エルフの渡辺3

第二章 渡辺風花は世の中の真実を知る ⑥

「だっ、だっ、だって……だって、え? わ、分かるの!?」

「これかもなー、って話だよ? 絶対じゃないけど、今までの情報を総合すると、多分そうだろうなー、くらいの話」

「教えて! お願い! 泉美ちゃん!」

「わお。必死。でもそれだけマジだってことかぁ」


 普段の風花なら、妙に理解のあるところを見せる泉美の様子を訝しんだことだろう。

 だがこの日、何度も干からびて脳に水分が足りていなかった風花は、日頃から二重三重に鎧われている泉美の真意を慮ることを怠っていた。


「んっとね。いっこ聞いてい? 風花ちゃんさぁ」

「うん。何!」

「センパイのこと好きだって、センパイに表明したこと、ある?」

「……………………………………………………………………………えっ? どういうこと?」

「何その真剣に意味わかんないみたいな顔」

「ごめん。本当に意味が……」

「センパイ本人に『大木くんのこと好きだ』って言葉にしてあげるとか、バレンタインで本命チョコ渡すとか、二人でのおでかけ誘ってみたりとか」

「好きだって自覚したのはこの間だからバレンタインはまだ……」

「だーかーらー! それは単なる喩え! 何でもいいから、風花ちゃんはセンパイのこと好きだって、センパイに分かるように伝えたことある? って聞いてんの!」

「えっ、だ、だってそれは、そもそも私は告白をOKしたんだし……」

「別にそれ、センパイのこと好きだって言ってないから」


 その瞬間、風花はまるで天地がひっくり返ったかのような悲鳴を上げた。


「えええええええええええええええええええええええええええええええ!? え!? ええ!?」

「声でっか」

「う、噓! 何で!?」

「何でって。言葉通りだよ。付き合ってくださいって申し出をOKすることそれ自体は、相手に好きって伝えたことにはなってないよ」


 風花は、まるでこの世の終わりを見て祈ることすら忘れてしまった聖職者のような絶望に満ちていた。


「えっ。う、ぅえっ? 噓、なん、なんでっ? 何でならないのっ!? こい、恋人って、付き合うって、好きな人同士でなるんじゃないの!? やるんじゃないの!?」

「そーとも限らないんじゃない? 少なくとも最初は」

「噓! いくら私が世間知らずだからって流石に騙されないよ! だ、だって恋人とか付き合ってる人達って、手つないだり、キスしたり、デートしたり、ことによったらそれ以上のことになるんでしょ!? そ、それをどっちかが好きじゃないとか、あ、あ、あ、ありえ」

「あり得るでしょ。そんな話普通に世の中にあふれてるよ」

「噓ぉぉぉぉ!?」

「こっちがウソぉぉぉだよ。さっき風花ちゃんが言ったドラマや漫画の中にだってそんな話いくらでもあるでしょーが。それこそ風花ちゃんのさっき言ってた『それ以上』が何なのか詳しくは聞かないけど、付き合う前からそういうことする人だっているって言うし。なんか、流れでお泊まりとかそういうので」

「噓ぉ……噓だぁ……そんな、流れでお泊まり……流れで。ええ? どんな流れぇ?」


 その瞬間、大木家の空き巣を警戒して、寝袋持参で押しかけた上にお風呂まで借りたつい先日の自分の姿を思い出し、風花は頭の中の何か大切なものが砕けた気がして脱力する。


「もしかしたらあのとき、そんなことになってた可能性があったってこと……?」

「どのとき?」

「んんんんぬぬぬぁんでもないよっ!?」


 衝撃のあまり口からこぼれていた言葉を、風花は必死でかき消す。

 止むを得ない事情があったとはいえ、行人の部屋に泊まったことは未だに泉美には話せていないのだ。

 うっかり露見してしまった日には、多分行人が拷問にかけられてしまう。


「ドラマや! 漫画で! そう言えば確かに見たことがあるって思っただけ! でも! ああいうのはお話の中のことだけだと思ってて! 大木くんは、そんな悪い人では! 実際何も無かったし!」


