魔剣少女の星探し 十七【セプテンデキム】 1

序ノ一 十七 ⑦

 なんだか恥ずかしくなってうつむく。確かに自分が男の腕を一方的に折るという展開にはなったが、実のところ二人の実力は勝負の結果ほどには離れていない。あのまま戦い続け、互いに魔剣の権能を解放していれば、最後に立っているのが自分だったとは言い切れない。

 おそらくそれはグラノスも承知のはず。

 その上で自分より十は若いリットの腕をたたえ、こうして宴席まで設けてくれるのだから、こっちの方が恐縮してしまう。


「それであの、グラノス卿、お怪我の具合は……」


 おそるおそる問うリットに、男は怪我? と首を傾げ、すぐにまた笑い、


「この腕の事ですか! なに、心配はご無用! 当方には治癒専門の魔術師が幾人もおりますれば、このような骨折などほれこの通り!」


 包帯に包まれた腕を上下に動かし、あいたたと顔をしかめる。

 と。


「ザンゲツ殿、酒が過ぎますぞ」男の隣、エイシア風の装束に身を包んだもう一人の男が頭を下げ「リット殿。当方からもお礼申し上げる。よく、あの賊を退けていただいた」


 陰気な顔で呟くこの人物はジェレミア・ハクロウ。そもそものきっかけになったあの壊れた馬車に乗っていた、エイシア大公国本国からの特使だ。グラノスとは同い年くらいという話なのだが、痩せすぎな上に髪にも若白髪が交ざっていてどうにも年齢がわかりにくい。そんな男は今ひとつ感情のこもらない視線をリットの背後に横たわる十七セプテンデキムに向け、


「どうぞよいはゆるりとお過ごしあれ。不足があれば、女官にお申しつけいただければ何なりとご用意いたす故」


 セントラルの街の東地区、エイシア方面に通じる門と中央の大聖堂を結ぶ参道の途上にこのエイシア大公国大使館はある。大通りでの立ち合いの後、誤解が解けたグラノスに是非にと乞われてリットはここまでやってきた。さっそくうたげの準備をと慌ただしく走り回る女官達。一度はこっそり逃げだそうかとも考えたリットだったが、お食事の前に湯浴みをと言われてその考えを改めた。

 エイシア風の浴室は全てが良い香りのする木造で、広くて、清潔で、お湯もたっぷりで、とにかく何もかもが素晴らしかった。石鹼も香油も使い放題で、薬草を煮出した特別な液だの肌が滑らかになる魔術装置だのと見たことの無い手入れの道具までそろっていた。身支度のための女官が五人も集まってあれやこれやとしてくれるのは正直かなり恥ずかしかったが、おかげで今までやったことも無いような複雑で綺麗な形に髪を結ってもらうことも出来た。

 着ていた服も洗濯してもらい、代わりに典礼用だという立派な衣装を貸してもらった。

 ふわふわとした色鮮やかな布を何枚も重ねた衣装はほのかに花の香りがして、お姫様にでもなったみたいな気分。


「それでジェレミア卿」何皿目かの料理を平らげ、ようやく人心地ついたところでそうしんの男に向き直り「お聞きしたいのですが、あの賊はいったい?」

「正体は不明……なれど、目的は明白にて」男は部屋の隅に控える衛士の一人に目配せし「当方がエイシア本国より護送して参った物。間違いなく、これを狙ってのことかと」


 軍服姿の男女数名が大きな魔術装置を抱えて部屋に入ってくる。

 装置の大部分を構成する直方体型のガラスの器に横たわるのは、抜き身の状態で幾重もの光る魔力文字の結界に包まれた両刃の剣。


「魔剣、ですか?」


「左様」ジェレミアはうなずき「お気を付けあれ。主を失ったはぐれの魔剣。封印は施しておりますが、かつに触れればどのような災いが降りかかるか」


 無意識にのばそうとしていた手を慌てて引っ込める。魔剣は一代に一人、誰にも不明な理由で主を選ぶ。主以外の者の手にある魔剣は全ての力を失って紙一枚斬ることすら出来なくなるのだが、加えて、ほとんどの魔剣は許しも無く柄を握ろうとするやからに危害を及ぼす。

