主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる 1

第一章 友達がいらなければ、バイトをすればいいじゃない ③

 だが、最終的には、この天田照人を中心とした女達の醜い争いに巻き込まれ、俺は最低最悪の未来へと誘われる。大丈夫だ。今の天田は、まだラブコメ主人公にはなっていない。


「何でもない。石井和希だ。よろしくな」


 複雑な胸中を隠して、俺は笑顔で返事をする。

 落ち着け。俺は、どう足搔いても天田とは交流することになるんだ。

 顔見知りになることが避けられない以上、仲良くなり過ぎないよう注意すべき。

 適度な距離感を保った友情を醸成すれば、天田に害はない。

 むしろ、メチャクチャ優しい良い奴だ。実際、俺を最低最悪の未来へと誘ったのは、天田本人ではなく天田に対して恋愛感情を抱いていたクソ女なのだから。


「石井かぁ。うちの中学にも石井がいたなぁ」

「なんだ、特徴がないとでも言いたいのか?」

「ははっ。そんなつもりはないよ。てか、俺も別に特徴なんてないし」


 噓つけ。お前には、恐ろしいまでに特徴がありまくるわ。

 そりゃ、最初はパッとしない俺と同じ脇役野郎だと思っていたさ。

 だが、お前の下には超美人の幼馴染を筆頭に、陸上部のエースやら、後の生徒会長になる優等生やら、とんでもないヒロイン達が集っていくんだよ。


「これから、よろしくな。石井」

「ああ、よろしく。……天田」


 頼むから、俺以外の男子と親密になってくれ。

 俺は程々の距離感を保ちつつ、君達のラブコメに巻き込まれない脇役でいるから。

 そんな気持ちでいると、少し離れた席に座るとある男女の会話が耳に入ってきた。


「俺、月山王子って言うんだ。よろしくな」


 整いすぎた顔面で、隣の女子へ爽やかな挨拶をするのは月山王子。

 まるで、乙女ゲームから飛び出してきたかと疑いたくなる程のイケメンな上に、社長令息という超ハイスペックな男だ。名が体を表しすぎである。

 月山は、入学当初は女子に人気があった。その証拠に、現時点でもクラスの女子の何人かが月山に熱い視線を向けている。ただ、最終的には正義感は強いが乱暴な性格が災いして、人気が低迷し、がっかりプリンスと呼ばれることになるのだが……そこはいいだろう。

 まだ入学したばかりなので、月山と天田の間に友情はない。だが、今から約一ヶ月後に起きるとあるイベントを経て二人は親友同士の関係になる。

 そして、最終的に月山の進言によって父さんは……いや、今はいいだろう。

 それよりも、月山以上に注意すべき相手がこのクラスにはいる。

 今まさに、月山が声をかけている女だ。


「名前、何て言うんだ?」

「氷高命」


 ハイスペックイケメンの月山から挨拶をされても、友好的な態度は一切示さず淡白な反応だけを返すその女こそが、天田の幼馴染であり想い人でもある氷高命。

 肩甲骨の少し下まで伸びた綺麗な長髪、雪のように白い肌、整った目鼻立ち。

 文化祭で行われたミスコンでは、毎年不参加にもかかわらず問答無用で一位に(三年目に関しては、その前に死んだので分からないが)。

 その美貌と、誰に対しても決して心を開かずに冷淡な態度で接することからついた呼称が、『氷の女帝』。俺も入学してから死ぬまで、氷高の笑顔を一度も見たことがない。


「ひだかって、どう書くんだ?」

「氷に高さの高」

「あ、そっちなんだな。てっきり、日高山脈の日高かと思ったよ」

「そう」


 月山と氷高は、出席番号の都合上これから約二週間は席が隣同士だ。

 その間、月山は必死にアピールをするが、氷高は決して靡かずに月山の自信をその氷の刃でズタズタに切り裂いていった。それでも、月山はまるでめげなかったけど。


「はぁ……。やっぱ、モテるよなぁ……」


 天田の憂鬱そうな呟きに、俺は思わず心臓が跳ね上がる。

 早速、最初のイベントが始まりやがったな。

 一度目の人生では、俺はこの後天田に「なんだ、もう恋をしたのか?」と冗談交じりに尋ね、氷高と天田が幼馴染であったことを教えられる。

 そして、「幼馴染なら、話しかけても不自然じゃないだろ」と天田を連れて、氷高へと声をかけに行くのだ。なんで、そんなことをしたって?