 語るに落ちるとはこのことである。


「……あのねぇ。実際にあり得るから創作にも使われるわけでさ。まったくどんだけピュアピュアな鳥かごで育ってきたのさ」

「と、年上の威厳が……」

「風花ちゃんに年上の威厳があったことなんかない」

「ヒドい!」

「だから心配なんだよ。風花ちゃん、下手したらマジで悪い男に騙されそうでさ。そりゃいざってなったとき風花ちゃんがそこらへんのチャラ男に力で負けるとは思ってないよ? でも負けないからって傷つかないってことじゃないじゃん?」

「そ、それはまぁ」

「だったら一応そういうのよりは本心が見えてて悪人じゃないことだけはまぁ認めてもいいセンパイはなんぼかマシだなって思っただけ。応援したいわけじゃない」

「泉美ちゃん……!」

「で、だよ。話を戻すけど、風花ちゃん、ちゃんとセンパイに『私も大木くんのこと大好き!』て分かるように伝えたこと、ある?」

「私はそんな甘えた声出さないよ!」

「出せっつってんの! 現実問題、彼氏欲しい彼女欲しいの気持ちが優先されて、とりあえず悪い人じゃなさそーだから付き合ってみたはいいけど、結局そんなに好きになれずに別れたなんて話はそこら中に転がってるんだよ。本当に好きなら好きって伝えないと、伝えられてない方は不安になるんだよ」

「ふ、不安?」

「そー。相手は本当に、自分のことが好きなのかな、って」

「え、ええ……?」

「断り切れなかったんじゃないか、とか。その場しのぎだったんじゃないか、とか、罰ゲームだったんじゃないか、とか。これあれだよ? 好きだって表明したところで、自分の好きと同じくらいの好きな気持ち持っててくれるのか、みたいな疑い持つことだってあるんだからね?」

「待って。断りきれないとかその場しのぎは分からないでもないけど、罰ゲームって何」

「聞いたことない? 罰ゲームで好きでもない相手に告白させられたり、告白受けさせられたりするって話」

「そんな極悪非道なことを他人に強いる反社会的な生き物がこの世に実在していいの? 魔王だってそんなことしないよ? 世界平和のために駆除すべき存在じゃない?」

「罰ゲーム告白したりさせたりする魔王とか逆にイヤすぎんでしょ。それにそういうところから生まれる本物の恋もあるから」

「流石にそこまで行ったらそれこそ創作の話じゃないの!? そもそも泉美ちゃん偉そうにしてるけどそんなに恋愛経験ないでしょ!」

「恋愛経験はないけど、風花ちゃんよりは世の中のこと知ってるつもりだよ。だから風花ちゃんが何を主張したところで、結局風花ちゃんはセンパイに好きだって伝えてないんだから、センパイが仕切り直しにビビんのは当たり前って話」

「そ、そんな……す、好きって……ど、どうしたらいいの? 私から改めて告白した方がいいのかな!?」

「それじゃ意味ないでしょ。風花ちゃん達の関係は、まずセンパイが仕切り直さないと次には進めないんだから。そこで風花ちゃんが告白し直しちゃったら、今度はセンパイが選ぶ側に回らなきゃいけない。それじゃあセンパイに仕切り直しを強要してるのと変わらないよ」

「そ、そんな! じゃあどうしたらいいの?」

「だから言ったじゃん。態度で示せ、って」

「た、態度?」

「さりげなく手を繫ぐとか、ボディタッチするとか、ゲーセンで密着プリ撮るとか、お昼のときにお弁当のおかずを交換するときあーんしてみるとか」

「いつも泉美ちゃんが大木くんのこと後ろから蹴ろうとしてる前でそんなことできると思う?」

「私のいる前でやろうとすんな」


 流石にこれは泉美も呆れ顔だ。


「センパイだって私に敵視されてることくらい分かってんだからさ、風花ちゃんがセンパイを私のいないところに誘導して、こっそりイチャつくくらいのことしなきゃダメじゃん」