魔剣少女の星探し2 魔剣名鑑

序ノ一 豊穣の大賢人 ③

 その場の全員の声が完璧に重なる。

 思わず顔を見合わせる三人に、リットは「はい!」と元気よくうなずき、


「実は先日の依頼で知り合った魔術道具屋さんに頼まれて、お店の隣の酒場の店員さんの奥さんのお父さんのお知り合いの鉄道馬車の御者さんという方から相談を受けたのですが」


 一息。


「その方のおさんのお姉さんの旦那さんのお兄さんのお子さんのお向かいの大工さんのの娘さんという方が重い病気でとても困っているそうで、すぐに金貨百枚を用立てなければ命にかかわ」

だまされてる! それすっごく騙されてるよリット!」


 えっ、と赤毛の少女の声。

 ミオンががっくりと膝をつき、丸テーブルに突っ伏して、


「……よくわかりましたにゃん。……ええ、よーっくわかりましたとも」ずるずると引きずるようにして顔を起こし「今後は皆さまのお財布は拙がまとめて管理しますにゃん。酒場巡りは禁止。変な道具を買ってくるのも禁止。見ず知らずの人にお金を貸すのも禁止。おやつは二日に一回ですにゃん」


 クララと顔を見合わせ、揃って猫耳メイドの少女に向き直り、


「あの……あのさ、ミオン。あと一軒だけ、どうしても行っときたい店があるんだけど」

「……ダメですにゃん」

「南西地区の家具屋に衣装だんの素晴らしい出物がありますのよ? オスターバーグ作の最高級品で、ベナール高地に百年に一度だけ生える幻の黄金じゆを切り出した」

「ダメですにゃん!」ミオンはものすごい勢いでテーブルを叩いて立ち上がり「皆さま、魔力電池どころか今日食べるご飯のお代もお持ちではないのですにゃんよ? どうなさるおつもりですにゃん!」


 黒い三角耳が小刻みに揺れる。黒い尻尾の先っぽがびったんびったんとテーブルを叩く。ものすごく怖い。いや怖がっている場合ではない。少女の言う通り、なんとか当座の生活費を確保しないと資金難で夜明けの星ステラ・アウロラが流れ星になってしまう。


「何か今すぐに出来る依頼なかったっけ? 竜狩るとか、グリフォン捕まえるとか」

「難しいですわね」クララが首を左右に振り「たぶんですけれど、セントラルで誰も手を付けていなかった依頼はこの一ヶ月の間に残らずわたくしたちが片付けてしまいましたの。しばらくはお仕事を探すのも一苦労ですわ」

「そうなのですか──?」リットが慌てた様子で「ど、どうしたらいいでしょう! いちおう、食べられる雑草と食べられない雑草の見分け方なら母に叩き込まれましたが!」

「リットさん、それは本当に最後の手段にしませんこと?」

「そうだよ! とりあえず、東方大公国エイシアの大使館に行ってみるとか……」


 言いかけた言葉をみ込み、店の入り口に視線を向ける。他の三人も気が付いた様子で、揃って同じ方向を振り返る。

 表の通りの彼方かなたから迫る、ゴーレム馬車のけたたましいひづめの音。

 石畳に降り立つ幾つもの足音に続いて、両開きの木の扉がものすごい勢いで開かれる。


「何事ですにゃんか──────っ!」


 ミオンの悲鳴。美しく掃き清められた床を踏み荒らして、何十人もの男女が店内になだれ込んでくる。いかにもしやだつな黒と赤の礼服に身を包んだ一団。襟元に輝くしようを見るに通商連合に属する商家、それもかなりの高級店の制服らしいのだが、男も女も全員が見事に筋骨隆々な上に山賊もかくやといういかつい顔をしていて全く似合っていない。そんな一団が寸分の狂いも無い三列横隊を組み、黒いブーツのかかとを鳴らして完璧な直立不動の姿勢で右手を胸に当てる。

 思わずぽかんと口を開けることしばし。ソフィアはようやく我に返り、慌てて腰のさやに収めた魔剣「全知オムニシア」の位置を確かめる。リットがテーブルのそばに浮かべていた十七セプテンデキムを手元に引き寄せ、クララが椅子から立ち上がりざま山嶺モンストウルムの柄に手を置き、ミオンがなぜかほうきつかんであわあわとバーカウンターの裏に駆け込む。

