 結衣の訪問を受けた後、行人は男子バレーボール部から受けた依頼と同じような、他部活からの撮影依頼の打ち合わせに出掛けていた。


「むしろ泉美ちゃんがこっち来てていいの? 実際にまたよその部活を撮影することになったら、泉美ちゃんだって一緒に写真撮るんでしょ?」

「私の手が必要なら後でなんか言ってくるでしょ。私は兼部してるんだもん。園芸部と写真部、予定がバッティングしたら私が好きな方に出ていいんだよ」

「泉美ちゃんは王様か何かなの」


 一年生としてはもはや傲慢と言っていい部活動への参加意識に、風花も苦笑するしかない。


「それに、多分今度は私には声かからないんじゃないかな。そんなに沢山部員がいるとこじゃないし、別に学校にホームページ用意してもらうとかいう話でもないしね。なんか、部員のSNSグループとかブログとかに使うんだって」

「そうなんだ。そう言えば学校ホームページはよほどの実績がないともらえないって話だったもんね。運動部じゃないの?」

「うん。茶道部とか言ってたかな」


 その瞬間、寒冷紗を設置するために手に持った緑色の支柱が、風花の片手の握力だけで一本へし折れた。


「へっ!?」


 緑色の竹っぽいデザインのあの棒、実は金属製。中は空洞の支柱が一瞬で折れるあまり聞くことのない音がうだるような暑さの中で鈍く響いた。


「茶道部って、あれだよね。放課後にお茶してお菓子食べてる部」


 そして強すぎる冷房のように冷たい声。泉美は汗をぬぐって眉を顰めた。


「も、物凄く悪意ある言い方じゃない? お茶立ててお茶菓子いただいてる部でしょ」

「丁寧に言ってるだけで内容、私と同じこと言ってるよね」

「い、いや、他にも色々あるんだよ? 茶道って。かたっくるしくお茶飲んでるだけに見えるけど、剣道とか空手が戦ってるばっかじゃなくて礼儀礼節を学んだりするみたいに、自分の心を見直すとか、姿勢を整えるとかそういう自己を律する訓練みたいなところがあって」

「泉美ちゃんは茶道部を庇うの?」

「聞いたことないよ茶道部を庇うなんて日本語。え? 風花ちゃんどうしたの? 茶道部の何に引っかかってんの?」

「……うちの茶道部って、部員構成どんなだっけ」

「部員構成?」

「全員男子だっけ」

「…………………………………………あー……………………あー? …………あー」


 泉美は一瞬だけ遠い目になる。


「むか〜しむかしは、茶の湯ってのは武士や公家の男の文化だったんだってね」

「私は現代の話をしてるの」

「うちの茶道部の部員は、全員女子だったと思うよ」


 その瞬間、また一本支柱が折れた。


「泉美ちゃん。ここはもういいから、今すぐ大木くんを手伝いに行って」

「え? だってまだ全然寒冷紗……」

「部長命令だよ。一年生なのに、行きたい方に行きたいときだけ行くなんて許されないよ。園芸部部長として指示します。写真部の活動にきちんと参加してきなさい」

「えぇ〜? やだぁ! こんな汗だく埃だらけで茶道部の部室なんか行けないよ!」

「泉美ちゃん。わがまま言わない!」

「わがまま言ってんのはどっちだってのー!」


 泉美は不満を躊躇いなく反抗した。


「あのさあ風花ちゃん。そんなにセンパイが知らない女子と仲良くすんのイヤなら、自分で茶道部に殴り込みに行けばいーじゃん!」

「んぶっ! そ、そそそそそ、そんっ、そんっ、そんっ……そ…………そんっ!」

「そんなことないって言いたいの?」

「そんっ!」