主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる 1
第一章 友達がいらなければ、バイトをすればいいじゃない ④
「な、いいだろ? ほら、あんな美人と話せる機会なんて滅多にないし」
「美しい外見よりも美しい魂が存在することを俺はよく理解している。そして、世界で最も美しく高潔な魂を持ち、俺が愛して止まない女は、妹のユズだ」
「うわぁ……。お前、大分深刻なシスコンじゃ……」
「残念だったな、同率一位で母さんもいるから、ただのシスコンじゃあないんだぜ?」
「ただ、悪化しただけだろ! 分かったよ……。もう、いいよ……」
よしよし。ここまで言えば、さすがの天田も引き下がったか……いや、本当にそうなのか?
冷静に思い出してみろ。一度目の人生、俺は入学してから一ヶ月はそれなりに氷高と交流する機会があった。特に多かったのが、席替えをするまでの最初の二週間だ。
毎日のように、天田が氷高と話したい系の匂わせ発言を行い、俺もあんな美人と話せるならと、天田に付き添う形で氷高の下へ向かい置物役をさせられていたじゃないか。
なぜ、途中でやめなかった一度目の俺よ。
「とりあえず、今はやめとく。はぁ……」
そうだよな。天田は、こういう奴でもあったよな。
とにかく、諦めが悪い。物語の主人公かってぐらいに諦めが悪く、自分がやると決めたことは、達成するまで決してやめようとしないんだ。ならば、今俺が誘いを断ったとしても……
「なぁ、石井。今じゃなくていいけど、もうちょっと他にも友達を増やそうぜ」
この男、『友達』という噓偽りのコーティングをして、俺を氷高へと誘うつもりだ。
「ほら、男子だけじゃなくて女子の友達もいたほうが楽しそうだろ?」
男女の友情は成立しません。特に、お前の場合は絶対に。
まずいぞ。このままでは、席替えが発生する二週間後まで、俺は毎日のように天田が氷高と会話をするための出汁として利用されてしまう。
そんな長期間、使える出汁があると思っているのか? 後半は、スカスカだぞ。
「俺は、男だけでいい。男、最高。男、大好き」
「そういうのは、女の魅力を知ってから言えって。大丈夫だよ、命は良い奴だから」
今まで彼女がいたこともない奴が、何を偉そうに上から目線でほざいてやがる。
そもそも、俺は氷高から滅茶苦茶嫌われていたんだ。声をかけても、絶対に目を合わせてもらえず「そう」とか「へぇ」しか返事をしてもらえなかった。
そんな女と友情を結ぶ? 無理に決まっているね。
「なぁ、氷高。よかったら、連絡先教えてくんね? 同じクラスで隣の席のよしみで」
「イヤ」
少し離れた所では、氷の女帝によって月山が見事に凍結させられていた。
ああ、恐ろしいったらありゃしない。
俺は、絶対にあんな女とは関わり合いにはならないぞ。
◇ ◇ ◇
入学式後のクラスでの簡単な自己紹介や、授業が始まるまでの日程やら時間割についての説明などが終わり、早めの放課後を迎えた後、我が一年C組では月山が中心となって、「折角時間があるんだしみんなで仲良くなろう」とクラスのメンバーをまとめていたが、その輪には一切加わらず、俺は早々に比良坂高校を後にした。
「このまま思い付きで行動していくのは危険だな……」
目が覚めたら、いきなり二度目の人生がスタートしていて、そのまま入学式へと向かわなければならなかったので、ひとまず思いついた『天田と仲良くなり過ぎない&氷高に近づかない』作戦を決行したが、自分の考えが甘かったことを思い知らされた。
想定していた以上に天田は、氷高との繫がりを得るために俺の助力を当てにしている。
このままでは、再びラブコメによって家族まとめて葬り去られる。
明確な目標と的確な対策を打ち立てなくては……。
「脇役になることは決定事項だが、そのレベルをもっと上げたほうがいいな。クラスメートから決して興味を持たれず、誰一人友達のいない脇役になることを意識して……」