 そんな四人の前。

 礼服の一団の先頭に立つひときわきよの男が、刀傷まみれの顔でだいおんじようを張り上げた。


「リット・グラントってのはどいつだ──!」


 その場の全員の視線が、赤毛の少女に集中した。

 反射的に顔を向けるソフィアの前、リットはおそるおそるという風に自分を指さした。


「私、ですか……?」

「おうよ! なるほど、聞いた通りのつらだな!」


 礼服の大男が胸の前で右の手のひらと左の拳を打ち合わせる。男は大股に酒場を横切ってソフィアとリットの前にたどり着き、ぎょろりとした目玉で二人を見下ろして、


「手間かけさせやがって! ……ったく、あの門番のじじい、脅してもなだめすかしてもしこたま酒奢ってもしやべりやがらねえもんだからよ! お前の名前聞き出すのにえれえ苦労したぜ!」

「な、なんだよ! 君達!」


 ようやく、ソフィアは声を絞り出すことに成功する。リットをかばう位置に割り込み、全知オムニシアの柄にいつでも抜けるように指を置いて、


「どこの誰か知らないけど、『夜明けの星ステラ・アウロラ』にけん売ろうって言うなら!」

「あ? 何言ってやがる。こちとら商売の話、いや、損金の取り立てだ!」


 熊のような厳つい手が、ぴっちりとした礼服の裏をあさる。

 男は取り出した帳簿らしき紙の束を魔術で空中に次々に貼り付け、


「そいつがブラッドフォード商会に食らわしてくれた損害ざっと金貨五十万枚! この落とし前を付けてもらわねえことにゃ、こっちも会長の所に帰れんのよ!」

「ご、五十万──?」


 とんでもない金額に驚き、ふと男の言葉をはんすうする。ブラッドフォード商会という名前には聞き覚えがある。セントラルの経済を取り仕切る通商連合の中でも最も大きな四大商家の一つ、との交易を主に扱う組織。一代で成り上がったという会長には幾つもの暗い噂があり、部下も荒くれ者ぞろいで連合の中でも武闘派と名高い──というのは、様々な酒場を渡り歩いて得た知識の一つだ。


「ちょっと待ってよ! 絶対、何かの間違いだって! リットは二月前にセントラルに来たばっかりだし、それからずっとボク達と一緒だったんだよ? 商会に大損させるなんてそんなこと出来るわけ……」

「そう、そこよ!」男はソフィアの言葉を遮ってずいっと前に踏み出し「リット・グラント! 南門の衛兵のじいさんが洗いざらい話したぜ! 今からちょうど二月前。お前がロクノール山を越えてこのセントラルに来る道中で大雪崩を起こして、街道を派手にぶっ壊したってな!」


 えっ、と赤毛の少女の声。

 テーブルの傍で聞いていたクララが「まあ!」と眉をつり上げ、


「言うに事欠いて、なんということをおっしゃいますの? リットさんに限って、そんな悪事に荷担なさるはずがありませんわ!」

「そうだよ! ひどい言いがかりだよ!」ソフィアも憤然と男をにらみ上げ「リットが雪崩起こして街道ぶっ壊したなんて、誰だよそんな失礼なこというやつ!」


 ねえ! と赤毛の少女を振り返る。

 が、返る言葉はない。

 うつむいて黙り込むリットをしばし見詰め、ソフィアは何となく声を潜めて、


「……やったの?」

「…………………………………………はい」少女は消え入りそうな声で「からの旅の途中で野盗に出くわしまして……ちょうどロクノール山の麓まで降りたところで。それで、百人ほど叩き伏せたのですが、大きな音を立てすぎたみたいで……」


 ごめんなさい、と小さな声。

 おそるおそる正面に向き直るソフィアの前で、礼服姿の大男が周囲の部下に顎で合図する。


「おい」

「へい!」


 駆け寄った同じく礼服姿の男女が、広げた布でリットをぐるぐる巻きにする。遮る暇もあらばこそ。あまりのぎわの良さにぼうぜんと見守るソフィアの前で、ブラッドフォード商会を名乗る一団はきにしたリットをよっこいしょとかつげる。



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魔剣少女の星探し2 魔剣名鑑の書影
魔剣少女の星探し 十七【セプテンデキム】の書影