主人公の幼馴染が、脇役の俺にグイグイくる 1

第一章 友達がいらなければ、バイトをすればいいじゃない ⑤

「勘違いかもしれないけど、カズが私を迎えに来てくれた時から、少し離れた所にすっごく綺麗な人がいたんだよ。なんか、カズのことをジッと見ててさ。だから、仲良くなりたいのかなって思ったんだけど……」


 すごく綺麗な人。つまり、女子生徒ということか。

 有り得ないな。比良坂高校はラブコメ主人公天田の影響か、女子生徒の顔面偏差値が異常に高かったが、それでも『すっごく綺麗な人』の域に辿り着いている女子なんてほぼいない。

 それこそ、当てはまるのはたった一人だけだ。

 そして、その人物は一度目の人生でも、二度目の人生でも俺とは友好的な関係ではない。


「まぁ、いないならいいじゃないか。それより、早く帰ろうぜ」

「待って。そこのコンビニ寄りたい。新発売のポテチがあるんだ」


 ユズの希望に従い、俺は手を繫いだまま店内へ。入り口にはバイト募集なんて書いてあって、そういえば三月四月ってバイト募集の貼り紙をよく見るよななんて感想を抱いていた。


◇ ◇ ◇


 家へと戻り、夕食を済ませた後、俺は本格的に今後について考えることにした。

 まず、最終的な目標だが……『天田に恋人ができるのを脇役として見届ける』だ。

 俺がどれだけ足搔こうが、比良坂高校で天田のラブコメは問答無用で展開される。

 だとすれば、そのラブコメに巻き込まれないように立ち回り、悪役として処理される立場にもならず、天田に恋人ができることを待ち続けよう。

 自分で動いて天田に恋人を作らせるのはなしだ。絶対的安全圏からそれができるならば喜んで行うが、自らラブコメに飛び込むなど、家族まとめて葬ってくれと言っているようなもの。

 家族との平穏を守り、ラブコメに関わらずに脇役として見届けて比良坂高校を卒業する。

 これが、俺の二度目の人生の目標。

 そのためには、天田のラブコメイベントには可能な限り関わらない。

 なので、俺は自分が覚えている限りの天田ラブコメイベントを書き出してみた。

 直近のイベントが、二日後の土曜日に行われるカラオケ親睦会。

 明日……金曜日の昼休みに、月山が突然教壇に立ってこう言う。


『なぁ、明日の土曜日だけど、みんなで親睦会をしないか?』


 そして、月山の求心力によって、クラスの生徒が全員参加となるカラオケ親睦会が実施されることになる。あの氷高ですら参加していた。

 ただ、いざ全員でカラオケに向かってみると、人数が多すぎて全員が入れるカラオケルームが存在せず、パーティルームと小部屋に分かれることになる。

 このカラオケで、繰り広げられるのは月山無双だ。俺や(当時の)天田は、脇役ポジションであったため、メインである大部屋ではなく、四人だけが入れる小部屋担当。

 そこで、他にも空気に負けて小部屋に集まった脇役男子二人と俺と天田で、『女子と都合よく仲良くなりたい連合』……略してツゴ連を結成する。

 以来、校内でもしばらくはその四人で過ごしていた。

 といっても、天田は時折その会合には参加せずに、ラブコメを展開していたが。

 閑話休題。

 カラオケ親睦会の最中、氷高と関わりたかった天田は、一人でパーティルームに行く勇気はないと俺を引き連れて覗きに行き、月山から熱烈なアプローチを受ける氷高を見て、絶望と共に小部屋へと戻っていく。自分じゃダメなのかと嘆く天田を必死に励ましたよ。

 だが、この世界は天田にとって都合よくできているからな、救済措置がとられるんだ。

 俺が飲み物を取りにドリンクコーナーへ向かった際、偶然にも氷高がやってきた。

 ──あいつとは何でもない。勘違いとかしないで。

 不機嫌そうな顔でそれだけ告げると、飲み物も取らずに早足で去っていった。

 氷高は、天田に勘違いしてほしくなかったというわけだ。

 ただし、本人に伝えるのは恥ずかしかったから、メッセンジャーを通して伝えようとした。

 オッケー。同じツゴ連のメンバーとして、ちゃんと天田に伝えてやろうじゃないか。

 俺が氷高からそう告げられたことを天田に伝えると、大喜び。自分にもまだチャンスはあるんだと天田は瞳に希望の光を灯していた。この時、俺は思った。

 二回もフラれたそうだけど、そもそも氷高って天田が好きなんじゃね?

