主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる 1
第一章 友達がいらなければ、バイトをすればいいじゃない ①
衝撃的な朝を迎え、俺は久しぶりにユズと一緒に家を出た。
俺は高校生、ユズは中学生。通う学校は違う。それでも、朝は必ず二人で登校していた。
「ねぇ、カズ」
「なんだ、ユズ?」
ユズから「カズ」と呼ばれる度に、心が温かくなる。
大丈夫だ。今度こそ、絶対にお兄ちゃんが守ってみせるからな。
「これ、なに?」
「これ、とは?」
「これだよ、これ! 今朝からマジで変だよ!?」
ユズが俺と繫がっている手をブンブンと振り回し、クレームを訴える。何がご不満なのだ?
「知らないのか? 手を繫ぐという行為だ」
「知ってるよ! 私、もう中学二年生なんだけど!」
「まだ中学二年生だ。ユズが一人で外を出歩くのは、一〇〇年後にしなさい」
「来世までノーチャンス!? マジで、キモいんだけど!」
ゴミを見るような眼差し。しかし、俺は知っている。
どんなことがあっても、ユズは必ず俺の味方でいてくれた未来を。
「分かっている。俺も大好きだぞ、ユズ」
「げぇぇ! し、シスコン! シスコンがいるんだけど!」
「違う。俺はユズだけでなく、父さんと母さんも大好きだ。つまり、これは決してシスコンではなくファミコンだ。いや、スーパーファミコンと言っても差し支えがないだろう」
「それ、おばあちゃんちにあったゲーム機の名前じゃん……。ねぇ、本当にどうしたの? 今朝から病的なまでに変だよ?」
「ふっ。ユズが混乱する気持ちはよく分かる。俺もまだ混乱している最中だ」
「はぁ……。もういい……」
そこまで話したところで、ユズは全てを諦めたらしく投げやりなため息を一つ。
どうにか振りほどこうとした手を繫いだまま、俺と共に歩き始める。
五秒沈黙の後、心配げに俺の顔を見つめて言った。
「何か悩みがあるなら、相談してよ?」
「……くっ! 天使は実在したかっ!」
「しないから!」
天使の慈愛に感涙しながら、俺は強く決意する。
もう絶対にあんな未来にはさせやしない。家族はみんな、俺が守ってみせると。
俺──石井和希は、脇役という立ち位置に相応しい男子生徒だった。
特徴のない薄顔、平均よりやや低めの身長。成績も運動も並以下で、誰から嫌われるでも好かれるでもないパッとしない奴。まさに脇役だろう。
なぜ、俺がここまで自己肯定感を喪失しているかというと、うちの学校にはいたからだ。
主人公と呼びたくなるような男が。
天田照人。
第一印象では、主人公らしさなんて皆無。
秀でた能力を持っているわけでも、優れた外見を持っているわけでもない。
入学当初は俺と同じように、脇役の名に相応しいポジションにいた。
趣味は、漫画・アニメ・ラノベ。天田は、特にラブコメが好きだった。
特徴のない外見に特徴でもつけたかったのか、手首には常に幼馴染からもらったというボロボロのリストバンドを装着し、それを後生大事に使い続ける……そんな男だ。
出席番号の都合で席が近かったこと、自分と似たタイプだという勘違いの脇役シンパシー、それらが相まって、俺は天田とすぐに仲良くなった。
クラスの人気者で、女子からチヤホヤされる月山を眺めながら、二人して「俺達にも少しくらい月山の要素があったらなぁ」なんて愚痴をこぼす。リアルの女子生徒と縁がないので、週刊の漫画雑誌のグラビアを脇役仲間達と眺めて、足りない女子成分を補う日々。
いてもいなくても変わらない存在として、小さな自分達の世界で日常を満喫していた。
自分は一人ではない。自分以外にも脇役はちゃんといる。
そんな風に考えていたわけだが……よくよく考えると、天田という男はおかしかった。
まず、幼馴染がいる。しかも、恐ろしい程にハイスペックな幼馴染が。
