エルフの渡辺3
終章 渡辺風花には、笑顔が似合う ①
「写真部、大木行人君、小滝泉美さん。壇上に上がって下さい」
十一月。
昨今勢力を伸ばしている夏の猛威もようやく過去のものとなり、秋の色が深くなったと思ったら冬が目の前に来ているようなそんな季節のある日の全校朝礼で、行人と泉美は表彰のために体育館の壇上に上がっていた。
「大木行人。右の者は、第十五回学生ユニフォームフォトコンテストにて、審査委員特別賞を受賞したため、これを讃え表彰します」
校長先生から差し出された表彰状を行人は硬い動作で受け取る。
「続いて、小滝泉美。右の者は、第十五回学生ユニフォームフォトコンテストにて、優秀賞を受賞したため、これを讃え表彰します」
行人の硬い動きに比して、泉美は得意満面の堂々たる姿で表彰状を受け取り、堂々と胸を張って壇上を降りた。
「受賞したお二人の写真は、写真部部室に今日から掲示されますので皆さん是非見に行ってください。では続いて……」
相変わらずやる気のない生徒の司会とまばらな拍手に送られて自分のクラスに戻った行人を、
「お疲れ。おめでとさん」
いつかと同じように哲也が小さく祝福してくれた。
そして自分の列に戻ると。
「行人くん。お疲れ様」
風花が少しだけ慰めるような笑顔で、労ってくれた。
「ありがとう。でも……今日は本当、これから気が重いよ」
「だね。でもこればっかりは仕方ないよ。結果が全てだもん」
風花も容赦がないが、仕方がない。
今回表彰された学生ユニフォームフォトコンテストに於いて、泉美は行人の上を行ってしまったのだ。
結果が知らされたときの泉美は、ふんぞり返りすぎて後ろに倒れるのではないかというほど行人に向かって威勢よく威張り散らしたものだ。
そして今日こうして表彰され、表彰状が手元に来たのだから、部活の時間、ますます泉美が調子に乗るのは必定である。
「やー! やっぱこうして自分の功績が形になるのは気分いーねー!」
そして全人類の予想通り、行人よりも早く写真部部室に来ていた泉美は、後から来た行人に、裁判の勝訴の紙のごとく自分の表彰状をつきつけてきた。
「いやーまさか私が優秀賞とはねー! 審査員見る目あるわー」
「おおー、小滝ちゃん、めちゃくちゃ調子乗ってんな」
「泉美ちゃん。それも行人くんの指導あっての結果なんだから、あんまり調子乗らないの」
「いいんだ二人とも。調子に乗れるときは乗らないと」
「でも行人。このままだとお前、小滝ちゃんに部活乗っ取られかねない勢いだぞ」
「泉美ちゃん。行人くんに近づきすぎ! ちょっと離れて!」
風花が泉美を羽交い締めにして、ようやく泉美は行人から身を離す。
「それにほら、その受賞はモデルになってくれた小宮山君あってのものでしょ。きちんとお礼は言ったの?」
「それはもう受賞が決まった時点で言ったよ。今日は私がセンパイを上回った証拠の品が来て全校生徒の前でその事実が公になった記念すべき日だから調子乗ってんの」
「調子に乗ってること自分で認めないでよ」
ここまで言い切られてしまうと、風花としても苦笑するしかない。
泉美の受賞した写真は、バレーボールの全国大会で撮影した、哲也のスーパーセーブの瞬間だった。
誰が見ても文句なく、全力でチームの危機を救った選手の写真。
プレーを上方から撮った写真ではあったが、たまたま来賓席が写っていたことと、その来賓が思わず立ち上がった様子が写っていたことが、哲也のセーブが如何に勢いがあったかを証明し、それらの総合的な画面が大きく評価されての受賞となった。
「やべえな、この俺、マジでかっけぇ」
写真部でプリントした写真をまじまじ見ながら、哲也はしみじみ感動している。
「行人は、また渡辺さんを撮ったんだよな。そっちはどんななんだよ」
