エルフの渡辺3
第一章 渡辺風花は納得がいかない ③
「何について、そんなことないの? センパイが女子と仲良くすること? センパイが女子と仲良くすんのが風花ちゃんがイヤなこと? 自分が殴り込みにいけばいいこと?」
「そん……っ」
「…………あのさ……この前からちょーっと気になってたんだけどさ」
「そんっ?」
「この前ってのは、男バレの撮影前後のことね」
「そん……」
「息してくれる?」
そん、しか言わなくなってしまった風花の、麦わら帽子の鍔の陰になった顔を、泉美は容赦なく見上げた。
「そ、そ、そ、そそそふうううう! ……んな、何かな? き、気になってることって」
風花は泉美のその視線から逃れるように、ずるずると二、三歩後ずさる。
「その前に、とりあえず茶道部にカチ込み行くの?」
「か、カチ込み?」
「センパイが浮気してないかどーか、確かめに行くんでしょ?」
「うわわわわわわわ、浮気とか、さっきから何言ってるの泉美ちゃん!」
「それはこっちのセリフなんだけど。この際だからはっきりしときたいんだけどさ」
泉美は腕を組むと、ギロリ、という効果音以外あり得ない視線で、風花を睨んだ。
「風花ちゃんはどう思ってんの? センパイのこと」
「どうっ!」
「鳩尾殴られたみたいな反応すんじゃん」
「いや、だってその……」
「割とずっと怪しいとは思ってたんだけど、こないだの男バレの撮影の前後からずっと風花ちゃん、様子おかしかったし」
「よ、様子がおかしいって……私、そんな」
「へー。これ以上トボける気? じゃあ言うけどさ、男バレの撮影が正式に決まって、センパイが長谷川先輩と密に連絡を取り合うようになってから、風花ちゃんが長谷川先輩を見る目がめちゃくちゃ冷たくなって……」
「わー! わー! わ────!」
突然風花は耳を押さえると泉美に背を向けてうずくまってしまった。
「……」
だが校舎の裏手とはいえ、昼日中に隠れる場所などどこにもない。
うずくまった風花の背後に泉美は腕を組んで仁王立ちになり、自らの影の中で威圧するように風花を隠す。
「………………ソンナコトナイヨー」
「怒ったりしないから話しなさい」
「それを言う人はもうとっくに怒ってるんだよ!」
「風花ちゃんは、私が人の好き嫌いにとやかく言う人間だと思ってるの?」
「思ってるよ! 泉美ちゃんの私に対するスタンスずっとそうじゃない!?」
「そりゃあね。単に風花ちゃんと付き合いたいとかあっっっさい考えで風花ちゃんに近づこうとする奴は、それなりの目に遭わせてきたからね」
「色々な意味で噓でしょ!?」
「何よ色々な意味って」
「私と付き合いたいって表明した人が何度も泉美ちゃんの目に入るくらいいたの!? しかもその人達に泉美ちゃんは何らかの実力を行使してきたの!?」
「さぁ? どうでしょ?」
「そこ意味深にする必要ある!? ま、真面目な話を……!」
「風花ちゃんが正直にならなきゃ、私は風花ちゃんの度肝を抜く適当なことを言い続けるよ」
「しょ、正直にって」
風花はうずくまったまま、恐る恐る振り向いた。
するとそこには、
「ひっ!?」
軽口を織り交ぜていたとは思えないほど冷酷な顔をした泉美が、仁王立ちのまま風花を見下ろしていた。
「ようやくこっちを見たね風花ちゃん。さあ、私の目を見て話そうか」
「いいいい、泉美ちゃん! ちょ、ちょっと怖いよ?」
「何が怖いの?」
「泉美ちゃんの顔だよ!」
「怖い? そりゃあそうでしょ。こっちは感情行方不明でとにかく真っ直ぐ風花ちゃんを見ることしかできないんだから」
「何それ! 泉美ちゃん感情が行方不明になるとそんな顔になるの」