容姿端麗がパリコレのランウェイを歩いているかのようなとんでもない美少女で、月山を含めた比良坂高校全男子生徒の憧れの存在。
当然、俺も憧れていたし、天田はその幼馴染に対して強い恋心を抱いていた。
小学校の卒業式と中学校の卒業式に告白をしたが、二回とも天田はフラれたらしい。
しかし、天田は「三度目の正直がある!」と次なる告白を高校の卒業式へと定めて、その幼馴染と恋人になる機会を虎視眈々と狙っていた。いや、卒業式に告るんじゃないんかい。
美人の幼馴染がいる時点で、かぐわしい主人公臭が漂っているわけだが、そこから高校生活を重ねるにつれて、天田の異常性は加速度的に増していく。
天田は、ラブコメ主人公の運命を背負っているかのような男だったのだ。
とんでもなく美人の幼馴染もそうだが、陸上部のエースやら、真面目な優等生やら、引っ込み思案の美少女やら……ラブコメに登場してきそうな美女達と不思議な縁で結ばれ、トラブルに巻き込まれつつ解決した結果、(幼馴染を除いた)全ての美少女から恋心を抱かれる。
普段はパッとしないくせに、肝心なところでは煌めきまくる主人公だったわけだ。
ならば、俺は親友ポジションか? 残念。そこのポジションはイケメンの月山だ。
高校一年一学期の中間テスト前、天田はひょんなことからあがり症に悩む真面目な優等生と知り合いになる。その女子生徒は月山と同じ中学出身で、過去に誤解が原因で月山と不仲になっていた。『月山との不仲』と『あがり症』の二重苦に陥った美少女を華麗に救う天田照人。
女子生徒は月山と仲直りをし、天田へと恋をした。月山じゃないんかい。
とりあえず、事の顚末を聞いた俺は心の中でそうツッコんでおいた。
これが、天田照人がラブコメ主人公として覚醒する最初のイベントだ。
その後も主人公として、様々な問題を解決しつつヒロインを攻略していく天田と、俺は徐々に疎遠になっていき、残った脇役男子達と共に過ごしていた。
ああ、疎遠になったといっても、関係性が悪化したわけではないぞ。
ただ、話す機会が減ったというだけだ。
休み時間や昼休みに、天田を含めた脇役連中と一緒に駄弁っていたが、そういった時間にヒロイン達や月山が天田を訪ねるようになってきたので、自然と交流機会が減っただけ。
虫はキラキラしたところに集まるが、脇役はキラキラしたところを羨みつつも恐れるのだ。
なので、テストなどで出席番号順に座った時は普通に話すし、極稀に昼飯を一緒に食う機会だってあった。もちろん、そういった時にヒロイン達は一人たりともいなかったが。
いや、いろよ。四六時中、好きな男子のそばにいるよう努めろよ。
そうしたら、少しぐらいおこぼれに与れたじゃないか。
内心でそんな想いを抱きながらも、ハーレムを築いてなお、空いている時間はわざわざ声をかけてくれる優しい天田に対してどうしても負の感情は抱けず、「まぁ、これだけいい奴なら、外見なんて関係なしに女子から好かれるんだろうな」なんて思っていた。
でだ、気づけば大層ご立派な天田ハーレムが築かれた比良坂高校だったのだが、ハーレムの主たる天田に恋人はいなかった。なぜかって? 絶賛、幼馴染に片想いをしていたからだ。
ヒロイン達と様々なイベントを起こしてはテレテレしているくせに、決してブレない幼馴染への熱き恋心。そりゃ、周りのヒロイン達は面白くない。彼女達は、主人公にとって都合のいいヒロインなどではなく、一般的な感性を持った人間なのだから。
さっさと告白してフラれてくれればと願っていたようだが、天田が告白すると決めていたのは高校三年生の卒業式。そこまで、他のヒロインはお預け状態。
そんな煮え切らない状況に耐えられなくなった一人の女が行動を起こした。
高校二年生の二学期の始まり。ヒロインの一人が、ある日俺に相談をしてきたのだ。
天田と恋人になるために協力をしてほしい。