エルフの渡辺3
第三章 渡辺風花は断られる ⑧
「全部状況証拠だけども、まずこのカメラには魔力を使って魔法の効果を打ち消す力がある。それは初めてこっちに来たとき、里への道を暴いたことから確実。その力はレンズの先だけでなく、レンズの後ろ、つまりファインダーを覗き込む目にも、何かの影響を及ぼす。だから」
行人は風花のそばに立つと、スマホのインカメラを起動し、自分と風花に向ける。
「!」
風花は息を吞んだ。
インカメラが表示するのは、左目を閉じている行人と、エルフの自分。
「痛ってええやばっ!」
シャッターが切られると同時に行人はスマホを取り落とし、花粉症にかかりたてかのように右目を擦り始めた。
「大木くんっ!」
行人が取り落としたスマホを風花は危ないところで受け止めると、しゃがみ込んでしまった行人の顔を心配そうにのぞき込む。
「大丈夫!? 大木くん!」
「ってぇ……いや、ごめん、あんな叫んどいて信じられないだろうけど、大丈夫。ちょっと充血してるくらいだと思う」
確かに風花が覗き込むと行人の目はやや強めに充血しているような赤みがさしていた。
「本当に大丈夫なの? 目が見えなくなったりとかしてない!?」
「やりすぎればなるのかも」
「ちょっと!」
風花は慌てながら、行人の右目に手をかざす。
「さっき大木くんが言ったこと、そのまま返すよ! 大木くんに痛い思いさせてまで、私は自分の本当の姿なんか見たくない!」
「いや、ごめん。普段はちょっとかゆくなる程度のものなんだ。さっきフィルムの方でセルフタイマーするのにファインダー覗きすぎたせいだから、無理しなけりゃこんなことにはならないんだ」
「ならないんだって……え? まさか大木くん!」
「うん。言ったでしょ、何度か試してるって。実はもう渡辺さんの目の前でも何度かやったことある。小滝さんがフィルムカメラ使う練習で、たまに部活中にカメラに魔力もらってたでしょ。仕組みはまだ分からないけど、ルールが確定したらびっくりさせたいなと思ったんだけど……させすぎた?」
「泣きそうになりました! 色んな意味で!」
風花は叫ぶと、
「……渡辺さん?」
行人を、正面から抱きしめた。
「……ごめんなさい」
「え?」
「私、無理してた。大木くんのためならって思ったけど、自分のために無理されたら……びっくりしちゃうよね。心配になる。それが今、よく分かった」
「いや、それとこれとは……」
「違うの。単純に難しいことをしようとしてたってだけじゃなくて……こっちを経由して福井に行くって話は……私が、あのね」
耳元で風花が言ったことについて、
「なるほどそういう発想。よく考えるなぁ。もし俺が引っかかったらどんな反応したのか、ちょっと気になるな」
行人はつい、笑ってしまった。
「怒ってないの?」
「別に。渡辺さんはそれに乗ったワケじゃなくて俺のためを思って言ってくれたの分かるし、ある意味、そんなこと言われたって俺には関係ない話だし」
「……どうしてそこまで」
「それは」
行人は、風花の肩を抱いて少し身を離し、翠緑の瞳を真っ直ぐ見て言った。
「やっぱり、渡辺さんのことが好きだからだと思う。そういうバックグラウンドまで含めて」
「っ……!」
風花は息を吞み、思わず自分の顔を覆った。
「私、エルフだよ。異世界の」
「知ってる」
「普通の女の子と付き合うより、絶対に面倒くさいよ。普通じゃ考えられないような想定外のことばっかり起こるよ」
「普通じゃ考えられないことはもうとっくに起こってるし、むしろそういうとき、俺が足手まといにならないかどうかの方が心配」
観念した、という感情が、もしかしたら最適なのかもしれないと、風花は思った。
ここまで来たら、もう自分の気持ちに素直になっていいのだ。