 氷高と仲良くなりたい、あわよくば恋人になりたい、という下心満載の行動だ。

 しかし、今回の人生ではそんなことをするつもりは毛頭ない。


「まぁ、あれだけイケメンならモテるよな。性格もめっちゃ良さそうだし」


 ということで、氷高には一切触れず、月山を褒める方向でいこう。


「そっちじゃなくて、もう一人のほう……」

「もう一人? はて? 他にイケメンはいなかったと思うが?」

「男子じゃなくて、女子」

「女子のイケメン? 入学式で噂になってた、陸上の中学生記録を持つ女か?」


 あいつも鬱陶しかったな。天田に心酔しすぎて、天田が言うことは全て正しいと判断して、暴走する猪女。俺が孤立した後、無実を証明しようと天田の所へ向かった時にお見舞いされた腹蹴りの恨みと痛みは今でもはっきり覚えている。


「うちのクラスの女子の話」

「そうか。しかし、俺はクラスの女子に皆目興味はないので、最も興味が惹かれる今晩の天気についての議論を天田と交わすことができれば、有頂天外の域へと──」

「あの子、俺と幼馴染なんだよね。今、イケメンに声をかけられてる女子ね」


 こやつ、どう足搔いても氷高の話をしよるわ。


「へぇ〜……」


 決して掘り下げんぞ。

 その大地を掘り下げると、温泉ではなく溶岩へダイブする未来が待っているのだから。


「だから、声をかけようかなって思うんだけど……」

「かければ?」


 CV:小林由美子。クレヨンスタイルで返事をしてやった。次はCV:矢島晶子でいく。


「一人であそこに行くのは勇気がなくて。誰かに一緒に行ってほしいんだけど……」


 おい、やめろ。チラチラと期待した眼差しで、俺を見つめてくるんじゃない。

 知ってるよ。お前は、肝心な時だけは煌めくくせに普段は情けない奴だったよな。

 氷高に一人で声をかけるのにビビッて、毎度俺を連れて行ってたもんな。


「じゃあ、誰かと一緒に行けよ。言っておくが、俺は行かないぞ」


 ここは、ハッキリと自分の意志を通そう。

 何が何でも氷高とだけは関わらない。俺はそう決意している。


「そんなこと言わないで、一緒に行ってくれよ。ほら、俺と石井の仲だろ?」

「生憎と、俺と天田の友好値は壊滅的に低い。第一回M‐1グランプリのおぎやはぎの大阪からの点数ぐらい低い」

「ネタが古いな! なんで、そんなの知ってるんだよ!?」


 そう言ってる時点で、お前も知っているじゃないか。


「サブスクで見ているからだ。というわけで、友情を使うのはやめておけ。無駄だ」

「ひどくない?」

「ひどいのはお前だ。自分が話したい相手と話すために誰かを利用するな」

「うっ!」


 少し言い過ぎな気もするが、まぁいいだろう。俺と天田の関係が悪化したら、後にヒロインになるあの悪魔も俺を利用しようと思わなくなるだろうからな。

 だが、嫌われ過ぎると、それはそれで裁きの対象になるのだろうか?

 現時点では判断がつかないな。今後の検討事項としておこう。


「そもそも俺がついていったって、お前らが二人で話すのを眺める置物になるだけで、何一つメリットが得られそうにないと思うのだが?」

「そんなことするわけないだろ。三人で話すつもりだって」


 噓つけ。一度目の人生の時、しっかりと俺を置物にして二人で話しただろうが。

 昂ったお前は、俺が「俺、い──」くらいしか言ってないのに、ベラベラベラベラと氷高に話しかけまくって、その間俺は何も喋れずに、なぜか知らんが月山からの怒りだけを激しく向けられたんだからな。今回だって、天田についていったら絶対そうなる。



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