「当たり前じゃん。だって私の大好きな風花ちゃんが……」
次の瞬間、無感情そのものの泉美の口元が、小さく歪んだ。
「私じゃなくて、ポッと出の変なセンパイを好きになっちゃったなんてことになったら」
「い、泉美ちゃん……」
「あのセンパイは……一応、風花ちゃんの……ぐぎぎ、本当の姿を知っているわけで……今までの、ろくすっぽ風花ちゃんのこと、ぐむっ……知らない奴らとは……確かに違う……」
「泉美ちゃん! 落ち着いて! 人がしちゃいけない顔に変わろうとしてる! そんなに!? ぐぎぎとか言っちゃうくらい!?」
このままだと目から血の涙を流しかねない泉美への心配が勝った風花は、慌てて立ち上がると泉美を落ち着かせようと近づくと、
「ツカマエタ」
「は!?」
泉美は風花の肩をがっしり摑んで、人の邪悪が凝縮したような笑顔を浮かべた。
「い、泉美ちゃん」
「おふざけは、ナシ」
「終始ふざけてたのは泉美ちゃんだと思いますけど……人がしちゃいけない顔したりして」
「話戻すけど、決定的におかしいと思ったのは、ここで天海先輩と初めて会ったときだよ」
「そ、それがどうかしたの?」
泉美が言うのは、天海璃緒が行人と渡りをつけるために風花を訪ねてきたあのときのことだろう。
「あのときの風花ちゃん完全に、彼氏に浮気現場見られた女みたいな反応してたよね」
「そ、それは……」
風花も泉美が何を言っているのか即座に理解して、声を引きつらせる。
「そんで、中学の頃の風花ちゃんだったら『浮気現場見られた女みたいな反応って何!?』って言ってたはずだよ」
泉美の一周も二周も回り切った分析に風花は絶句する。
「つまり、こう思ったんじゃないの。よその男と親し気に話しているところを、センパイに見られて変な誤解されたくない、って」
「い、泉美ちゃん、お願い、ちょっと待……」
「茶道部カチ込みを言い出したのはそっちだからね?」
「カチ込みしたいとまでは言ってないよ!?」
「私を鉄砲玉にしようとしたくせに。事と次第によっては外で待ち伏せしたいとは思ってない? 中の様子聞いて、どうせセンパイのことだからなーんもやましいとこないからホッとしたところで丁度用事が終わって出てきたセンパイに鉢合わせて『あれ? 二人とも、もう部活終わったの?』とか、茶道部の前で待ち伏せしてることを一切疑問に思ってない感じで言われたくない?」
「泉美ちゃん、何で大木くんの解像度そんなに高いの」
「まぁまぁ二人でいる時間長いからね? ……あれ? イイ顔すんじゃん。認めるん?」
いつの間にかお互い顔を突き合わせながら肩を組んでスクラム組むような形になってしまっていたが、泉美の肩に食い込む風花の指の力が、少し強まった。
そして挑発と怒りと嫉妬と、とにかく色々な黒い感情が渦巻く泉美に対して、風花はどんどん自分の顔が赤くなっていくことに気づいていた。
「わ、私は……私はね、泉美ちゃん、最初の最初に、泉美ちゃんに相談したとき、言ったはずだよ」
「何」
風花は鼻血を出そうなほどに自分の顔が熱くなっていることを自覚しながら、言った。
「私はね泉美ちゃん! 何も知らなかった頃の大木くんの告白を、OKしたんだよ!」
「っ!」
「それで、答えにならないかな!? エルフも、ナチェ・リヴィラも、何も知らない大木くんをだよ!? だったら今、どうだと思う!?」
絶叫のようで、むしろその声は命を燃やし尽くした戦士のように掠れていた。
「好きに決まってるじゃんっ!! 好きに! 決まってるじゃん!!」
口の左側の端だけが歪んで上がり、夏の熱気に乾いた歯はむき出し。
汗がいびつな歯の字の眉を折る勢いで流れ、可愛さの欠片もない、その告白に、
「っ!」



