魔剣少女の星探し2 魔剣名鑑
序ノ一 豊穣の大賢人 ⑦
『
エカテリーナの後を追って大理石の参道を歩きながら、二ヶ月前のグラノスとの会話を思い出す。厄災が降臨したあの事件の直後、セントラルから逃亡したジェレミアは
グラノスとアメリアに頼まれて、ソフィアも写しを確認した。
確かに、組織でも一部の上位の者が、下位の者に命令する時に使う暗号。
複雑すぎてソフィアの限られた知識では一部しか読み解けなかったが、
……『花』と『葉』の誰かが、生きてる……
銀の結社の最高権力者、ソフィアが会ったこともない指導者──『花』。魔剣戦争が始まるよりも昔、結社が生まれる以前から今日までの歴史の全てを知るその人物は代々ある一つの名前を受け継いでいるのだと姉に教わった。男なら「銀の君」、女なら「銀の姫」。いつの日か聖なる門を開いて
その『花』に仕え、力を行使するのが結社の『葉』──十三人の最強の魔剣使い、十三位階。
ソフィアが授かった位階は第八位、真ん中より少し下に当たる。
見たこともない結社の『花』と違って、こっちは実際に何人か会ったことがある。どれもこれもとんでもない達人揃い。自分より下位の者であっても、正面から無策で挑めば無事では済まない。まして上位は正真正銘の化け物。ソフィアが知る一番上の位階は第三位だが、何をどうすれば彼女に勝てるのか今でもまるで見当が付かない。
そんな幹部の誰かが生き残っているかも知れない。あるいは、それは姉さんかも知れない。
そう思うと居ても立ってもいられなくて、少しでも情報を得ようと闇雲に走り回って、気が付けば金貨百枚もの大金を失ってしまった。
……
魔剣戦争の終結からこのセントラルにたどり着くまでの一年。その間に様々な場所で様々な『根』の計画を防いだが、よく考えると彼らが最も活発に動いていたのは戦争が終わった直後で、時間が
仮に『花』と『葉』の誰かが生き残っていたとしても、本体である『幹』──十三位階に仕える多くの魔剣使いや兵、世界の各地に用意された拠点、四大国に潜伏する無数の『根』をつなぎ合わせるための連絡網──そういった組織の構成要素を破壊されてしまった結社には、もう大した力は残っていないのかも知れない。
あるいは、七つの厄災の召喚は彼らの最後の悪あがき、というか祭りの終わりの花火のようなものだったのかも知れない。
それに、『
だから、やっぱりあの人はもういなくて、世界はこれからもずっと平和で、ひどいことはもう何も起こらなくて、「銀の結社」はひっそりと歴史の裏側に消えていくのかも知れない。
それは良いことなのだろうけど、やっぱり、少し寂しい。
「……ため息吐くと幸せが逃げる、だよね」
それでもやっぱりため息。ゆるい上り坂の参道はいつの間にか大きな橋の近く。
と、先を行くエカテリーナが急に足を止める。
茶色の瞳が見上げる先、商家の壁には、「照覧試合」と書かれた大きな張り紙が何枚も並べて貼られている。
ゆっくりと追いついて隣に立ち、色鮮やかな張り紙を一緒に見上げる。龍日祭の初日を飾る一大イベント。二千年以上も前に水の恵みへの感謝を表すために始まったのだというこの試合は、本来は教導騎士団の魔剣使いだけで争われる一種の神事だったのだという。
出場者はそれぞれに専用の
だが、今年の照覧試合は一味違う。
四大国や通商連合の全面的な協力の元に開催される今回の試合は、教導騎士団だけではなく各国大使館の武官や商家の名代として雇われたギルドの魔剣使い、合わせて百人以上の出場者を集めて盛大に執り行われる。
ゴールのモニュメントの上には優勝賞品を収めた小箱が設置され、箱を開いて最初に賞品に触れた者が勝者としてその宝を得る。どんな宝かはソフィアも知らないが、なんでも「城が五つ買えるほど貴重な物」なのだという。さらには勝者の雇い主が商家である場合には向こう一年間の税の免除など様々な特権が与えられるとあって、誰も彼もが目の色を変えている。
そんなわけで多くのギルドが関わるイベントだが、ソフィア達にはまるで縁が無い。残念ながらと言うべきか、設立にあたって借金をする必要が無かった
そんなわけで、今回はただの見物客。
リットはものすごく不満そうだったが、のんびり楽しむだけのお祭りだって良い物だ。
……って……
「ダメだよそっちは! ねえ君、ちょっと!」
我に返って目を見開き、エカテリーナに声を投げるが手遅れ。小さな背中がぷいっと参道を逸れ、商家と商家の間の路地に消えてしまう。慌てて黒いローブの後を追い、人がどうにか行き違えるくらいの細い路地へと入り込む。左右を高い石壁に遮られた路地は昼間でも暗く、どこかでネズミの鳴き声が聞こえる。普段ならそこら中に散乱しているゴミは祭りのために掃除されたらしいが、それでも漂う空気までは消すことが出来ない。
姉と出会う前、物乞い同然の暮らしを送っていた頃に慣れ親しんだ空気。
表通りの参道を歩いているだけでは気付かないセントラルの裏の顔が、ここにはある。
「エカテリーナ! ダメだよ戻らないと!」
「気安く名を呼ぶでないわ!」
女の子は空気が変わったことに気付いていないのか、細い路地を右に左にとでたらめに曲がって奥へ奥へと入り込んでしまう。小さな靴がたった今踏んだ石畳は十日前にごろつき共の抗争で三人の男女が死んだちょうどその場所だ。右手の奥の突き当たりは少し前まで宿無しの老人がねぐら代わりに使っていたはずだが、今は毛布の一枚も残っていない。掃除のついでに追い出されてしまったか、あるいはもっとひどいことが起こったかだ。
……あー、もう……!
この辺りはセントラルでも特に入り組んだ一角。元は二千年以上前の遺跡が野ざらしになっているだけの無人の地域だったらしいのだが、戦後に新たに住み着いた人々が無理やり建物を敷き詰め、それでも足りずに無計画な建て増しを重ねた結果、今や正確な地図を把握している者が誰も居ない迷路のような区画になってしまったと聞いている。



