魔剣少女の星探し 十七【セプテンデキム】 1

序ノ二 山嶺 ⑦

 刃を一つ叩き落とせば二つ、二つ叩き落とせば三つ。その間にも魔剣の主である赤毛の少女は片時も足を止めない。自らが操る刃の影に潜み、その刃を足場にし、時には自身をおとりに刃の攻撃を生かして、クララが山嶺モンストウルムの重さを変化させる瞬間、その刹那の隙に次々に致命の一撃を叩き込んでくる。

 ほんの一振り、一挙動、髪の毛一筋ほども動きを誤れば、その瞬間に胸の花は散らされる。

 息を吐く暇さえありはしない。

 それが、うれしくてたまらない。

 ……なんて、なんて美しい……

 お前には天性があるのだと両親は言った。大人であろうと男であろうと、クララ・クル・クランには誰も敵わなかった。努力も工夫も必要ない。ただあるがままに柄に手を添え、ただあるがままに刃を振るえば勝利はおのずから手の中──今日、この瞬間まで、クララにとって剣とはおよそそのような物だった。

 勝って当たり前、自分の方が優れて当たり前の手慰み。道に落ちている銅貨を拾うことを誰が面白いと思うだろう。あらかじめ用意された勝利をただ花を摘むように手折ることをどうすれば楽しむことが出来るだろう。

 決闘なんて、魔剣なんてつまらない。こんな物、何も一つも面白くなどない。

 けれど、もしそれだけでは勝てない相手が現れたなら?

 創意を、工夫を、努力を、死力を尽くさなければ相対することが出来ないほどの敵手に、出会うことが出来たなら?

 ……この人、面白い……!


 自分が笑っていることにクララはようやく気付く。微笑ではない、花が咲くような心からの笑顔。後方に一転、身を翻して地を這う姿勢で着地。そのまま勢いに任せて再び地を蹴り、頭上から飛来する六振りの刃を一呼吸のうちに残らず叩き落とす。

 楽しい。知らなかった。これはこんなに楽しい遊びだったのか。刃は絶え間なく襲い来る。山嶺モンストウルムは光の尾を引いて自在に舞う。けれども足りない。このままでは遊びが終わってしまう。「重さ」と「軽さ」だけでは、いずれ十七振りの魔剣の物量に押し潰されて踊り続けることが出来なくなってしまう。

 それならば。


「いざ、参りますわ──!」


 宙に翻った六振りの真紅の刃が甲高い風切り音を纏って正面から襲い来る。重心を低く、駆け出す直前の姿勢に。右手に構えた山嶺モンストウルムのガラス質の刃で目の前の空間を水平に薙ぐ。緩やかに弧を描いた半透明の切っ先は狙い違わず目前にまで迫った魔剣の最初の一振り、必殺の威力を備えた刃に左の側面から接触し──

 ……『されば天地は裏返り』……

 瞬時に爆発的な推力を獲得した体が、真紅の魔剣に後ろに弾かれるのでは無く反対側、魔剣に吸い寄せられるように前へと動き出す。山嶺モンストウルム十七セプテンデキムの接点を中心に、鋭く弧を描くように。真紅の刃の斬撃を紙一重ですり抜けたクララの体は続けて振り下ろされる五振りの魔剣の向こう、赤毛の少女目がけて跳ねるように疾走する。

 重い物に力を加えれば物はゆっくりと動く。軽い物に同じ力を加えれば物はより速く動く。重さのないものに力を加えれば物は永遠に止まることなく動き続ける。山嶺モンストウルムを預かる者が最初に学ぶ世の理だ。

 では無よりもなお軽い物、この世に存在しない「負の重さ」を持つ物に正面から力を加えればどうなるか?

 答は簡単。その物は、加えられた力に対して正反対に、相手に真っ直ぐ向かっていく方向へと動き出す。

 山嶺モンストウルムが踊る。たおやかなガラス質の刃が襲い来る真紅の刃を次々に弾き、その度に前へ前へと速度を増していく。並みの使い手ならば動きについていけずに足を引きちぎられる。並みの達人であっても速度に耐えきれずにとうに足を止めてしまっている。

 その速度に抗うことなく優雅に、鏡に跳ね返る光のように地を駆け抜ける。クララの天性が、いかなる達人も及ばぬ神域の足捌きが、転ぶことはおろか足をわずかにもつれさせることさえも許さない。

 これこそ、今日まで誰にも見せたことのない奥の手。

 開祖ウォルフ・ウル・クランの秘伝書に「質量の反転」とのみ記された、クラン家伝来の剣術の秘中の秘。


 ……『我が剣は空よりもなお軽い』……!

 瞬きさえ許さぬ刹那のうちに、全ての攻撃をかいくぐった足はすでに赤毛の少女の前。

 ぼうぜんと目を見開いた少女──リットが、すぐにその顔に花が咲くような笑みを浮かべる。

 周囲に残る十の魔剣と少女の手なる一振りの魔剣、都合十一の刃が同時に翻る。神速で振り下ろされる最初の斬撃に山嶺モンストウルムを下から斬り上げるように合わせ、衝撃を反転して少女の頭上高くへと飛び上がる。重さを消した足で漂う真紅の刃の上を次々に飛び渡り、瞬時に身を翻してリットの後方、完全な死角目がけて光の矢のように飛びかかる。

 同時に翻る十六の真紅の刃。今の一連の攻防ですでに何かを察したのだろう。少女は複数の刃の軌跡を複雑にからみ合わせ、剣の上を渡る道と剣の衝撃を反転して加速する道、その双方を塞ぐ位置にクララを取り囲む。

 迷うことなく、一直線に突き込んだ刃に衝撃。

 リットの手に残った十七セプテンデキムの最後の一振り、真紅の光をまとった闇色の刃が山嶺モンストウルムと絡み合い、互いにつばり合いの形で動きを止める。


「踊りましょう?」


 少し気取って小首を傾げて見せ、答を待たずに身を翻す。重く、軽く、無よりも軽く、また重く。雪崩を打って襲い来る十七の刃を叩き落とし、いなし、衝撃を反転して踏み台代わりに使い、嵐に舞う木葉のように刃の雨の中を駆け巡る。クララにとってさえも容易い動きでは無い。足を止めずに動き続けられるのはあと何呼吸か。数えようとして止める。どうでも良い。こんな楽しい時間が終わる時のことなど、考えたところで始まらない。


「もっとですわ──!」


 軽さから重さからまた軽さから重さへ。精妙な剣捌きと重量の変化によって真紅の刃を四枚まとめて山嶺モンストウルムの切っ先に絡め取り、


「もっと、もっと、もっともっともっともっとわたくしを楽しませてくださいまし!」

「お望みとあれば!」


 叫び返したリットが駆け出すと同時に手にした闇色の魔剣を空中高くに放り投げる。主の手を離れた魔剣が唸りと共に旋回し、クララの首筋目がけて神速の斬撃を見舞う。山嶺モンストウルムの刃でその切っ先を弾いた時にはすでに少女の色鮮やかな外套は目の前。正面から迫る蹴り足に呼吸を合わせるようにして、頭上から十六の刃が降り注ぐ。

 くすりと、どちらからともつかない忍び笑いの声。

 二人の視線が陽光の下に絡み合い、翻った真紅と淡青色の刃が交差し──

 舞い降りる、二人のいずれの物でもない足音。

 とっさに動きを止めるクララとリットの頭上を飛び越えて、黒い装束が風にたなびいた。

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