エルフの渡辺3

第三章 渡辺風花は断られる ③

「今回の映画に限ったことじゃないけど、近年のガジェットって、物凄くシンプルなんだよね。しかも画面の中で全然強調されない。これなんかその辺に売ってるスマートウォッチと全然変わらないデザインでしょ」

「だね。というか、協賛企業にそういうメーカーのロゴ、出てなかった?」

「うん。流石に流通してる商品そのままのデザインじゃなかったけど、まぁ一目でそれって分かる見た目ではあったよね」


 行人は頷くと、ようやく注文したざるうどんに手を付けた。


「親世代のガラケーは、結構見た目をごつくしたりカラフルにしたりってデザインの変遷がすごかったらしいけど、今のスマホなんか画面のベゼルは無くて当たり前。本体デザインも結局スマホカバーとかケースとかに隠されちゃうからカメラレンズの位置と本体の色くらいしかこだわるとこがなくて、何と言うか、機能だけじゃなくデザインもスマートに目立たず意識の隅に溶け込むものばかりになってる。だからかもしれないけど、SF映画でもスマホ的なものって全く強調されないか、宇宙船や基地のデザインと無理やり共通化して色的にも形的にも目立たなくなってるんだよね。これ、時代の大きな違いだなって思って」

「大木くん的には、それって少し残念な感じ?」


 風花は行人の口調のわずかな陰りを感じ取ったのだろうか。

 そんなことを尋ねてきたので、行人は小さく頷く。


「残念、っていうほどでもないんだけどさ、何と言うか、これからはもう『憧れのガジェット』みたいなのも全部スマホに集約されるのかなって思うと、寂しくはあるかな」

「憧れ?」

「うーん。これはうちというか、俺が特殊なのかもしれないけど」


 行人は前置きしてから、またスマホを手にして振ってみせる。


「小さい頃、親のスマホってかっこよく見えなかった? なんというか、あれ持つのが大人への第一歩、みたいな」

「ああ、うん。それは分かるよ」

「その理屈でさ、俺の場合、やっぱ親父のカメラに滅茶苦茶憧れたんだ。写真とかじゃなくて、カメラの総合的なメカ感、というか、そういうの」


 小さい頃の行人は、カメラの三脚についている画角調整用の最も大きなレバーが、何か巨大な意図を持った重要なメカ的レバーであると信じて疑わなかった。

 自家用車のシフトレバーにも似たそれを、車を運転するときと同じように、父は慎重に操作していた。

 ただでさえレバーやハンドルやプロテクターといった類のギミックは、小学生男子を強く誘惑してやまない。

 だからあれが本当にカメラの位置やレンズの向きを調整するためのただの棒だと知った小学校低学年の行人は、強く落胆したものだった。

 もちろん今なら、撮影する上で本当に重要なレバーだということは分かっているのだが、小さい頃の自分はあのレバー一つでロボットが動いて敵を倒せるくらいの期待を抱いていたのだ。

 もちろん小学生男子の憧憬はすぐにカメラレンズやフラッシュ、その接続部やコード、開閉されるあらゆる蓋にも及ぶ。

 特に行人が惹かれたのは、父が持っていた古いコンパクトデジタルカメラのレンズの蓋だった。


「レンズの蓋? レンズの蓋がカッコイイの?」


 マニアックすぎる話にさすがに風花に動揺が見られ、行人もオタク的熱量を少し落とす。


「一昔前のコンデジにはよくあったんだよ。電源入れると、レンズの蓋がシャコって上下に開くみたいな感じのギミックが。それがこう、秘密基地からスーパーメカが発進する前触れギミックみたいにカッコよく見えたんだ」

「あー、なんだろ。お母さんのちょっと高いファンデーションやコンシーラーがデザイン凝ってて金色のラインとかクリスタルガラスとか特別なカットされた鏡とかついてると、それが魔法少女の道具に見えたみたいな感じかな」

