魔剣少女の星探し2 魔剣名鑑

序ノ一 豊穣の大賢人 ②

 そこで登場するのが目の前のテーブルに転がっている「魔力電池」だ。小指の先程の大きさのこの黒い宝石を専門の魔術道具屋に持っていくと、決まった量の魔力を中に詰めてくれる。セントラルに普及している生活用の魔術装置はだいたいがこの魔力電池をはめ込むためのスロットを備えていて、おかげで魔剣使いも普通の人と同じように種々の便利な装置の恩恵にあずかることが出来る。

 この魔力電池というのが、思いの外、高い。

 決して法外というわけではなく、ソフィア達を気に入ったという魔術道具屋の店主の老人は割引もしてくれるのだが、それでも一日に一人あたりおおよそ銀貨八枚。毎日毎日補充していれば出費はみるみるうちに膨れあがっていく。


「だいたい、この街って何でもかんでも魔術装置頼みすぎるんだよ! 田舎の村とかなら一月に銀貨十枚もあれば足りるのに!」勢い任せに立ち上がって赤毛の少女の手を取り「だからリットのせいじゃない! ぜったいに違うって!」

「本当、ですか……?」

「もちろん本当ですわ」いつの間にか椅子の反対側に回り込んだクララがリットのもう一方の手を取り「ですから、どうかお顔を上げてくださいまし。わたくしも反省しました。今日からは質素倹約。共に力を合わせて、この難局を乗り越えて参りましょう」

「クララもソフィアもありがとうございます!」リットは目尻の涙を指で拭い「そうですね。母も『昨日を悔いるのではなく、反省を明日に生かしなさい』と言っていました。この失敗をかてに、またたくさん依頼をこなしていきましょう」

「ですわね」

「だね」


 三人で元気に右腕を振り上げ、おーっ、と高らかに宣言する。

 が。


「……それだけではありませんにゃんよね?」


 ぼそりと、独り言のようなミオンの声。

 ぎくりと動きを止めるソフィア達の前、小さな丸テーブルの向こうで、ロクノール山脈に吹き荒れる氷雪嵐のような視線が三人の魔剣使いを無慈悲に見据え、


「皆さま、ご自分がこの一ヶ月でどれだけお金を稼いだか数えておられないのですにゃんか? 魔力電池の代金に食費、その他もろもろの雑費、ぜーんぶ差し引いてもお一人あたり金貨百枚は残っていたはずですにゃん! その! お金は! どこにいったんですにゃん!」


 金貨一枚は銀貨千枚。百枚なら銀貨十万枚。ありとあらゆる物が高額なこのセントラルでも、それだけあれば四人家族が一年は遊んで暮らせる。

 リットとクララと顔を見合わせ、振り上げた拳をゆっくりと引っ込める。

 おそるおそる元の椅子に腰を下ろす三人の前で、腕組みしたミオンが無表情のまま頭の上の三角耳をすごい勢いで小刻みに揺らし、


「では、順番に言い訳をお聞きしますにゃん。まずはクララ様」

「わ、わたくしは何もやましいことなどありませんわよ?」金髪の少女はこれ以上ないというほど完璧な姿勢で背筋をのばし、ふと視線をらして「……ありませんけれど、ほら。を立ち上げるとなりますと色々と物入りですわよね? ですから、わたくし、表通りのお店でこれはと思った品をそろえて参りましたの」


 少女のすみれ色の瞳が、かべぎわに積まれた幾つかの木箱をそれとなく示す。

 ソフィアは、ん? と首を傾げ、


「そういえば聞いてなかったけど、あれ何?」

「三百年前の西の名工、エミール・ラリック作の花瓶ですの!」クララは、よくぞ聞いてくれました、とでも言うように胸の前で手を叩き「生けた花が月夜の晩に光り輝くと言い伝えられる至高の一作ですのよ。北東地区のこつとう品のお店に並んでいるのを見つけたのですけれど、よくよく確かめてみましたらまさかの真作で、受付のテーブルに飾るのにぴったりかと思いまして!」


 隣のリットと顔を見合わせ、二人して立ち上がるなり箱に駆け寄る。有り得ないほど精緻な細工が施されたガラスの花瓶を赤毛の少女と一緒にうわぁと見下ろし、箱の隅に貼られた値札のゼロの個数を何度も間違えそうになりながら数え、


