主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる 1
第一章 友達がいらなければ、バイトをすればいいじゃない ②
俺は了承した。別に、何かしらのメリットがあったわけではない。
ただの好奇心だ。脇役である自分がそんな少し特別な経験ができるのならば、と。
これが、俺の人生における最大の過ち。
俺が恋愛サポートを始めてから、それなりに時間の経った二学期の終業式。
「石井、お前がやってきたことは許されることじゃない!!」
体育館の壇上に立つ天田がそう叫ぶ。言われた俺は、キョトンとしていた。
何を言っているんだ? 俺、何もしてないけど?
あまりにも意味不明なので、そのまま思った通りのことを口にした。
「しらばっくれても無駄だ! お前がやってきたことは、全部証拠がある!!」
さながら、どこかの裁判逆転ゲームのように人差し指で俺を指し示す天田。
隣では、俺に恋愛サポートを頼んできた相談者が涙を流していた。
「辛かったです……。ですが、脅されてどうしようもなくて……うっ! うっ! うっ!」
崩れ落ち涙を流す相談者の下へ、他の天田ハーレムのヒロイン達が集う。
泣き崩れる女を、他のヒロイン達が優しく抱きしめている。
「大丈夫。分かってるから……」
「何も言わなくていい。平気だよ」
これは、いったいどういうことだ?
俺は、あの女に頼まれて恋愛サポートはしていた──といっても、天田と二人きりになれる時間を作る程度のささやかなサポートではあったが。
「お前は彼女の着替えを盗撮して、その写真で脅しただろ! 自分の欲望を満たすために! そんなことは、絶対に……絶対に許されないことだ!!」
語られたのは、まったく身に覚えのない悪行。どうやら俺が相談者の着替えを盗撮し、その写真を脅しのネタに使って、様々な性的な嫌がらせに及んでいたということらしい。
大勢の生徒がいる体育館でいきなり意味不明な罪を告発され、心臓が有り得ない程にバクバクと音を立てる中、俺は必死に違うと否定した。
俺がやっていたのは、相談者が天田と二人きりになれるように、天田に声をかけるということだけ。裏でそんな嫌がらせが行われていたこと自体、知らなかった──懸命に訴えた──だが、無駄だった。
いつの間にか俺のスマホに仕込まれていた、相談者のあられもない姿を収めた写真が決定打となり、俺の言葉は何一つとして信じてもらえなかったんだ。
困惑する中、俺に協力を要請してきた相談者を見ると、歪な笑みを浮かべていた。
そこで、ようやく気がついた。自分がハメられたことに。
相談者は、自らを悲劇のヒロインとして演出することで、天田の気を引こうとしたのだ。
俺は、さながら悪役令嬢の如く断罪を受けて、裁きの対象者へと転落。
最悪の終業式を終え、冬休み明けに登校したら地獄が待っていた。
教室に入っても、誰一人として会話に応じない。完全に無視される。
精神的な苦痛の次は肉体的な苦痛だ。謂れのない罪から、様々な暴力に晒された。
誰一人として助けてくれなかった。冬休み前まで一緒に過ごしていたはずの同じ脇役仲間達からも、当然のように暴力を振るわれた。そして、更なる地獄が始まる。
天田の親友である月山の父親は、父さんが勤める会社の社長だった。
息子を溺愛する父親は、月山から俺の話を聞いた後に父さんを解雇処分にした。
いきなり職を失った父さんだったが、俺には決して辛い顔一つ見せずに再就職を果たした。
けど、そこはかなりのブラック企業だったんだ。
連続勤務時間五〇時間は当たり前の運送会社。そうなった原因には、俺の父親であったことも関わっていたらしい。最終的に、父さんは過労に過労が重なって、塾帰りの少女を巻き込む事故を引き起こし、自らの命も落としてしまった。
