魔剣少女の星探し2 魔剣名鑑
序ノ一 豊穣の大賢人 ⑥
横目にちらっとエカテリーナの様子をうかがう。小さい生き物は「なんじゃー! 妾に隠れてこそこそとー!」と頭の上に突き出した両手の拳をぶんぶん振り回している。ぞろっとした黒いローブの表面には金糸でとんでもなく細やかな魔術紋様が
じゃなくて。
「え? でもおかしくない? そりゃすごく偉い魔術師なんだろうけど、クララの家だって
返るのは、なんだか困ったようなため息。
そういうことではありませんの、とクララが視線をうつむかせ、
「もちろん魔術師としても偉いのですけれど、ご実家がクラン家と比べても二つか三つは格上の大大大貴族……と申しますか、連王様の妹君のお孫さんにあたるお方ですの」
なんだそれは。
「いや待って。それ、貴族って言うか王族……」
言いかけて慌てて口を押さえる。クララに対しては実家のクラン家だけではなく
「心配には及ばぬぞ魔剣使いの娘!」
と、いきなり割って入る甲高い声。
王族という言葉を聞きつけたらしい女の子が駆け寄るなりクララの腰に両腕を回してぎゅーっと頰を押し当て、
「
高らかにそう宣言して応接室の出口の扉をびしりと指さし、
「そんなことより街の見物じゃ。妾はセントラルが見てみたい。祭りが始まるのは明日からとはいえ、この街は名所名物の宝庫と聞いておる! そなた達のギルドホールも見てみたい。さあ、早う
黄色いドレスの腰を抱きしめたまま、ぴょんぴょんと飛び跳ねる女の子。
クララはにっこりとうなずき、小さな両脇を抱え上げてこっちの目の前にすとんと落とし、
「それではソフィアさん。エカテリーナ様のお相手、よろしくお願いいたしますわね」
何を言われたのかわからない。
ん? と首を傾げるソフィアに、クララは唇に指を当て、
「役割分担というのが大事だと、わたくし思いますの」可愛らしく小首を傾げて微笑み「護衛と案内だけでしたらソフィアさんお一人でも十分。わたくしはグラノス様とアメリア様に別なお仕事をいただけないか相談して参りますので、そちらはお任せあれ」
くるりと身を
「な、なんじゃと──?」エカテリーナが茶色の目をまん丸にして「クララはついて来ぬのか? いかん、いかんぞそれは! 妾はクララと一緒に祭りを見物するために!」
「そうだよ!」ソフィアも慌てて「グラノス卿とアメリア大使のとこならボクが行けばいいだろ! この子は君のお客さんなんだから、君が相手しなきゃ──」
「では! ごめんあそばせ」
流れるように閉ざされる、応接室の扉。
ぽかんと口を開けるソフィアの後ろで、フリッツ大使が深々と息を吐いた。
*
屋台の軒先でぐるぐると回る子豚の丸焼きから、脂身の焦げる良い匂いが立ち上った。
ソフィアは店主に礼を言って肉の切り身入りのパンを受け取り、長椅子の一つに引き返した。
龍日祭の開催を明日に控えた街では、すでに気の早い商家が幾つも露店を開いている。北東地区の運河に面したこの広場もそんな場所の一つ。テーブルと椅子が幾つも並べられた広場は即席の食堂になっていて、幾人もの巡礼客が旅の疲れを癒やし、振る舞われた料理と酒に
「はい、これ。こっちの皮のところがさ、かりかりのさくさくで
勢いよく長椅子に飛び乗り、パンの片方を隣のエカテリーナに差し出す。
しばしの沈黙。
エカテリーナはこっちの顔も見ずに、ふんっ、とパンを奪い取り、乱暴にかぶりつく。
「ねー……君ってば、そろそろ機嫌直してよ」思わずため息。女の子の茶色い髪を横目に「クララはボクがちゃんと叱っとくし、明日は絶対連れてくるからさー」
反応なし。エカテリーナは運河の水面を睨み付けたまま、握りしめたパンを親の敵か何かのようにどんどん口に押し込む。諦めて自分もパンを一口。厚めに切られた肉は汁気がたっぷりで、脂で揚げ焼きみたいになった皮の硬い食感が良いアクセントになって面白い。肉汁とソースを吸って柔らかくなったパンとも相性抜群。こんな状況じゃなければもっと美味しいのに。
「とにかく、せっかくの観光なんだから楽しもうよ。この近くなら『
どうにかもっともらしい言葉を続けるソフィアを無視して、エカテリーナが長椅子から飛び降りる。空になったパンの包み紙をくしゃくしゃに丸めて運河に放り投げ、参道に向かって大股にずんずんと歩き出してしまう。
慌てて小さな背中を追い、心の中でもう一度ため息。
振り返って広場の反対側をそれとなくうかがうと、巡礼客に紛れて遠巻きに見守っていた
『
フリッツ大使に向かってやけっぱちな口調で宣言するエカテリーナの姿を思い返すと頭が痛くなる。
だいたい、子供の扱いなんてさっぱりわからない。
物心ついてからの長い時間を貧民街で物乞い同然に過ごしたソフィアには、同年代や年下の子供と接した経験がほとんどない。
……姉さんは、どんな感じだったかな……
『次のお土産は何がいい? ソフィアちゃんは何が欲しい?』
出立はいつも帰ってきた日の次の朝で、姉は名残惜しそうに自分を抱きしめてそう聞いてくれた。自分はそのたびに一生懸命考えたけど、美味しい食べ物と汚れていない服と虫がいないベッドがあるだけで十分すぎるくらい幸せだったから、結局、姉が喜ぶような答えは一度も返すことが出来なかった。
離ればなれになってしまった今、あの人のことをどう思ったら良いのかソフィアには実はよくわからない。世界に戦乱を巻き起こし、たくさんの人を不幸にした結社の幹部。だけど、自分にとっては救い主で、たった一人の家族で、大好きだった人。
……ボクが結社の『根』を潰して回ってるって知ったら、怒るかな……
『ジェレミアに指示を出してた奴がいるって、それほんとなの?』



