エルフの渡辺3

第四章 渡辺風花は幸せを信じている ⑮

「ええ! 地球にある、魔力を保存するのに適したレアメタルを発見して、それをデジタルカメラに搭載するための半導体に加工し、それをデジカメや携帯電話の市場に乗せるということを三十年かけて実現したんです。フィルムカメラのヒューディコッコは魔力を込めても、撮影は一枚が限界でした。ですが新しいカメラは、魔力をカメラに予め貯めておけば、人の眼でファインダーを覗かなくとも真の姿を撮影できるんです! これまでは安定して真の姿を捉えるには、ファインダーのレンズに魔力を込めた上、カメラで人間に魔眼を植え付ける必要がありました。ですがこれからはそれがなくなります。カメラさえあれば誰でもサン・アルフの真の姿を見ることができるようになります」

「それで?」

「自分自身の姿を知ることができれば、それだけでサン・アルフとしての民族的自覚と覚醒が促されます。人間に飼いならされ、人間の姿をさせられている屈辱から解放され、サン・アルフとしての自立を取り戻すことに繫がります」

「なるほど」

「私達は今、地球のサン・アルフと連帯して魔王様の元に集め、ナチェ・リヴィラに反旗を翻すため人を集めているんです。中には大木部長、小滝さんのように、サン・アルフの真実を知った地球人もいます。何ならもう我慢して高校に通う必要だってありません。仲間とともにサン・アルフの誇りを取り戻すための戦いを……!」

「話は分かりました。もういいです」


 熱がこもる夕夏の口上を、風花は鋭く遮った。


「……はい?」

「湊川さんには、写真部の外部指導員として大木くんと泉美ちゃんが福井に来るきっかけを作ってくれた恩があります。だからできるだけ話を聞こうと思いました。もしかしたら、新しい話があるかもしれないとも思いましたし。でも、やっぱり時間の無駄でした」

「いや、それは」

「最初にお話しした通り、私は人類に反旗を翻したりしませんし、魔王討伐はこれからも続けます。私達が湊川さんと魔王に同調することは決してありません。お話はもう結構です」

「ど、どうしてですか!」

「あなたが生まれてから今日までの私達のことを不幸で間違っていると、勝手に決めつけているからですよ」

「だって、そもそもサン・アルフの人生は……!」

「誰かに決められたもの。じゃあお聞きしますけど、湊川さん、大学は卒業したんですか? それとも中学とか高校を出たタイミングで就職を?」

「それ、今関係あります?」

「話したいことだけ話してこちらの質問ははぐらかすんですか? それともデリケートな話題でしたか?」

「それは別に……高校のときにカメラをやりはじめて、でも就職のためって、親に言われて大学は卒業して……」

「その人生、不幸でしたか」

「は?」

「小学校六年、中学校三年、高校三年、大学は……二年から六年? それ、湊川さんが決めたことですか? 親に言われて大学に行ったのに?」

「あの」

「親に言われて行った大学での時間は、無かった方がいい時間でしたか? 国に義務教育期間学校に行かされている時間は、あなたの本当の人生じゃない、不幸で誇りを奪われた時間だったんですか」

「そ、そんなことは誰も言ってないじゃないですか!」

「湊川さんが私に言ったことはそういうことなんですよ。私のこれまでの人生は全て間違っている。私と一緒に正しい道を歩き出そう、って」

「そんなことは!」

「言ったんです。そんなつもりはなかったとか、そんな意味で言ったんじゃないとか、私の誤解だとか、私の不勉強だとか不見識だとか、言い訳のパターンはいくつもあるんでしょうね。でもどのパターンで返したところで、私が日本で過ごした十七年の人生を丸ごと否定したことだけは間違いありません。だって間違いなんでしょう? 魔王討伐のために人間に見張られて、真の姿を隠して、地球で生きることを義務付けられている私の人生は」

「ですからそれはあなたの曲解です! 決して今までのあなたの人生を否定したわけではなく、それをあるべき形にしようと提案しているだけで」

「秒で矛盾すんじゃん。これまでの風花ちゃんがあるべき形じゃなかったってことはつまり、否定じゃん」

「これからです! これからの人生を軌道修正しようと!」

「軌道修正するってことは、つまりこれまでの軌道ではいけない、ということですね。つまり渡辺さんのこれまでの人生は誤った軌道に乗っていた、と」

「だから、それは」

「そりゃ私だって、魔王討伐のお題目が嫌になることはありますよ。そのせいで面倒なしがらみや、余計な時間を取られることだってある。でも、逆に言えばその程度のことなんです」

「その程度って」

「学校でいい成績取らないと魔王討伐に真剣じゃないと怒られます。ほっとくと呼び出されてお説教されます。それが嫌だから定期テストはそれなりに頑張ります。でも留年とかしなければそこまでシリアスに怒られることはありません。お金が足りなくて欲しいものが手に入らないことはありますけど、学生なら普通のことですよね。バイトしたいってお母さんに言ったら、高校の間は駄目だって。大学に行ったら好きにしなさいって言われました。ときどき浮遊監獄島に帰ると戦闘訓練積まされて、サボってると小言言われます。それが嫌だから、ダイエットのための運動だと思って訓練してます。こんなこと、事情は人によって変わりますけど、多かれ少なかれ誰だってやってることですよね」

「だ、だからその魔王討伐のための訓練とか、そんなの無駄じゃないですか! そんなこと、しないで済む方がどれだけ……」

「でも多分戦闘訓練しなかったら、姿隠しの魔法で失われる魔力を差し引いても太ってたと思います。それはイヤですから、強制されてることで面倒ではありますけど、運動始めちゃえば何だかんだ言って気分いいし体型保てるし、稽古場でできた友達もいますし、結構いいこともあります。行く前が面倒なだけでやると何だかんだ楽しいんです。それにじゃあ、それがなくなったら何をするのかって言われたら、多分何もしてません。家で漫画読んだりテレビ見てるだけです。だったら運動しに行った方が健康にはいいんじゃないですか、客観的に考えて」

「そ、それは、でも」

「分かりますよ。そちらにしてみれば魔王討伐という目的そのものが間違ってるんだから、その目的のためにやってること全部が間違いで、あってはいけないことなんですよね」

「そうですよ! だから」

「じゃあ魔王討伐は間違ってるから魔王に味方して、サン・アルフを開放するために何をしろと?」

「それはもちろん、サン・アルフ復権のための運動ですよ!」

「嫌です」

「は!?」

「そんな面倒なことしたくないです。私はあなたにそんなことしてほしいなんて思ってないし、そのせいで困る人が沢山いることが分かるので、応援だってしません」

「それはおかしいでしょう! だってサン・アルフは虐げられていて、その状態のままでいいはずがない!」

「何でですか」

「何でって、何でって! おかしいじゃないですか! 客観的に、特定の民族が虐げられて、自決権を持てないなんて!」

「私達、虐げられてるんですか? どんな風に?」

「だって浮遊監獄島に押し込められて、居住の自由も職業選択の自由も無く、魔王討伐のために地球に無理やり派遣されてるんでしょう!? 第一自分の外見を奪われているなんて、こんな人権侵害、他にないでしょう!」

「あー、まぁそうですね。姿隠しの魔法については、確かに未だに思うことはあります。大木くんに初めて自分の姿を見せてもらったときも、どっちが本当の自分なんだろうって思ったことはありますよ。でもそんなこと言い出したら」


 風花は言いながら、スクールバッグからコンパクトを取り出す。