俺達は殺人一家と呼ばれるようになり、次に母さんが殺された。
少女の親が激昂して、母さんを包丁で刺し殺したんだ。
両親を失った俺とユズは、ボロボロの賃貸アパートで暮らすことになった。
父さんが交通事故の加害者になってしまったことで、金がなくなったんだ。
何もかも俺のせいなのに、ユズは俺の無実を信じてくれた。
いつか、本当のことが分かるからと俺を励ましてくれた。
嬉しかった。ユズだけが心の支えだった。ユズと二人で生きていこうと思っていた。
だが、俺の最後の支えも失われる。
生活費や学費すらままならない俺達は、二人でアルバイトをして家計を賄っていた。
俺は比良坂高校をやめて朝から晩まで仕事をしていた。ユズも学校をやめて働くと言ってくれたが認めなかった。ユズには、できる限り普通の生活をしてほしかったから。
だけど、それが間違いだった。
ユズは、俺の妹であることが原因で高校では凄惨ないじめを受けており、肉体的にも精神的にも疲弊していた。なのに、俺はユズの異変に気づけなかった。
ユズの最期は事故死。アルバイト帰りに、精神的に疲弊していたユズは信号が赤であることにも気づかず車道に出て、そのまま帰らぬ人となった。
周囲の人間は、因果応報だと俺を笑った。俺の心は、完全に壊れた。
そして、二〇二五年の七夕の日に比良坂高校の屋上から飛び降りた。
これが、俺の一度目の人生。
最悪な終わり方だろう? だからこそ、俺は決めていることがある。
奇跡的に得ることのできた、二度目の人生。
ラブコメに巻き込まれて家族が殺されるなんて、絶対にごめんだ。
だからこそ、今回の人生では天田と天田を取り巻くハーレムメンバーとは必要以上に関わらない。俺はただの脇役でいい。脇役こそが、最上の幸せだ。
「目標は決まったが、何らかの対策は打つべきだな……」
「……?」
ポツリと漏らした俺の言葉にユズが怪訝な反応を示す。
今から、約一年と半年後……高校二年生の九月に、悪魔のような女の恋愛サポートを引き受けた時から俺の破滅は始まる。そこから先は思い出すのもおぞましい記憶ばかり。
俺への断罪が一二月。
翌年の二月に父さんが、三月に母さんが、そして、六月にユズが命を落とす。
あのクソ女からの頼みを引き受けないのは当たり前だが、他にも対策をすべきだろう。
いざという時のために、大金を確保しておくというのはどうだ?
例えば、番号を六つ選択する宝くじ。
未来を知る俺であれば簡単に一等を……ダメだ。番号を覚えていない。
「くそ……。俺の記憶力がコナン級であれば……っ!」
「何の話?」
「いやな、ロト的な宝くじの当せん番号を予め知っていれば、大金を得られるなと……」
「未来を知ってても、ズルするのはダメじゃない?」
ごめんなさい。
◇ ◇ ◇
入学式を終えた俺は、一年C組へと向かう。
出席番号二番の俺の席は、一番右端の列の前から二番目。目の前には(現時点では)一方的に見知った男の後頭部がある。それだけで吐き気がこみ上げてきた。
関わりたくない、頼むから振り向かないでくれ。
そんな願いを必死に唱えるが、叶うことはない。一度目の人生と同じだ。
正面にいる男は振り返ると、どこか緊張した面持ちで俺へと語り掛けてきた。
「俺、天田照人。よろしくな」
初っ端からラスボス降臨。
分かっていた。比良坂高校に通う以上、天田とは関わらざるを得ないと。
同じクラスな上に、苗字の都合で席も前後なんだ。嫌でも声をかけられる。覚悟はできていたが、それでも全身が恐怖で固まってしまい、真っ直ぐに天田を見られなかった。
「えと、どうかした?」
そんな俺の態度が気にかかったのか、天田が僅かに首を傾げて心配そうな眼差しで見る。
これといって特徴のない顔、強いて言えば少しだけタレ目だろうか。
一見すると無害なように見えるし、実際にしばらくの間は無害な優しい男だ。