魔剣少女の星探し 十七【セプテンデキム】 1
序ノ一 十七 ⑥
「ほう!」
グラノスの喝采の声と共に、二つの音が同時に響く。一つは男が腰の鞘を後ろ手に背後に振り抜き、背中から斬りつけた
魔剣とその使い手による双方向からの挟撃。
これこそが、真紅の魔剣のあるべき姿に他ならない。
思考と行動が完全に理合しなければ、己の体と魔剣を独立に操ることは叶わない。手足が考えるより早く自然に動くように、考えるより早く心の中で魔剣を振るう。「魔剣を操る自分」をイメージするのではなく、「魔剣を操るための別な腕を持つ自分」を心の中に想起する。魔剣は己の一部であり、同時に己の一部ならず。剣を持つ自分と持たない自分、その双方を同時に意識の中にコントロールする術をリットは身につけなければならなかった。
一番最初に行う修行はお絵描きだ。右手の人差し指で三角を描きながら同時に魔剣の剣先で地面に円を描く。それが出来るようになれば次はもっと複雑な図形。三角が星になり、リンゴの模写になり、優美な風景画になるに及んでようやく修行は次の段階に進む。
次に行われる修行はじゃんけんだ。右手と魔剣、あるいは左手と魔剣でそれぞれ違う手を出し、勝ち負けを競う。魔剣は上段の構えが石、中段がハサミ、下段が紙と適当に定める。自分で勝ち負けを決めてはいけない。考えてはいけない。けれども何も考えずに手を決めてもいけない。手を操る自分と魔剣を操る自分──両者をそれぞれ「同時に別々に」想起し、双方の勝敗が完全に均等になって初めて基礎的な型の稽古を許される。
リットが母に言われてこの修行を始めたのは四歳の誕生日。
そこから、魔剣がかろうじて自分の一部となった感覚を得るのに六年と二ヶ月かかった。
男の胸を狙う肘の一撃と背後から斬りつける真紅の魔剣の一撃、二つの攻撃を前後から完全に同時に叩きつける。その双方に対応しようと男が身を捻り、肘の先端から体を逸らすと同時に振り返りざま手にした蒼銀の魔剣を背後の真紅の刃目がけて水平に
だがその動きの全ては最初から承知の上。
甲高い金属音と共に弾かれた
跳躍と同時に
ぬぅ、と
宙に一転した長大な刀身が、リットを置き去りに眼下の男目がけて落下。
陽光に煌めく真紅の刃が、大気の唸りと共に男の頭上に神速の斬撃を振り下ろす。
グラノスは石畳の地面を強く踏みしめ、両手に構えた
続けざまに響く衝撃音。
自由落下に任せて叩きつけたリットの蹴り足が全体重をもって
グラノスがぎり、と奥歯を鳴らし、右膝を地面につく寸前で踏みとどまる。だが耐えきれない。二つの刃がぶつかり合う衝撃に加えて軽いとはいえ人間一人分の重み。ありとあらゆる力が男の腕に同時に加わり──
鈍い音。
剣を握った男の右腕が、あらぬ方向に折れ曲がる。
取った、という刹那の思考。が、次の瞬間、氷を押し当てられたような
手元に引き戻した
「……お見事」
底冷えするような男の声。
魔剣使いグラノスは力を失った右腕を体の脇に無造作に垂らしたまま、左手一本で握った大太刀を肩に
「されば一手、御指南願う。……いまだ拙い身なれど、ザンゲツ家伝来の剣の極み、お見せ致す」
無意識に喉を鳴らす。
目がまだ死んでいない。
いや、片腕が折られたことなど気にすら留めていない。
魔剣使いの能力は己が身につけた剣の技と、魔剣が一振りに一つずつ備える超常の力、その掛け算によって決まるのだと母に習った。勝敗は使い手の技のみによっては決まらず、魔剣の格のみによっても決まらず。戦いはまだようやく半分。ここからは、互いの魔剣の権能を披露する時間だ。
大きく深く息を一つ。
リットは
「待って待って! 待ってくださいにゃ!」
不意に、通りの向こうから甲高い声。ぬ? とグラノスが
頭の上の黒い三角耳が、慌てふためくようにぱたぱたと動く。
少女は二人の魔剣使いをあわあわと見比べ、グラノスに駆け寄るなり魔剣を持つ男の左腕にしがみつき、
「お、おやめくだされ! ミオン殿、何を!」
「落ち着いてくださいにゃグラノス
*
赤と黒のお膳に置かれた鮮やかな色彩の皿から、ほわりと湯気が立ち上った。
どうぞお召し上がりを、というグラノスの言葉に、リットは思わず喉を鳴らした。
今日はいったいどういう日なんだろう。昼に鴉の寝床亭であんなに
これは軽い前菜のような物で、この後も次々に料理が運ばれてくるらしい。
ありえない話だ。やはり何かの間違いではないだろうか。
「あの……良いのですか? 食べても。本当に?」
おそるおそる問うリットに、向かいの席のグラノスが「無論ですとも」とうなずく。男もリットも椅子ではなく、綿を詰めたクッションを床に直接置いてその上に足を曲げて座っている。草を編んだ不思議な感触の床は独特な良い匂い。柱も天井も何もかもが
お膳の上にはフォークやナイフの代わりに細長い木の棒が二本。エイシア大公国の宮廷料理は「箸」というこの棒を使って食べるのだと幼い頃に母に教わった。その時は絶対に冗談だと思ったが、こうなってみると作法を一通り叩き込んでくれた母に感謝しかない。
箸をぎこちなく動かして、一番手前にある小さな四角い肉を口に運ぶ。
たちまち
思わず、ほう、と息を吐くリットにグラノスがようやく破顔し、
「
「え、そんな……」