エルフの渡辺3
第四章 渡辺風花は幸せを信じている ②
「後から五島先生に聞いたんですけど、実は写真部と園芸部以外にも、明日と明後日、部活にかこつけて応援に来る部がいるらしいですよ」
「そうなんですか? どこの部が?」
「鉄道研究会とソフトボール部です」
「鉄研が来られる理由はまあ鉄道にかこつけりゃ分からないでもないけど、ソフトボール部はなんで?」
泉美の突っ込みに夕夏が苦笑する。
「練習試合らしいです。顧問の先生の伝手で、福井の強豪校と繫がってるとかで」
「かなり無理やりじゃん? 逆にそれ、参加者が集まらなかったり、男バレが今日負けたりしたら練習試合どうすんだろ」
「ちょっと泉美ちゃん。そんな不吉なこと言わないでよ」
「ソフトボール部も最近全国に手が届きそうとは聞いたことあるし、比べると実は写真部の方が無理やり感強いから、あんまり言わないようにしようよ」
「ですね。一応今回の主な目的地は、日本じゃ滅多に見られない植物が展示されている植物園ですから、実は園芸部である渡辺さんの方がまだ無理やり感は少ないかもです」
「その……なんだか便乗させてもらったみたいですいません。園芸部の引率まで引き受けていただいて……」
風花としては、夕夏が写真部の仕事を奪ったことをかなり声高に批判していたので、夕夏と五島の計らいにはずっと恐縮してばかりである。
「いいんですよ。というか、五島先生も仰ってましたけど、写真部の活動内容次第では渡辺さんは普通に写真部に籍を置いてもいいくらいのお話しだったので」
「えっ? 部長が兼部っていいんですか!?」
「五島先生は問題ないみたいなこと仰ってましたよ? もちろん部長をやってる側の活動がおろそかになったら、ヒラ部員よりは厳しいこと言われるとは思いますけど」
「だったらやっぱりもう、写真部と園芸部合併して写芸部か園真部になるしかないね。センパイも園芸部と兼部したら? どーせ今後ずっと風花ちゃんとイチャつくんだし」
「ちょ、こ、小滝さん!」
「泉美ちゃん! 湊川さんの前でそんな……!」
「え? 大木部長と渡辺さん、そうなんですか!?」
「いや、その」「あの、えっと」
しどろもどろになる行人と風花を見ながら、夕夏はバレー部部室で見たような生暖かい笑顔になり、
「席、替わりましょうか」
風花を振り向いて、そんなことを提案した。
「そういうの生々しいから逆にやめてください! 泉美ちゃんも! お願いだからバレー部のみんなの前では本当にやめてよ!?」
「分かってるってー」
「ふふ。じゃあ渡辺さんがやきもきしないように、外部指導員らしく色気のない話をしましょうか。大木部長。望遠レンズの準備はしてきてますよね?」
「はい。言われた通り広角の方を持ってきました」
「昨日お知らせした通り客席からコートを見下ろすにはかなり角度があるのと、配置されるコートから言って恐らくエンドライン側からしか試合を見られないので、会場についたら最前列の確保が絶対ですよ」
「いいんですけど……それはそれで、やきもきするんですけど」
前の席で風花には絶妙に分かりにくい話をし始める行人と年上のお姉さんの姿は、それはそれでやきもきするものだ。
もちろんそれで行人がどうこうという過剰なヤキモチを妬くことはないのだが……。
「私がやってみた感じ、会場ではシャッター速度を三十分の一で露出は絞らないとフィルムだと上手くいかない感じですね」
「そんな暗いんですか? 六十分の一だとダメですか?」
「座る場所によりますけど今日は体育館の端に近いほうなんで、結構照明の位置が……」
行人が外部指導員である夕夏の指示であのフィルムカメラを持ってきていることに、風花にはやや違和感を覚えていた。