「なに、入学初日から情けないこと言ってんの?」
呆れた声が正面から聞こえてくる。顔を上げると、そこにはしかめ面のユズがいた。
俺は、満面の笑みで手を差し出した。
「ユズ、待っていたぞ。それじゃあ、一緒に帰ろうか」
「ちょっとやめてよ! 繫がないからね!」
「なっ! 俺が何かしたのか? 俺は、ユズが心配で……」
「それが鬱陶しいの! なんで始業式初日に学校の前までカズに迎えに来られなきゃいけないの! 友達と遊ぼうと思ってたのに、カズのせいで行けなくなったんだからね!」
「くっ! ユズ、ありがとう……っ!」
「お礼を言う要素、どこにあったの!?」
「だって、ユズは友達よりも俺を優先してくれたのだろう?」
「〜〜〜〜っ!! うっさい!」
だが、ユズの安全を守ろうとするがあまり、ユズの中学生活が犠牲になるのは良くないな。
「ユズ、その気持ちは非常に有難いが、友達と約束があったのなら、遠慮せず俺を断っていい。俺は、ユズになら何を言われても傷つかないからな」
「別にいいよ……。なんかカズのメッセージ、すごく必死だったし」
決して俺とは目を合わせずに、ユズがそう言った。
「ユズが良くても、俺が良くないんだ。友達がいないと寂しいだろう?」
「ついさっき、目の前に正反対のことを目論んでる兄がいたんだけど?」
「俺は友達がいなくても、ユズがいれば寂しくないから問題ない」
「重いからっ! はぁ……。とりあえず、早く帰ろ。あんま目立ちたくないし」
それから、俺達は二人で並んでユズの中学を後にした。
「なぁ、ユズ。本当によかったのか? 今からでも、友達と遊んで……」
「へーき。付き合いもそれなりに長いし」
「そっか」
俺は今日から高校一年生で、中学時代の奴らはほとんど比良坂高校にいないが、ユズは中学二年生だもんな。すでに友達はちゃんといるってことか。なら、安心だ。
そんなことを考えていると、僅かに頰を染めたユズが俺に手を差し出してきた。
「結構学校から離れたけど…………どうする?」
「いいですとも!」
「……はいはい」
やっぱり、俺の妹は世界一可愛い! 神様、本当にありがとうございます!
「今度、お賽銭を奮発しないとな」
「意味が分からないんだけど?」
「こうしてユズと過ごせる感謝を、神に余すことなく伝えなければならない」
「お賽銭の前に、お供え物でノイズキャンセラーを用意したほうがいいと思うよ」
確かに、ユズへの愛を伝える時に他の言葉は全て雑音となるな。さすがはユズだ。
「ところで、カズ。さっき不穏なことを口走ってたけど、友達できそうにないの?」
そんなに心配することはない。俺は他人を集団でいたぶり愉悦に浸る、じじいの粘っこい鼻クソのような連中と関わりたくないだけだからな。
「できそうにないんじゃなくて、作りたくないだけだ」
「どうして? 寂しくないの?」
「父さんと母さん、それにユズがいれば寂しくないさ」
大切なのは家族だ。今度こそ、必ず俺がみんなを守ってみせる。
下らないラブコメに巻き込まれて、殺されてたまるか。
「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、カズと仲良くなりたい人もいるんじゃない?」
「入学初日でそんな奴はいないだろ。俺は凄まじく目立たない存在だしな」
「でも、さっきからついてきてる人、カズと同じ学校の人だよね?」
「…………なぬ?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は即座に振り向いて背後を確認した。
だが、そこには誰もいない。いや、いるにはいるのだが、あくまでも普通の通行人であって、俺と同じ比良坂高校の生徒は誰一人としていなかった。
「誰もいないぞ?」
「あれ? 気のせいだったかな? カズと同じ制服を着てた人がいたような……」
振り向いたユズが、怪訝な表情を浮かべている。