「多分それ!」


 まだモデルにメイクを施すような撮影をしたことのない行人には正確に何がファンデーションで何がコンシーラーなのか分からなかったが、そうズレた感覚ではないと判断しすかさず同意する。


「で、小学一年生の俺が、初めて買ってもらったのが、このカメラだったわけ」


 そう言って行人がスマホに表示したのは、フリマサイトの出品画面だった。

 出品されているのは、華やかな配色の、子ども心をくすぐりそうな装飾をこれでもかとあしらったコンパクトカメラだった。


「この右下の炎がさ、電源入れると光るんだ」

「結構凝ったものなんだね。これ、特撮ヒーローもののおもちゃかなにか?」

「まさしく当時やってた戦隊特撮のグッズなんだけど、これ凄いのが、ちゃんとデジカメとして機能するんだ」

「本当に撮れるの!?」

「うん。画質は粗いけど小さい背面モニターもちゃんとついてて、USBで外部出力もできるんだ。電源入れるときとシャッター押すときと電源切るときに専用の効果音が流れてね。もう、死ぬほど遊び倒した。どこ行くにも持ち歩いてたから、最終的に表の塗装なんかボロボロに剝げちゃって」

「ふふ。そんな風にはしゃいでる小さい頃の大木くんは、ちょっと見てみたいかも」

「い、いや、それは……」


 風花のごく自然な合槌。大きな意味はないのだろうが、自然な笑顔で言われてしまうと、途端に気恥ずかしくなる。


「あー、で、作中だとこのおもちゃのモデルになったカメラで敵を撮影すると、弱点が分かったりとか人間に化けてる敵を見破れたりとか色んなお助け機能があってね。ただ……」


 行人はスマホをしまうと、肩をすくめた。


「最新の特撮ヒーローもので似たようなおもちゃが出たとき、形状がスマホ型だったんだ。それは個人的に、ちょっと寂しかった」

「そっか。今は家庭でも親が写真をカメラで撮ったりしないから」

「うん。今の小さい子にとって写真って言ったら親のスマホだからね。もちろん小さい子向けの番組に出てくるスマホだからさすがに派手にデコレーションはされてたけど、ほら、スマホってこの小きな画面を隠すようなデコレーションはできないでしょ。そんな感じで、子ども向けのガジェットですらそんな感じだから、大人が見る『未来ガジェット』がこの映画でしぼんだ感じがしたのは、現実の世界が凄くなったんだと思う反面、カメラを扱う者としてはちょっと寂しかったかな」

「でも、スマホカメラが嫌なわけじゃないんでしょ?」

「そりゃね。父さんも言ってたけど、スマホの普及で『良い写真を撮る』って意識はそれまでとは比べ物にならないくらい世間に広がったし、残せる記録の量なんかそれこそフィルムの時代と比べる意味すらないからね。俺だってスマホで普通に写真撮るし、スマホ写真に特化したプロなんて今時いくらでもいるし」


 俗にインスタグラマーやインフルエンサーなどと呼ばれる人々の中には、一昔前なら本当に写真で身を立てていてもおかしくない技術や熱量を持った人が大勢いると、かつて父は話していたし、それらの写真のインプレッションから得られる収益を生活の柱としているなら、実質それはプロのカメラマンと言っても過言ではない。


「ある程度自分の写真に必要なコツを手に入れると、もう後はどれだけ写真に金と時間をかけられるかってだけの話になるからな」


 それは自然風景の写真を専門にしていた父の口癖でもあった。

 SNSに溢れるプロと自分の差は、たった一枚のために年単位の時間を費やし得る環境にあるかどうかだけ、とも。


「まあこれはガジェットオタクの悪い感想かもね。現状の俺は、ろくに小遣い貯めてこなかったせいで友達の全国大会の応援にすら行けない有様で、それどころか折角の夏休みなのに、今しか撮れないような撮影目標を選べずにいるからね」