もちろん夕夏がフィルムカメラの扱いを熟知しているのならプロから教わる絶好の機会ではあるし、行人の写真部としての実績はフィルムカメラに拠る部分が大きいので、持ってきてはいけない、ということではない。
だが植物園まで夕夏が付き添うことを考えると、うっかり破魔の効果が発動して怪しまれることもないとは言えないし、何かしら魔力関連のトラブルが行人や風花に発生した場合、夕夏が学校に対して責任を負わなければならない事態が発生しないとも限らない。
もちろん最終的には行人が判断したことではあるので風花がケチをつけられることではないが、夏休みに入る前後では特に行人のフィルムカメラの扱いが慎重だっただけに、違和感というほどでもないが決して無視はできない微かな心配の種が、風花の心にずっとあるのだった。
「そうだ。折角だからこんなことも教えちゃおうかな。皆さん、これご存知ですか?」
夕夏が取り出したのは、折り畳み傘より少し小さいくらいの黒いスティック状のもの。
先端にレンズがついていて、カメラ的な何かだということは分かるものの風花と泉美は見たことのないものだったが、行人はぱっと言い当ててみせた。
「もしかして全天球カメラですか?」
全天球カメラとはその名の通り、レンズの周囲360度を撮影できるカメラで、近年はドライブレコーダーの車内カメラなどで使われることが多い製品だ。
「さすがに部長は一目見ただけで分かるんですね。ではこれと自撮り棒を合体させると、自撮り棒が写真に写らなくなるのは知ってますか?」
「え?」
「一部の全天球カメラは、実は二つ搭載されているレンズを使ったり、アプリのAIを使って自撮り棒を消すことが出来るんです。棒の持ち方にちょっとコツがいるんですけど……あ、ちょうど会場に着きましたね」
バスがバレーボール全国大会の会場の最寄りに到着し、行人達以外にも大勢の客がぞろぞろとバスを下車する。
話し込んでいたこともあって慌ただしく降りた四人はバス停から見える会場を仰ぎ見ながら、夕夏がカメラをセッティングするのを見つめていた。
「自撮り棒はごく普通のものです。これをできるだけ長くして、先端が折れ曲がらないように装着して、こうやって撮ると……撮りますよ、三、二、一、はい」
夕夏は会場の体育館を背景に棒を持っている手を下ろしたまま指先だけで操作する。
そして手繰り寄せた全天球カメラ本体のモニターを覗き込んだ三人は、驚きで目を丸くした。
「何これ、ドローンの空撮みたいじゃん!」
「本当だね。凄い……湊川さんが何も持ってないようにしか見えない。なんで?」
「二つのレンズを使って間を補正してるんだろうけど、こんな自然なんですね!」
行人も初めての撮影経験に興奮気味だ。
「バレー部の皆さんとやったときは、それは大騒ぎになりましたよ。よかったら私の私物で古いやつですけど一台お貸ししますから、会場で撮ってみてください」
「いいんですか!? でも確かこれ結構高い奴ですよね?」
行人は恐る恐る受け取りながらそう尋ねると、夕夏は首を横に振る。
「野外撮影用を想定した作りなんで頑丈なんです。わざと地面に叩きつけたりしない限り壊れないと思うんで、設定とか色々いじっていいですから、試してみてください」
「ありがとうございます! 使わせていただきます!」
「それじゃあ私は一旦ここで失礼しますね。試合開始は十時半からなんでここから結構待ちますけど、昨日も試合の入れ替わりの瞬間にほぼ埋まっていたんで、席は油断せずに確保してください。試合が終わった後は南側の出口に行くと選手が控室に移動する通路があるので、そこで小宮山君や天海君と多少話が出来ると思います。一応大木部長からも五島先生に、会場に到着したこと、メッセージを入れておいてください」
途端に慌ただしく夕夏が体育館に駆けてゆくのを見送ると、行人は早速借りた全天球カメラをあれこれいじり始めた。



