魔剣少女の星探し2 魔剣名鑑
序ノ一 豊穣の大賢人 ⑤
思わずクララと顔を見合わせる。聖門教の四季折々の祭典の中でも、明日から始まる龍日祭は秋の収穫祭と並んで最も重要な物の一つ。「彼方の神」への信仰が薄れた四大国でもこの時期には皆が戦いの手を止めて家々で儀式を行うのが慣わしだが、特に今年、このセントラルで行われる祭りは単なる宗教儀礼という以上の様々な意味を持っている──というのは、街に暮らす者なら誰でも知っている話だ。
魔剣戦争終結後に初めて正式に執り行われる今回の龍日祭は、平和の世の到来を告げる祝祭という意味合いが強い。すでに通りという通りには色とりどりの旗が飾られ、商家の下働きが様々な出し物や屋台の準備に駆け回っている。祭りの期間、巡礼客や街の住人には通商連合から無償で酒や食べ物が振る舞われ、ありとあらゆる広場で聖門教の神話にちなんだ劇やパレードが行われる。人気を博した店には教会から恩賞が与えられるそうで、裏通りの寂れた店までもが目の色を変えている、らしい。
加えて、今回の龍日祭には四大国の王家から王や大公、皇帝の名代として、しかるべき地位の人物が国賓として招かれることになっている。詳しいことは知らないが、終戦後の国同士の関係をもう一度確認し、未来に向けて結束を強めるための話し合いや
いかにも結社の『根』が動きそうな状況だが、今はそれは脇に置いておく。とにかく、大使が言う「高貴なお方」というのがその名代なのだろうということは自分にも簡単に想像が付く。
だが。
「叔父様。いかにクラン家の出とはいえ、今のわたくしは
淀みのない口調で諭すクララに、ソフィアもうんうんとうなずく。四大国は少ないとはいえセントラルに自国の戦力を配備することを許されているわけで、この建物にだって駐在の兵士や魔剣使いが何人もいる。王の名代の護衛ともなれば、本来はそういう人達の務めのはずだ。
「……御本人のたっての希望なのだ」が、フリッツ大使はなんとも難しい顔で「七つの厄災を退けたという名高きギルド『
妙な言い方にソフィアは首を傾げる。ということは、その高貴なお方というのはクララを知っている人物ということなのだろうか。
横目にちらっと隣の席をうかがうと、首を傾げていた少女がすみれ色の瞳を急に丸くし、
「叔父様……まさかとは思いますけれど、その、連王様の名代というのは」
うむ、とうなずいたフリッツ大使がなんとも重苦しい息を吐き、
「──そうだともクララ・クル・クラン!
ばーんと、勢いよく開かれる、左手側の大きな窓。
飛び込んできた小さな人影が、広間の高い天井にくるりと光の輪を描いた。
予想だにしない事態に、反応が遅れた。
ぽかんと口を開けるソフィアの見上げる先、「飛行」を意味する魔力文字を手足に巻き付けた人影はいかにも危なっかしい軌道で部屋の反対側の壁をかすめると、そのまま応接室を大きく一周してものすごいスピードでテーブルめがけて突っ込んだ。
とっさに腰を浮かそうとするソフィアの隣で、「ご無礼をいたしますわ」と椅子を蹴ったクララがテーブルの真上に飛び上がる。こうなることを最初から予想していたのか、金髪の少女は人影を華麗に受け止めると大理石の床に爪先で一転、完璧な着地を決める。
人影を両腕で抱えて床に下ろし、深々とため息。
自分の胸辺りまでの背丈しかない相手に対して片膝をつき、
「エカテリーナ様……何度も申し上げましたけれど、クララは完璧ではありませんのよ? 必ず受け止められるとは限りません。ですから、危ないことはおやめくださいまし、と」
「じゃが今回も受け止めた! やはりクララは最強じゃ!」
応えるのはいかにも子供らしい甲高い声。
小さな人影──いや、ぞろりとした黒いローブをまとってフードをかぶった十歳くらいの女の子がクララの腕や肩や頰をぺたぺたと
「息災であったか? 食事は朝昼晩と欠かさず取っておるか? 肌の手入れは欠かしておらぬか?
「な……な……」
なに、このちっちゃい生き物。
おそるおそる視線で問うソフィアに、フリッツ大使はかすかに口元を引きつらせ、
「ソフィア嬢には紹介が必要だったな」立ち上がって女の子を
「豊穣の
両手を腰に当てていかにも偉そうに胸を張る女の子。
ソフィアはしばし呆然となり、我に返って小さなその目の前に歩み寄り、
「──な! 何をする貴様! 無礼であるぞ!」
「あ、ごめん。なんとなく」
頭のフードを取りのけて茶色の髪や白い頰に手を当ててみるが、
なるほどとうなずいて手を引っ込めると、エカテリーナという名前の女の子は隣に立つクララの腰を引っ摑んで背中に隠れ、脇から頭を半分突き出して、
「クララ! なんじゃこの無礼者は!
声が止まる。
エカテリーナは金髪の少女の腰から手を放し、大きな茶色の瞳をまん丸にしてソフィアをまじまじと見上げ、
「……クララ……な、ななな、なんじゃこのとんでもない美人は──!」
「ソフィアさんとおっしゃいますのよ」クララが
はー、と感心したようなエカテリーナのため息。
女の子はこっちに駆け寄って周りをぐるりと一巡り、顔や腕や脚や背中や髪を様々な角度から何度も見上げ、
「うむ!」両手を腰に当てて満足そうにうなずき「許す! クララの友となれば、多少の無礼は大目に見なければなるまい!」
ふははははは、と大仰に笑う女の子。
ソフィアは喉まで出かかった
「……クララ。こっち、ちょっとこっち」
金髪の少女の腕を摑んで壁の傍まで引きずり、エカテリーナとフリッツ大使に聞こえないように背中を向けて、
「なに? なんなのあの子! なんであんな偉そうなの!」
「先程、ご本人とフリッツ叔父様がお話しされた通りですわ」クララはため息交じりに「
魔術というのは魔剣使いでない普通の人ならほとんど誰でも使うことが出来るものだが、そこにはやはり技術や才能による優劣が存在する。魔力の流れを操作して望みの効果を得るには相応の修練が必要で、だから普通の家の子供はそれなりの歳になると学校に通って魔術の扱いを学ぶ。
高い技術を習得した者は特に「魔術師」と呼ばれ、軍に入ったり国の要職に就いたりする。その最高峰が四大国の王家に仕える宮廷魔術師団。中でも、
……って、あれが……?



