魔剣少女の星探し2 魔剣名鑑

章前 彼方の空に星を見る

 星を眺めるのが好きな人だった。

 幼い日の記憶の中、思い出す姉の笑顔はいつも、まばゆい星の光に照らされて輝いていた。

 結社が大陸中に用意した拠点の一つ。森の奥に隠されたしきの二階には大きな丸い天窓があって、晴れた日の夜には無数の星々が見えた。そんな夜、姉はいつもベッドの端に腰掛けて、小さな自分を膝の上に座らせてくれた。

 そうして、二人で星を見上げた。

 遮る物一つ無い闇の向こう、またたく光の洪水は何もかもをみ込んでしまうようで、少しだけ怖かった。


『……空の向こうのうんと遠い場所にはね、お星様の世界があるの』


 姉の言葉は何だか不思議で、自分はいつも心の中で首をかしげていた。空の向こうも何も、星はちゃんと頭の上にあってあんなにまぶしく輝いている。「向こう」とはどういう意味だろう。何度もたずねてみようと思ったけれど、一度も聞くことが出来なかった。夜空を見上げる姉の瞳は宝石みたいで、その透き通る光を見ていると難しいことやよく分からないことはどうでもよくなってしまうのだった。


『聖なる門の向こうは、お星様の世界につながってるの。そこは神様の国。いつか私達はその国にたどり着いて、神様をお迎えするの。そうして、この世界の悪い物や間違った物を全部れいにして、天国を作るの』


 ──姉さんも、お星様の世界に行くの?──

 柔らかな胸に頭を預け、天窓の向こうの夜空を見上げたまま問う。

 うん、と姉はなんだか疲れたような息を吐き、


『それが私達の使命。結社が三千年の昔から受け継いで、たくさんの人達が命をしてきた、私達の願い』


 ──じゃあ、ボクも一緒に行くよ!──

 膝に座ったまま振り返り、幼い自分が無邪気に笑う。

 姉は目を丸くし、何度かまばたきして、それから小さくほほみ、


『……ソフィアちゃんは、いいの』


 何だか悲しそうな、泣いてるみたいな笑顔。

 細い腕が妹の小さな体を背中からそっと抱きしめ、


『お星様の世界になんか行かなくても、ソフィアちゃんはこの世界で、ソフィアちゃんだけのお星様を探して良いの』


 ──姉さん?──

 返る言葉は無い。

 何かとても悪いことを言ってしまったような気がして、自分はとっさに細い腕を抱きかかえ、

 ──お歌、歌ってよ。姉さん──


『……いつもの歌ね?』


 ゆっくりと深呼吸を一つ。夜の静寂の中に最初の音が流れる。自分が一番好きな歌。大陸全体の統一言語である公用語とも四大国それぞれの言葉とも違う、聞いたこともない不思議な歌。透き通る歌声は綺麗なのになんだか寂しくて、どこか遠い山の上で一人きりで月を見上げているみたいな気持ちがした。

 ──もっと。もっと歌って──

 ええ、とうなずく姉の横顔を肩越しに盗み見る。

 星明かりに輝く、自分と姉、二人分の長い銀色の髪。

 ソフィアは目を閉じ、柔らかな胸に頭を預けた。

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