「……クララ。あの、あのさ。聞きたいんだけど、ここにある箱ってみんな……」

「どれもこれも、北方連邦国ルチアの王宮に飾られてもおかしくない逸品ぞろいですわ」少女はたおやかにほほみ「魔剣と同じく、にも格というものがあるとわたくし思いますの。一流のギルドにはそれに相応ふさわしいギルドホールを。もちろんわたくしもですけれど、何よりリットさんとソフィアさんに見合う調度品となりますとこのくらいは必要かと」


 うっとりと胸の前で両手を組むクララを遠くから眺め、何とも言えない気持ちでリットと顔を見合わせる。これまで深く考えたことがなかったが、クララは本来なら北方連邦国ルチアでも有数の大貴族の次期当主。もしかすると、いちいち物の値段を気にする生活などこのセントラルに来てからが初めてなのかもしれない。


「今さら返品……というのもギルドの信用に関わりますし、諦めるしかないですにゃんね……」ミオンはこめかみに指を当てて、ううう、とうなり「次はソフィア様、と申しましてもソフィア様については調べがついておりますにゃん。この一月、表通りのありとあらゆる高級店を遊び歩き、ありとあらゆる高いお酒を見ず知らずの方々におごってまわった。間違いありませんにゃんね?」

「うえぇっ──?」どうしてそれを、とソフィアは目を丸くし「そうだけど! でもあれは遊んでたんじゃなくて……だから、何て言うか……」


 弁明の言葉が早々に尽きてしまい、視線を逸らしてうつむく。リットとクララが何かを察した様子で口を開きかけ、すぐに困ったように顔を見合わせる。

 ミオンの言うことは正解だ。確かに自分はこの一月、参道沿いの酒場を目に付く端から渡り歩き、出会う人に次から次へと酒を奢ってまわった。

 目的はもちろん「銀の結社」について探るため。

 リットとクララに初めて出会った二ヶ月前の事件。七つの厄災の一柱が降臨したあの出来事は結社の新たな動きを示す予兆に過ぎないというのが、ソフィアの考えだった。

 魔剣戦争の末期に壊滅し、本体である『幹』を失った結社だが、世界にはまだ多くの『根』が残っている。東西南北の四大国の王家は組織の残党の動きに目を光らせているから、彼らが次に大規模な計画を実行に移すとしたら舞台は王家の権力が及ばないこのセントラルをおいて他にない──そう考えたソフィアは手がかりを求めて夜な夜な街へと繰り出した。

 初めのうちはそれでも巡礼の旅人や裏通りのごろつきなんかが集まる安酒場をのぞいていたのだが、めぼしい情報はさっぱり得られない。そうなると、次に狙うのは通商連合の幹部や大きなギルドのメンバー、あるいはお忍びで訪れた聖門教の司祭などが通う高級店。そういう店はそもそも椅子に座るだけでも法外な入店料を取られる上に、これはと思った人に酒を一杯奢る度に銀貨や金貨がみるみるうちに飛んでいった。

 悲しいことに、そんな努力と多大な出資の結果、手にした収穫は無し。

 もちろん情報収集のついでに「夜明けの星ステラ・アウロラ」の名も売ってまわったからギルドにとって完全なマイナスというわけではないのだが、冷静に考えれば確かにお金を使いすぎた。


「ソフィア様がそんなに夜遊びがお好きとは知りませんでしたにゃん。この鴉の寝床亭のディナーはお気に召さないのですにゃんか?」

「そんなことないよ! 揚げ魚好きだし! パンとか鳥肉とか、店長の料理最高だよ!」


 ああもう、と酒場の天井を仰ぐ。結社のことなど知るはずもない猫耳メイドの少女に自分の目的を話すわけにはもちろんいかない。リットとクララも困った様子で目を白黒させている。


「……まあ、済んでしまったことは仕方ありませんにゃんね」


 と、急に深々とため息。

 少女は腕組みのまま視線を最後の一人に移して、うぬぬぬぬぬ、と首をひねり、


「わからないのはリット様ですにゃん。クララ様みたいにお買い物をしたわけでもなければ、ソフィア様みたいに遊び歩いたわけでもない。金貨百枚なんて大金、どこにやってしまったんですにゃん?」


 そういえば、とクララと一緒に首を傾げる。


「ああ、それなら」そんなソフィア達に、リットは事もなげに「貸しました」

「……貸した?」



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