そう思った瞬間に、胸とお腹の中に熱い気持ちがこみ上げ、それが小さな涙となって瞳に浮かんだ。
「……大木くんが、エルフのことを知らないまま初めて告白してくれたとき、私、OKしたでしょ。でも、そのとき言わなかったことがあったの、聞いてもらえますか」
風花は零れる涙を拭いながら、どうしようもなく幸せそうな笑顔を浮かべる。
「私も、大木くんのことが大好きです。私のこと、彼女にしてください」
「……うん! よろしくお願いします」
そうして二人は、先程より少しだけ恥ずかしそうに、お互いを抱きしめたのだった。
◇
週が明けた月曜日の写真部の部室で、行人と風花の前には、これ以上ないくらいにヤサぐれた泉美が腕を組んだままふんぞり返っていた。
「で、何なの。二人の顔見てると、嫌な予感しかしないんだけど」
一応は一学年上の先輩を向こうに回しながら、信じられないくらい不遜な態度と空気を醸し出しながら、泉美は話を促す。
「あの、やっぱり俺が」
「ううん。私が話さなきゃいけないことだから」
「いやでも」
「私に話させて。泉美ちゃんはずっと私の……」
「どっちでもいいから早よ言え」
先に待ち構えている展開を恐らくは覚悟しているであろう泉美は、感情を喪失した目で二人を睨む。
「俺達」
「私達」
「「お付き合いすることになりました」」
「六年生を送る会か!!」
泉美の絶叫に、二人は思わず目をつむってしまう。
「い、泉美ちゃん落ち着いて」
「こぉーれが落ち着いていぃーられるかぁーっての! 何? え? 何? 先週末の今日だよ!? 両片思いのまんま考えすぎた挙句に一生二人でスレ違ってればいいとか思ってたのに、何でこんなことになんの!? どっちから言ったの! 全然そんなことになる感じの週末じゃなかったじゃん!」
「大木くんから言ってくれたよ」
「え? 渡辺さんからじゃなかった?」
「仕切り直しの感じで大木くんからまず言ってくれたじゃない」
「あれってそういうことになるの?」
「こんなん聞かされるならどっちでもいいわもう! かー! かーっ! かあああああ!!」
見ている方が恥ずかしくなる譲り合いを見せつけられ、泉美はインチキ霊能者が除霊するような奇声を発し、心の底からの憎しみを込めた目で行人を睨んだ。
「本当なら、風花ちゃんにナチェ・リヴィラ経由の福井行きを提案させて、それに乗ってきたら、そんな女のバックグラウンドに平気でタダ乗りしようとする男は信用ならないって展開に持ってくはずだったんだよ!」
「その展開に持ってくとこまでは分からなかったけど、小滝さんからナチェ・リヴィラ経由の福井行きを提案されたことは聞いたよ」
「聞いたのかよお!」
「その話をしてからすぐ、大木くんを試したことになったって気づいて、本当に後悔したわ」
「試したんだよ! 私が風花ちゃんを通じて!」
「そういうとこ隠さないの、逆に小滝さんの凄いところだと思う」
「ぐぎぎぎ」
「大木くんは真剣に私とナチェ・リヴィラのことを考えてくれて、それはできないって即答してくれた。平気で『タダ乗り』するような人じゃないよ。泉美ちゃん」
「そりゃね!? センパイの性格からして能天気にタダ乗りするとも思ってなかったよ!? でもにっちもさっちもいかなくなったら迷いはするかなって思ってた。スマホ買い換えたばかりだって言ってたし、タダ乗りしないまでも割り引いたお礼するから、みたいな提案とかさ、すると思うじゃん!」
「しなかったよ」
「大木くん、真面目で誠実だもん。即答で断られちゃった」
「これじゃ私一人だけ完全に心がドス黒く汚れてるじゃんもおおおおおおおおおおお!」
言動を鑑みれば全く否定しようがないので、行人も風花も苦笑するしかない。



