魔剣少女の星探し2 魔剣名鑑
序ノ一 豊穣の大賢人 ①
ロクノール環状山脈の雪深い高峰に抱かれる聖地セントラル。百万の人々が暮らす広大な街区の南東、編み目のような細い路地を抜けて小さな橋を三つ渡った先。参道の
目印は軒先に揺れる黒い鳥の看板。手頃な広さの店内は石造りの二階建てで、一階が酒場と共用の浴場、二階が五部屋の客室。店主は物静かな初老の男で、客の応対や
一見するとどこにでもある宿屋兼酒場という
そんな店の状況が大きく変化したのは一ヶ月前。セントラルに新たに誕生したとある
依頼受け付けのために酒場の隅に用意された小さなテーブルには、様々な種類の依頼書が毎日のように積み上げられた。農場に住み着いてしまった竜の討伐に、ロクノール山に新たに発見された遺跡の調査、あるいは街を騒がす盗賊団の捕縛──もちろんセントラルの街には他にも大小合わせて百以上の
忙しくも充実した日々が
そんな、今日。
鴉の寝床亭では、ちょっとした問題が持ち上がっていた。
*
「リット様にクララ様にソフィア様。三人とも、そこにお座り下さいにゃん」
両手を腰に当てたミオンが、憤然と胸を張って宣言した。
ソフィアは、うっ、と身を縮こまらせ、おそるおそる椅子に腰掛けた。
朝を迎えたばかりの酒場に客の姿はなく、丁寧に掃き清められた石造りの床が窓から差し込む朝日に
そんな店の真ん中。
なぜかぎちぎちに三つくっつけて並べられた椅子に座るソフィア達三人の正面、小さな丸テーブルの向こうで、いつものメイド服姿のミオンが
「拙が何を言いたいか、ご説明しなくともわかりますにゃんね?」
うぅっ、と思わず顔を伏せる。
テーブルの上には銀貨が三枚に銅貨が少し。
このわずか数枚の貨幣が、
「……ど、どなたかの数え間違い、という可能性もあるかと思いますの!」
左隣の席からうわずった声。華麗な黄色いドレスにふわふわの金髪の少女が唇に指を当ててわざとらしく、んー、と天井を見上げる。
クララ・クル・クラン。
「ほら、素敵な殿方にいただいた贈り物を大切にしすぎてどこに仕舞い込んだかわからなくなってしまう、なんてこともありますわよね? ですから、引き出しの中とかベッドの下とか、そういうところに金貨の一枚か二枚くらいは」
ミオンの黒い尻尾が丸テーブルをぺしんっ! と叩く。クララが「ひゃん!」と身をすくませ、釣られてソフィアもいっそう低く顔を伏せる。
すごく怖い。
と、反対側の隣の席で「……ごめんなさい」と沈んだ声が
「まさかギルドのお財布がそんなに大変なことになっていたなんて。
長い赤毛を三つ編みに結わえた少女がどんよりとうつむく。
リット・グラント。
真紅の魔剣「
「街での暮らしはどうも勝手がよく分からなくて、ギルドの経理もミオンに任せきりにしてしまって。……
「リットさんは悪くありませんわ!」
クララがめずらしく血相を変えて立ち上がる。ソフィアも「そうだよ!」と身を乗り出し、
「仕方ないって! あれにそんなにお金がかかるなんて知らなかったんだから!」
勢い込んで指さすテーブルの上には、黒くて小さな宝石。
小指の先程の魔力石に金細工の装飾を施したその石は、一般に「魔力電池」と呼ばれている。
セントラルに限らず四大国のどこであっても、人々の暮らしというものは様々な魔術装置によって成り立っている。通りを行き交うゴーレム馬車や魔導車は言うに及ばず、夜道を照らす街灯や生活用水の循環を支える水道網なんかもそうだ。ことに、魔術装置の技術が発達したセントラルではその傾向が強い。家の掃除や洗濯、果ては役所での簡単な手続き一つに至るまで。例えば店の奥に無造作に転がっている木の
そして、そうした装置は全て、魔剣使いには扱えない。
およそありとあらゆる魔術装置というものは「使う者の魔力を動力として利用する」ことを前提に設計されていて、持って生まれた魔力を残らず魔剣に吸い取られる魔剣使いの都合は考えられていない。
魔術装置というのは要するに「本来なら正しい訓練を積んだ魔術師が複雑な工程を経て構築する魔術を、魔力を流し込むだけで誰でもすぐに発動出来るようにした」道具だ。人間というのは誰でも生まれながらに魔力を持っているわけで、どんなに魔術が下手な人でも魔力の量自体が極端に少ないということは普通はないのだから、それを便利に活用しようという発想におかしなところは何もない。
だが、ソフィア達にとっては大問題。
四大国の王都で貴族として使用人に