「俺のはこれ。言っとくけど、審査員特別賞って優秀賞とそんな変わらないんだからな」
行人が差し出したのは、夏に福井で撮った写真ではなく、風花が菊の鉢を抱えている写真だった。
行人と風花の縁を繫いだ板橋区菊祭り。
この年も開催された第六十一回の会場で、園芸部で育てた菊を出品しに受付へ向かう制服姿の風花の姿を撮ったものだった。
神社の背景と美しい巴錦の花と鉢。そしてその鉢を少しだけ汗を浮かべながら持ち運ぶ風花の歩く姿が、これからの菊祭りへの期待を思い起こさせると評価を受けたのだ。
余談ではあるが、写真に写った鉢の菊と風花は、昨年に続き敢闘賞を受賞している。
「なるほどなー。分かる。俺にも分かるよ。これいい写真だわ」
「なー」
「でもそれ以上に俺がかっこよかったってことだろ」
「…………いやまぁ、今回の評価はそうなんだけど」
「何、小宮山先輩、まさかこの風花ちゃんが可愛くないとか言いたいわけ?」
「違うって。渡辺さんが可愛くないなんて言ってないし、行人が俺より自分の彼女の方がいいって思いたい気持ちは分かるけど、ただ今回は客観的な評価として俺と小滝ちゃんのペアの方が審査員の眼にはよく映ったってだけだって話」
「いや、別に私は小宮山先輩とペアになったわけじゃないんだけど」
「何? これから俺のこと、行人にとっての渡辺さんみたいに撮ってくれるんじゃないの?」
「自惚れないでもらっていーですかー。そんなんじゃないですからー」
泉美は冷たく哲也をあしらうが、哲也もめげる様子はなく、行人と風花の眼には、泉美も哲也に付きまとわれることについて、悪く思ってはいない様子が見てとれるのだ。
「でもそーだなー。次の大会では全国優勝してくださいよ。そしたら専属モデルにしてあげてもいいですよ」
「うぐ。渡辺さん。なんか園芸部の一年が俺の傷えぐって来るんだけど」
「泉美ちゃんはもう……ごめんね、小宮山君」
夏の大会で、男子バレーボール部は残念ながら準々決勝で地元の福井代表に敗れ、全国大会での魔王討伐を成し遂げられなかった。
それでも全国初出場でベスト8は十分に誇れる実績であり、璃緒達三年生が引退した後の体制で哲也は副部長として部を率いる立場になり、本当に全国優勝を目指す部として名実ともに認識されているのだ。
とはいえ、ベスト8で敗退したこと自体は悔しさとして哲也の記憶に強く刻まれているため、泉美はなかなかえぐい削り方をしている。
「いや、でもそれじゃあ全国優勝したら俺と付き合ってくれるってことでいいよな!」
「マジで誰もそんなこと一ミリも言ってないけど?」
「だって行人と渡辺さんが付き合ってんなら、俺と小滝ちゃんが付き合ってもよくね?」
「私そんな軽い感じの告白じゃトキメかないんで、二度と私のレンズの前に現れないでください」
「ああ、悪かった、悪かったって」
本気でそっぽを向く泉美に、本気で慌てる哲也を見て、行人と風花はつい笑ってしまう。
「クソ。恋人持ちどもの余裕が憎い」
「小宮山君。そんなことばっか言ってると長谷川さんにまた怒られるよ。それにそろそろ部活の時間じゃない?」
「え? あ、マジか! 行かないと! じゃあな三人とも! あと小滝ちゃん! 言っとくけど俺マジで優勝すっかんな! 吐いた唾吞むんじゃねぇぞ!」
実に軽い捨て台詞とともに部室から逃げ去った哲也を、泉美は呆れた様子で見送る。
「私なんか吐いたっけ?」
「まぁ、吐いてないかな」
「小宮山君もどこまで本気なのか分からないところあるよね」
「でもバレーボールに真剣なのは間違いないから、変に誤解させたまんまだと、その、あいつ本気で優勝してくるかもしれないぞ。放っておかない方がいいんじゃないかな」
「それならまぁ、逆に評価してもいいかなって気にはなるから、放っておいた方が面白そう」