 魔剣を盗もうとして不可思議な力に心臓を潰された盗賊のおとぎばなしは、リットも寝物語に母に聞かされて知っている。

 では、魔剣使いはどうやってその危険な魔剣を最初に手に取るのか。

 簡単な話。

 例えばリットがそうであったように、剣を一目見た瞬間にこれは自分の一部だとわかるのだ。


「あの……『はぐれ』ということは、持ち主の方は」

「地下遺跡にて、この魔剣を抱いたまま事切れておりました」これにはグラノスが答え「北方連邦国ルチアが我が国の内情を探るために送り込んだ間者の一人です。長らく文官として大公家に仕えておりましたが、その時は魔剣使いではなかった。……戦争が終わるぎわに正体が露見して行方を暗ましたのですが、おそらくは山中を彷徨ううちに遺跡に迷い込み、そこで魔剣を抜いたところで力尽きたのではないかと」


 太古の昔に彼方の神によって六万六千六百六十六本が創造されたという魔剣は、最初は全てが大陸中に点在する地下の遺跡に安置されていたのだと聖門教の神話にはある。二千年にわたる戦争の間には多くの魔剣が掘り出されたが、それでもまだかなりの数が地下に埋もれたまま眠っているはずだと言われている。

 そういった魔剣は例外なく太古の魔術装置に突き立つ形で眠っていて、主が柄を握らなければ何をやっても抜くことが出来ない。

 男はたまたま地下遺跡に迷い込み、たまたま自分が抜くべき魔剣と出会い、そこで死んだ。

 本当に、そんな偶然があるだろうか。


「つまり、賊はその魔剣を狙ったということですか?」色々と納得がいかない気持ちでリットは首を傾げ「主もいない魔剣を奪ってどうしようと? ……いえ、そもそもジェレミア卿はどうしてこの魔剣をセントラルに? はぐれの魔剣なら、王宮の保管庫に収蔵しておくべきなのでは」


 ふむ、とジェレミアが空になった小さな杯をお膳に置く。

 男は両手を床につき、リットに向かって頭を下げ、


「実は、それについてリット殿にお頼みしたいことが一つ」



 高らかな鐘の音が、部屋に一つきりの窓から響いた。

 石造りの殺風景な控え室。リットは傍らに浮かぶ十七セプテンデキムの刀身にそっと手を当てた。

 教導騎士団の訓練や対抗試合の際にも使われるのだという部屋は木のテーブルに椅子が一つきりで、壁の棚には魔術式の銃や練習用の木剣、あるいは鉄の剣がきちんと並べられている。たとえ魔剣使いでなくとも、剣の扱いは兵士にとって欠かすことの出来ないたしなみの一つ。その点は、このセントラルでも変わらないらしい。

 ふと、床に誰かが置き忘れたらしい剣の存在に気付く。

 歩み寄って両手で丁寧に取り上げ、そっと棚に収める。

 昨日のグラノスとの戦いに続いて二日連続での決闘とはなるが、エイシア大使館で歓待を受けたおかげか気力体力共に充実している。これなら実力を出し切ることが出来るだろう。旅の間に薄汚れてしまった服も綺麗に洗濯してもらって本来の色合いを取り戻した。いつも通りに三つ編みに結った長い髪。グラント家の家紋入りの外套も白を基調にした鮮やかな色彩に輝いている。

 胸には、薄桃色の花が一輪。


 この花を散らされれば、そこで勝負ありだ。


『つまり、魔剣が見つかった状況が問題なのです』


 グラノスとジェレミアから受けた説明を思い出す。魔剣が安置されていた遺跡は東方大公国エイシアの間のちょうど国境線上、両国が戦後に定めた緩衝地帯の中にあった。魔剣の主となった男は間者として追われる身であり、命を失った時点では東方大公国エイシアの民では無かった。さらには男の雇い主であったはずの北方連邦国ルチアが「そのような人物は知らない」と関与を否定したことで男はどこの誰とも知れぬ何者かとなり、主を失った魔剣の所有権がエイシアオーストの両方に発生することとなってしまった。

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