 現実と創作を混ぜてはいけないが、比良坂高校はラブコメ濃度が異常に濃い。

 ならば、幼馴染が主人公を好きでもおかしくはない。

 今までの告白拒絶はただの照れ隠しで、素直になれないだけ。

 そして、高校生になってからも天田へ恋心を示さなかったのは、天田が大量のラブコメイベントを発生させたことで、そういう空気ではなくなってしまったから。

 これなら、辻褄が合う。

 どれだけの美少女に言い寄られようと天田は氷高だけを好きだったのに、環境が二人が結ばれるのを阻止していたのだとしたら、ある意味気の毒な二人だ。まぁ、知らんが。

 というわけで、幸せ脇役卒業計画第一フェーズは、この親睦会に参加しないことだ。

 ここで、天田と必要以上に仲を深めてしまうと、将来的にクソゴミヒロインに利用されて、最低最悪の未来へと辿り着いてしまう可能性があるからな。

 俺が目指す、『近くにいれば話すけど、わざわざ話しかけにいかない空気脇役』という存在になるためには、最低限の交流だけに止めておく必要がある。

 なので、どうやってこの親睦会を断るかが大切だ。

 理由もなしに気が乗らないからなんて理由で断ったら、『ノリの悪い奴』という認定を受けて、クラスで浮く可能性があるだろう。

 ヘドロの出涸らし共に嫌われても何とも思わないが、目立つことは極力避けておきたい。

 あの狂おしい程に猟奇的な連中は、天田のことがあろうがなかろうが、敵と見なした存在を徹底的にいたぶる生産性が皆無のクソカスな趣味を持っている可能性があるからな。

 だからこそ、連中が納得する正当な理由で断る必要がある。

 正当な、クラスの親睦会を断る理由…………何があるだろう?

 妹と約束があるから無理というのはどうだ?

 ダメだ。本日最大の反省点として、俺はユズの友達付き合いを邪魔してしまった。ユズには、楽しく幸せな中学時代を過ごしてほしいのだから、俺が独占しすぎるのはよくない。仮に友達と遊びに行くのであれば、どうにかGPSと盗聴器を仕込んだ後に、笑顔で送り出すべきだ。妹は自由にしてやらないとな。次。

 中学時代の友達と遊ぶ約束を先に入れるのはどうだ?

 ダメだ。俺が最低最悪の地獄に落とされた時、救いを求めて中学時代の友人を頼ったが、全員が俺の断罪の情報を得ており陥れる側に回った。あんなゲロカスのもんじゃ焼きとは二度と関わりたくない。次。

 偽りの予定を告げるのはどうだ?

 ダメだ。一時的に難を逃れることは可能かもしれないが、それが噓であったと知られたら最悪な事態を呼び込む。確実に、俺は敵と見なされるだろう。

 必要なのは、偽りではなく真実の予定。さらに言えば、複数回使用可能な理由がいい。

 何かないのか? 部活のように、放課後や休日に予定を入れられるものは……。


「…………あ」


 その時、俺に天啓が下りた。

 ある……。あるじゃないか! 確実に断れる、完璧な理由が! しかも、その手段は複数回どころか恒久的に使える上に、俺に大きなメリットをもたらしてくれる、最高の理由だ!

 クックック……。残念だったな、天田よ。

 氷高と月山のイチャつき目撃&伝言は、別のモブ男子に期待しておいてくれ。

 大丈夫だ。君はラブコメ主人公なのだから、都合のいい展開はきっと起きるはずさ。


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